#2
メディカルチェックの結果、ナミは若干栄養状態が悪い……というか偏っていることと、何故か肺にヤニが溜まっていること以外は特に問題はないようだった。
っていうかなに、肺にヤニって。
ヨモツヒラサカの空気ってそんなに汚染されてたの?不審に思ってナミに聞いてみたところ、さも当然という様子でナミはキセルを取り出してみせた。
「淑女の嗜みじゃ」
「いや、淑女っていうか幼女だよね?」
「見た目はの。じゃが妾は既に主らの100倍は生きておるぞ?」
最近、アルカンシェルのブリッジが少しヤニ臭い気がしていたのは、ナミの仕業だったのか……!
しかし、喫煙は成人してからというのが多くの星でのルールだけど……回復力が高くて肉体的な成長が止まったセレスティエルの場合、見た目が幼女でも喫煙は可能なんだろうか。
いや、実態としては影響が無くても、人前で幼女がキセルを吸っていると色々問題があるだろう。そう思った私は、ナミに人前で吸わないように念押ししておいた。
ともれ栄養状態はスターゲート近くで過ごした1週間で多少改善されていたようだし、この星であと10日も過ごせば問題は解消するだろうということになった。
リュックラセでの日々はとても穏やかなものだった。
遠いオリオン腕では人類が絶望的な状況――いや、おそらく既に全滅していることを思えば、この平和は仮初めのもののように思えたけど。
アリサも私と同じ事を考えているのか、リュックラセの人々の暮らしを見る目は少し影がある。
でも意外だったのはナミだ。本来であれば一番状況を知っているはずの彼女は……人々の暮らしをとても愛おしげな目で見つめていた。
買い物をする人々。
街中ではしゃいでいる子供達。
仲睦まじい恋人達。
カフェで思い思いにくつろぐ友人達。
そんな様子を、ただ慈愛に満ちた優しい目で見守っている。その光景は、おそらく彼女が命懸けで戦って……それでも守る事が叶わなかった光景だろうに。
ナミはリュックラセの風景が珍しいのか色々なところへ行きたがり、私がナミに付き合うことになった。
トワやアリサ、マリエッタは自由行動にしたけど、なんだかんだでアルカンシェルの方が居心地がいいといって3人で衛星軌道上へ戻っていった。
私はナミと2人、地上に宿を取ってリュックラセを巡る。ナミの足は商業施設や観光地だけでなく、普通の住宅地やオフィス街、工場地域にまで向かう。
まるで人々の暮らしそのものを確認しているかのように。
「なに、久しく人の姿を見ておらなんだからな。何を見ても珍しく、懐かしいのじゃよ」
「そっか。じゃあ他の所も見に行こうか?」
一日中歩き回った私達は夕暮れ前に宿へ戻り、一息ついてから食事を取ることにした。
部屋が少し薄暗かったので灯りを付けたけど、ナミは照明を不思議そうに見ている。どうしたのかと思っていたら、ナミの方から質問してきた。
「のおアイリス。アレはなんじゃ?」
「アレって……照明?C3照明だけど……特に変わったものじゃないと思うけど」
「C3じゃと?なら……もしや街中にあった赤や青や緑の水晶は……」
「うん、あれもC3だよ」
ナミはC3を使って機族の魂を産み出すリューヌなのに、何故かC3を知らないような事を言っている。
いや、C3を知らないというよりも私が説明したことが腑に落ちないという表情かな、これは。そして難しい顔をしていたナミは今度は違う事を聞いてきた。
「……ペルセウス腕側には一体何人のエトワールがおるんじゃ?」
「エトワールは……トワだけだと思うよ。というかセレスティエルもトワと、私しかいないっぽいし」
「どういうことじゃ?」
いや、こちっちがどういう事か聞きたいんだけど。私がそんな事を考えていると、ナミが三度口を開いた。
「C3とは……何の略じゃ?」
「え?何それ、唐突な学力テスト的なやつ?」
「戯れは良い。何の略かと聞いておる」
「Color Crystal Core……輝彩水晶核。そんなのスクールの子供でも知ってることじゃない」
「輝彩……水晶、じゃと?何を……いや、そういうことじゃったか……」
私の答えにナミは一瞬何かを言いかけたけど、すぐに言葉を切り今度は何か納得したように独りで頷いている。
なんだろう、独りで納得されると私が気になるんだけど。
「ナミ?自分だけ納得してないで説明してよ」
「……ああ、すまぬの。先ほどのC3が何の略かという話をすれば、聡い主ならわかるじゃろう。妾の知るC3とはComplex Cognitive Circuit、複合認知回路の略称じゃ」
オリオン腕とペルセウス腕で技術や知識に隔たりがあることは既に承知していたけど、ナミが言った言葉は私の知っているC3の原綴りと全く違う。
それは言い間違えや勘違いによるものではあり得ない程の違いで……ちょっと待って?
ナミが言ってるC3って私の知ってるC3と別物ってこと?もしかして……。
「ナミっ、あなたの言ってるC3って、虹色なの?」
「うむ。やはり気付いたか。そして主らが言うC3は赤青緑の三色のようじゃ」
つまり、ナミが言っている複合認知回路としてのC3とは機族のコアである虹色のC3。そして私が言った輝彩水晶核は黒水晶……つまり、別物ということ?
「私、機族にまつわるものとトワが持っていたものを以外ば虹色のC3って見たこと無いんだけど」
「それはそうじゃろ。C3はソレイユ達が産み出すもので、ペルセウス腕には戦好きなソレイユの連中はおらぬはずじゃからな。むしろ主の言うC3がどう生成されておるのか不思議じゃて」
「生成?C3は天然資源だよ。純度がまちまちだからランクに応じた使途で……例えばこの部屋の照明だと、たぶんEランクぐらいの比較的低品質なものを使ってるよ」
「天然資源じゃと?……由来から違うということか。面妖な……」
その後ナミと情報交換した結果わかったのは、ナミが言う虹色のC3は放浪機に対抗するために人工的に生成された物質で、生成にはソレイユの能力が必須だということ。
そして「複合認知回路」の名の通り、虹色のC3には人造の魂……すなわち人工知性体を宿すことができるらしい。
ただし魂を宿すにはリューヌ、つまりナミ達の能力が必要で、無から産み出された魂が第2世代機族のコアとして用いられているそうだ。
一方私もペルセウス腕側のC3について説明した。
私達の知るC3は希少な天然資源だけど複数の惑星で採掘可能だということ。色は未調律だとモノトーンで、ギルドに所属するシンガーが調律することで色を与えることができ、フォトンを増幅、変質させて様々な効果を引き出すことができること。
それらはこちら側では子供でも知っている話だ。
「クリスタルシンガーじゃと?C3の調整……いや、調律というたか?それはエトワールが行うものではないのか?」
「さっきも言ったけどエトワールはトワだけだし、そのトワだって活動し始めてから惑星時間で100年、あの子の体感時間だと16年ぐらいしか経ってないよ?それに調律って、程度の差はあるけど、ギルドに所属している人間なら誰でもできるし」
「ふむ……少し思い当たることがあるが、この話はトワにも聞かせるべきじゃな。アイリス、すまぬがこの件の続きを話すのはトワと合流してからでよいか?」
「……途中でお預けされると気になるけど、ナミがそうした方が良いって言うならその判断を信じるよ。それにちょうど夕食時間だからね」
「かたじけない」
ナミとの話は私にとってもカルチャーショックだった。まさかあの虹水晶がセレスティエル由来の人工物だったとは。
そして虹水晶が魂の器として作られたものなら、私が死んだときに虹水晶に魂が格納されていたことにもある程度は説明が付く。つまりあれは奇跡ではなく、元々そういう機能を持ったモノだったんだ。
そんな事を考えながら食事をしていたせいで、私は部屋に帰ったあと夕食に何を食べたのかまったく思い出せなかった。
翌日からも静養と言いながら結局ナミは毎日のように出かけていた。彼女が言うには、リュックラセの文化や風習はナミにとっては目新しいものが多いらしいけど、オリオン腕の文化の名残もいくつか見られたらしい。
「この星がオリオン腕から来た人達が最初に入植した星だからじゃないかな。私達のホームがある星域とは文化も風習も微妙に違うからね」
「そうか、なら……妾達の宇宙の残滓はここに根付いておるのじゃな」
そう言ってリュックラセの街並みを見つめるナミ瞳は、幼い外見にはそぐわぬ母の眼差しそのものだった。




