#4
その後、ナミから神剣についての話を詳しく聞きました。
なんでも神剣は第2世代機族のコアであるC3へ魂を込める実験過程で産み出された副産物であるのだそうです。ナミが産まれた当時、ヒヒイロカネと名付けられた出所不明の鉱石が放浪機の侵食を防ぐことができると気付いた人類は、その特性を応用することで機族を放浪機の侵食から守ることが出来ないか研究を行っていたそうです。
幾度かの実験の結果、人の精神波に反応する性質を持つことが侵食を防ぐ要因であることまでは特定できたそうですが、肝心のヒヒイロカネが希少素材であるため、艦船はおろか機族にヒヒイロカネを用いた対策を行う事が出来なかったとか。
そんな中、同じように放浪機の侵食を防ぐ特性を持っていた虹色のC3――アイリスさんが言うには、私達の知っているC3とは根本的に違うものだそうですが――を使った人工知性体のコアを開発する目処が立ち、人類はヒヒイロカネの研究に見切りを付けたそうです。
「じゃがな、妾はヒヒイロカネにはまだ他の使い方があると考えておった。そこで手持ちのヒヒイロカネを使って打った刀がツクヨミとアマテラスじゃ」
「何のために、そんな事を?」
「タケハヤのためじゃよ。C3を魂の拠り所として産まれた最初の機族であるタケハヤは武芸の才に秀でておった。しかしタケハヤが振るうに足るだけの刀は存在せなんだ。普通の刀では放浪機共に侵食されるからの。ゆえに不滅の金属であり、放浪機の侵食を寄せ付けぬヒヒイロカネを使ったのじゃ」
つまりツクヨミもアマテラスも、タケハヤという機族のための専用武器ということなのですね。
なら、どうしてそれが私達のところにあったのでしょうか?
私の疑問にナミは肩をすくめて盗まれた、と言いました。なんでも終わりの見えない放浪機との戦いに嫌気がさした一団がペルセウス腕側へ逃げ延びるついでに奪っていったのだとか。
話を聞く限りそれはタカマガハラの開祖であるヒコマロとは別人物であったようなのですが……。この神剣は余程人を魅了するのか、度々奪われているということですよね。
「ね、私も気になったことがあるんだけど。ツクヨミとアマテラスはオリジンスターの三貴神が名前の由来なんでしょ?もう1人の神様ってどんな神様なの?っていうか、3本目の神剣もあるの?」
アイリスさんの疑問はもっともです。私も剣の名が三柱の神から名付けられていることを知った時から、もしかしたらこの神剣は三本一組なのではないかと考えていましたから。
ですが、その問いに対するナミの答えは予想とは異なるものでした。
「三貴神か、よう勉強しておるな。確かにアマテラスとツクヨミ、そしてもう一柱の神をもって三貴神と呼ぶのは事実じゃ。しかし神剣は二振りのみ。最後の神であり弟神たるスサノオの名を冠した3本目は存在せぬ」
「それ、なんだかバランス悪くない?」
『スサノオって破壊神の名だからね。人類の守護者には相応しくない名だから、母様が違う名を名乗らせてたんだよ』
「うむ。スサノオの別称はな、タケハヤと言うのじゃ」
サクヤとナミの言葉が意味するのは……タケハヤこそが神剣の、真の持ち主であるということを示す疑いようのない事実でした。
なら、私がツクヨミを帯び続けることは慎むべきでしょう。この刀はまさに人類を救うために打たれた真の意味での「神剣」なのですから。
「ではナミ、この神剣はあなたに返却すべきですね。申し訳ないことに刃先が折れてしまっているのですが……」
「ほう?ヒヒイロカネが折れた?それは妙な事じゃな」
「アマテラスと相打ちになる形で。ツクヨミは折れながらも残りました」
私が手渡したツクヨミを鞘から引き抜き、ナミは興味深げな様子で折れた剣先を観察しています。そして、ふと思い出したのか私の方を見て言いましたました。
「アリサ、折れた切っ先の方はあるかえ?」
「ええ、鞘の中に仕舞ってあります」
私がそう応えると、ナミは鞘を傾け……中から折れたツクヨミの切っ先が滑り出てきました。ナミはその切っ先を手に取り、しばらくじっと見つめていましたが……やがて口を開きました。
「3割……いや、2割か」
「何がですか?」
「完全ではないが、ヒヒイロカネも魂を宿すことができるのじゃ。そしてツクヨミの切っ先には……情念のようなものが宿っておる」
「それって、もしかしてカレンの!?」
「カレンというと先ほどの話にあったテロマーの事じゃな?確かにテロマーであれば強い思念を宿すことが出来るやもしれぬ。じゃが、2割じゃ」
魂を宿すヒヒイロカネという存在について語るナミの言葉は私にとっては納得のいくものでした。
この腐れ神剣、明らかに意思を持っていましたからね。そしてそれが持ち手の情念を宿すのであれば……この剣を握って息絶えたカレンの魂が宿っていると考えてもおかしくはありません。
ですがナミは再び2割という言葉を口にしました。その意味は……?
「魂というものは多くの要素から構成されておる。人格や記憶、意思や感情。それに体得した技術や知識。そういったものが混じり合って魂は形作られるのじゃ」
「では先ほどの2割というのは……」
「ツクヨミに残されている魂は、妾の見立てでは人の魂の2割程度じゃ。じゃがここに何が残されておるのかまではわからん。記憶なのか、技術なのか、それとも感情なのか。そもそもカレンという者の魂かどうかも、このままではわからぬ」
私はかつてアイリスさんが虹色のC3を介して再生されたように、カレンがツクヨミを介して再生されるのではないかと期待したのですが……元の魂の2割しか持たずに再生を果たしたとしても、それはカレンの再生と呼ぶにはあまりにもほど遠い状態だと思いました。
「ナミ、タケハヤは6割って言ってた?」
「うむ、そうじゃな。タケハヤの魂も随分と消耗しておってな。6、7割程度しか残っておらぬが……」
「足したら8割?」
トワ様は気軽な様子でそう言われます。いえ、足し算としてはそうなのかもしれませんが。魂ってそんな簡単に足したり引いたりできるものでは……。
「ほう、それはなかなか面白い発想じゃな?元々タケハヤの魂は妾が無から産み出したもの。故に足りぬ部分は新たに創り出そうと思うておったが……ツクヨミに宿った魂で補うというのは存外に良い考えやもしれぬ。ツクヨミとタケハヤは兄弟神ゆえ、相性も悪うないしの」
「そんな事できるんですか!?」
「妾はそのために産み出された神産みの神、リューヌじゃぞ?」
セレスティエルという存在が規格外なのはトワ様のこれまでの行いで承知していたつもりでしたが、まさか人造のものとは言え魂を扱うことが出来るとは。神というナミの二つ名は伊達ではないということなのでしょう。
その後、私はツクヨミを返却すると再度申し出ましたが、ナミに固辞されました。
「妾がツクヨミを失のうたのはもう2000年以上も前じゃ。取得時効が成立しておるじゃろ?」
確かに多くの星では元が盗品であったとしても、盗品であることを知らずに長期間占有していれば所有権を獲得することができるという法が定められています。
そしてツクヨミは少なくとも1000年、惑星タカマガハラで神剣として祀られていました。なら、ナミの言う取得時効は成立していると言えなくもないですが……でもそれを元の所有者が言い出すのですか?
「妾の戦はもう終わったのでな。アリサ、妾がツクヨミを正式にそなたに託すゆえ、以降は主が自らの信じる正義のためにツクヨミを振るうがよい」
ナミはそう言って、折れた切っ先だけを懐におさめ、ツクヨミを私に差し出しました。
放浪機との戦いで再びレゾナンスブレードを失っていた私にとって神剣が手元にあることは心強いのですが……この剣を受け取るということは、ナミの戦いを引き継ぐということにもなります。
カレンとナミ。2人の想いを私は引き継げるのでしょうか?
逡巡しながら受け取ったツクヨミは、これまでよりもずっと、重く感じられました。
その後、ナミが何か話があるような事を言っていましたが夜も更けていたので彼女の話はまた翌日以降に改めてと言う事になりました。




