#1
>>Iris
スターゲートを破壊し、オリオン腕から追跡してきた放浪機を辛くも撃退した私達。
あの戦いから1週間が経ったが、私達は未だスターゲート近傍の宙域にアルカンシェルを停泊させている。
理由は……監視のためだ。ゲートの破壊に伴う小型ブラックホールの発生と放浪機の消滅。どちらも終わった事ではあるけど……あまりにも理解の範囲外の出来事で、私は本当にこれで終わったと確信が持てなかったんだ。
確かにあの時放浪機はブラックホールごと消えたけど、もしブラックホールが完全に消滅していなくて再び拡大したら?
そしてそのブラックホールから放浪機が……あの一隻だけでなくて後続のものを含めた多数が出現したら?
もちろん、私達がここにいたところで放浪機を食い止められる訳じゃない。
でも、それでもだ。私は……何も起こらない事を、放浪機が出現する兆候が無いことを確認しておきたかったんだ。
トワは何も言わずに私の考えを支持してくれた。
ナミは自分は傍観者だからと意見を述べなかった。
マリエッタとアリサは……プローブを置いて監視させるという妥協案を提案してきた。
私の理性はアリサ達の案が最適だと告げていたけど、それでも……どうしてもと無理を言って、1週間だけこの場で監視することを許して貰った。
「観測データの分析完了しましたっ!1週間前から重力波を含めた各種データの変動ありませんっ!」
「……アイリスさん?」
「うん、わかったよ。じゃあマリエッタ、予定通り残ってるプローブを使ってリュックラセまでのデータリンクネットワークを作れるように配置頼める?」
「はい、配置座標の計算は済んでますっ!」
「ではプローブの設置座標を経由したジャンプでリュックラセへ向かいますね」
結局、何も起こらなかった。
ブラックホールは消えたままだし、放浪機も出現しなかった。
けどマリエッタもアリサも私を責めることはなかった。私に対して気を遣ってくれた?それとも、皆も放浪機の再出現を心配していた?
いや、理由はどうでもいい。私の心配は今のところ杞憂に終わった。それだけで十分だ。
私達は残っていた2機のプローブを数珠つなぎの要領で配置し、データをリレーさせることでリュックラセまで観測データを届けられるような簡易ネットワークを構築した。
これがあればリュックラセにいても監視を継続することが出来るし、なんならギルド支部に監視を引き継いで貰うこともできるからね。
しかし、リュックラセへたどり着いた私達を想定外の事態が待ち受けていた。
「……6年?1年じゃなくて?定期発信の情報が狂ってるんじゃないの?」
「……正常のようです。マリエッタ、ネットタイムの方はどうですか?」
「はいっ、ネット時間も6年経ってますっ!あと、マリエッタの給与口座が、すごいことになってますっ!」
サクヤに聞いた話から私達はスターゲートを航行する際に片道半年ほどの時間が経過すると考えていた。
いや、当初は体感時間の3時間しか経っていないと思っていたんだけど。
でも、実際は……私達が前回リュックラセを発ってから、5年11ヶ月の歳月が経っていた。つまりスターゲートを航行している片道3時間という体感時間の間に、ゲートの外ではおよそ3年が経過していた計算になる。
「まぁ、亜光速航行の常識で考えれば、出航した船が戻って来るのに6年というのは比較的早い方ですから」
「確かにそうだし、前に旅してたときは目的地まで10年とかざらだったからね。以前の感覚なら何も気にしなかったんだろうけど……アルカンシェルでの旅に慣れすぎたのかな、私達」
「便利すぎるものは人を堕落させるんですよ」
「でも、この便利さはもう手放せないよね。いくら完全耐性ができたとしても冷凍睡眠とかもう無理だよ、私。でもアリサ?あなたは……良かったの?故郷のこと。孤児院の子とか、テレジアさんとか」
「もともとトワ様と共に旅立つ際に今生の別れだと思って出てきていますからね。これまでは運良く同じ時間を歩めていましたけど……。私はテロマーの身ですから、こうやって私が刻の流れに置いて行かれるのはいつものことですし」
「……そっか」
「ね。マリエッタの給料は?」
私とアリサが少ししんみりした空気になったタイミングで、トワがマリエッタの事を聞いてきた。
そういえばマリエッタは時間が経過していた事以上に自分の給与口座の件で騒いでたっけ。マリエッタに話を聞くと、知らない間にかなりの金額が給与口座に振り込まれていたらしい。
「これ、新手の詐欺ですよねっ!?口座のお金を使ったら、犯罪の片棒担いだことになってマリエッタも警察に追われるんですよねっ!?」
ホロディスプレに表示された金額にマリエッタが錯乱している。ざっとみて、平均的なギルド職員の年収換算で……10数年分ぐらいになるのかな?
まぁ、おおよそ事情はわかったけど、一応確認しておこうか。
「マリエッタ、振り込み履歴を確認してみて?毎月ギルドから一定額が振り込まれてない?」
「はひ……?あっ、確かに……もしかして、誰かがマリエッタの口座をつかって横領を企んでるんですかっ!?サラミ型犯罪ってヤツですか!?」
「いやなによ、その美味しそうな犯罪。じゃなくて。それ、普通にマリエッタの給料が振り込まれてるだけだよ。専属秘書官になって職能給が付いたから金額が大きくなってるだけで、普通に6年分の給与だよ」
「でも、わたし何もお仕事してないのにっ!」
マリエッタは身に覚えのない給与だと警戒してるけど、秘書官であるマリエッタは事務職だからね。
死亡報告されてない限りギルドに在籍している間は毎月決まった額のお給料が貰えるんだと教えておいた。
事務職の人は滅多に恒星間航行しないけど、何かの事情で亜光速航行する必要がある場合、星の人々との時間のずれに対する補填のような意味合いで経過時間通りに給与が払われるという話を聞いたことがある。
たぶん、マリエッタの給与もそういう事情なんだろう。
「アイリス、私の口座は増えてない」
「トワはシンガーで専門職でしょ?ミッション受注した時に高額の報酬出るし、そもそも基本給ってもらったことないでしょ?」
「腑に落ちない」
そう言うけど、高ランクシンガーの受注するミッションは恒星間航行で要する時間を加味して報酬額が決定されているからね。
普通の事務職よりも遙かに高給取りだよ、トワは。
アルカンシェルの超光速航行を使ってズルして高額報酬をもらい慣れていると金銭感覚が麻痺するのかもしれないけど。
ちなみに管理官である私とアリサも裁量労働制。トワと同じように処理した業務に見合う内容の報酬を貰う形だから6年経ってるからと言って口座の金額が増える訳じゃない。
と思ったんだけど。
「いえ、私は……資産の運用益が出ていますので、それなりに」
そうだった、アリサは何気に資産家だし、故郷の星で色んな事業に出資してるんだっけ。いいなぁ、お金がお金を呼ぶ人は。そんな私達の話をナミが興味深げに聞いていた。
「ふむ……こちらではギルドなる組織が恒星間交易の要となっておるのじゃな。興味深い。妾はどうやって生計を立てるかのお?」
「ナミ、独立するの?」
「うむ、いつまでも主らの世話になる訳にもいくまいて。タケハヤの輪廻が叶えば……アレに傭兵でもせて糊口を凌ぐもよし」
『えっ、母様、船降りちゃうの!?じゃあアタシも!』
「いや、主はもうこの船と一体化しておるから降りれんじゃろ」
どうやらナミはこの世界で独り……いや、輪廻したタケハヤと2人で生きていくつもりらしい。
まぁ、あの何も無いヨモツヒラサカで千年以上生きていたナミのことだから、ちょっとやそっとじゃどうにかなるとは思えないけど。でも、その前に彼女にはしてもらうことがある。
「ナミ、悪いけどまだ解放できないよ?」
「ほう?」
「メディカルチェックと休養。そもそもこっちの宇宙のお金、手持ちないでしょ?体調が完璧になるまでは私達のゲストだからね?」
「……確かにな。ではすまんが好意に甘えさせてもらうぞ」
「休養の間にナミには色々と聞きたい話があるからね。だからギブアンドテイクだと思ってくれたらいいよ」
「なるほどな。主は本に面白い童じゃの」
「いや、年寄り扱いされるのは嫌だけど、子供扱いもちょっと……」
「なんじゃ、難しい年頃じゃのぉ」
そんな事を言いながら、私達はリュックラセに降下した。
プローブの件はギルド支部に任せようかとも思ったけど、結局私達がここにいる間は自分達で監視することにした。自分の撒いた種だからね、取れる責任は取らないと。




