インターミッション『紫煙の憐情』アルカンシェル-秘憂の星船
放浪機「ハンター」をかろうじて撃破したその夜。
ナミは独りアルカンシェルのブリッジに佇んでいた。
船窓から宇宙空間を見やる彼女が手にしているのは、唯一ヨモツヒラサカから持ちだしてきた長キセル。
幼女にしか見えないナミが持つには不似合いな代物だが、紫煙をくゆらせる姿は堂に入っていた。
『母様?体に悪いよ?』
そんなナミの傍らに寄り添うように投影されたサクヤの立体映像は、心配げな眼差しでナミのキセルを見つめている。
「この程度でどうにかなるなら、とおの昔に死んでおる」
そう呟いたナミの瞳はサクヤではなく、ただ真っ直ぐに漆黒の宇宙を見つめていた。
どちらも口を開かず、ただいつもより強めに作動している空調の音と、時折ナミが煙を吐き出す息の音だけが微かに響く。
やがて、意を決したようにサクヤが口を開いた。
『ねぇ母様。戻らなくて良いの?』
「戻って、どうする気じゃ」
サクヤの問いに答えるナミの言葉は否定的なものだが、その声色はあくまでも優しい。
『だって、この船とエトワールがいれば……』
「1隻の船、1人のエトワール。それで何が出来ると?」
『じゃあ、せめてこの星域の人達に警告だけでも……』
「サクヤ。この件は公言してはならぬ」
警告、と口にしたサクヤに、ナミは目を細めるとそれまでとは打って変わって強い口調でそう告げた。
『どうしてっ!?』
「この星域の者らはみな平穏の中で生きておる。妾らがそれを掻き乱す権利なぞあるはずがなかろう。全ては泡沫の夢。せめて夢から覚めるまでは……知らぬが花じゃ」
『でもっ』
サクヤの言葉に応えるナミの声には諦念と、そして同時に仮初めの平穏を慈しむような感情が滲んでいた。
なおも言いつのるサクヤに対し、ナミは長く紫煙を吐き出したあと、強い口調で命じた。
「……サクヤ。管理者権限による記憶封印を命じる。対象は放浪機戦争の戦況に関する全記憶じゃ。管理コード『アマノイワト』実行せよ」
『コードカクニン。キオクフウサジッシ』
投影されていたサクヤの立体映像が一瞬ちらつき、静止画のように硬直する。
それまでの感情豊かな声が嘘のように機械的な声でサクヤは応えた。
「結局……妾もあやつと同じ穴の狢じゃったな」
ナミはかつて理想と現実の狭間で対立した友の事を想い、そう独りごちた。
ペルセウス腕が友が目指した「聖域」である事を思い出し、彼女はまだ生きているのだろうかと思いを馳せながら。
やがて静止していたサクヤの立体映像が再び動き出した。その様に目をやったナミは小さく呟く。
「……すまんな」
『……ん?どうしたの、母様。何か言った?』
感情を取り戻した声でサクヤが不思議そうに問うた。
「なに、星が綺麗じゃと言ったまでよ」
『星なんて見飽きたって言ってたのに。変な母様!それよりマリエッタちゃんが牛乳の美味しい星を教えてくれたんだ!母様、牛乳好きだったでしょ?そこ、行ってみようよ!』
そう言って笑うサクヤの言葉に、ナミは応えず……ただ黙って星空を見つめ、紫煙をくゆらせ続けた。
次回更新から第2部のエピローグにあたる、最終エピソードをお届けします。
トワ達の旅路を最後まで見守っていただけると幸いです。




