#19
心の中に諦めが満ちそうになったその時、視界の端に清浄な白い輝きが産まれた。
『こっ、光子魚雷、着弾っ!』
マリエッタの声が、聞こえた。
私を呪縛していた放浪機の視線が外れ、再び時間が動き出した気がした。
『ゲートは!?』
『リングの一部が破損……円環の約4%が消失していますっ!』
マリエッタの報告に私は歯がみした。確かに光子魚雷は強力な兵器だけど、スターゲートのような巨大な建造物を相手にするには威力が小さすぎたか!
たった4%の損傷でスターゲートを破壊したとはとても言えない。
再び絶望しそうになった私の耳に、アリサの声が飛び込んでくる。
『ゲート中央部の歪みに異変、急速に収束していますっ!あれは……?放浪機、歪みの中に引き戻されています!』
慌ててスターゲートの方へ目を向けると、確かにこちらに出現しかけていた放浪機が少しずつゲートの中に引き戻されて行っているのが見えた。
一体、何がおきてるの!?
『……!歪みが小型のブラックホール化していますっ!アルカンシェルさん、緊急離脱を!』
『アイリスさん、ハッチ閉めますっ!』
私とトワが虚無の中へ消えゆく放浪機を茫然と見ている間に、アリサの操作によって後部ハッチは閉じられ……そして何も見えなくなった。
『アイリス、あれが……生命の敵?』
『そう、だね。もう二度とあんなのと会いたくないよね』
『……うん。怖かった』
『……私も』
しがみついてきたトワの震える体を抱きしめながら、私達はただ……今見たおぞましい「敵」の姿に震えることしか出来なかった。
その後、船倉に空気が充満したことを確認して私達は船内へと戻った。
船倉を出て初めて気が付いたけど……汗でコスモスーツの中がぐっしょり濡れている。これ、冷や汗だよね。
トワもどことなく顔色が悪い。放浪機……ちょっと怖すぎでしょ。でもオリオン腕の人達はあんなのと戦い続けてたんだよね……。
ブリッジに戻るとホロディスプレイにスターゲートの様子が表示されていた。
光子魚雷が命中した箇所からゲートの崩壊が始まったようで、既に円環の2割程度が崩れ、円環内に発生した――いや、あれはスターゲートの入口だった虚無そのものが変質したものだろうか?――小型のブラックホールに飲み込まれている。
「放浪機はどうなってる?」
「至近距離でブラックホールが発生した影響でセンサーがまともに動いていませんでしたから、確実なことはまだ言えませんが……光学観測では事象の地平面へ引き寄せられて圧壊したように見えました」
「放浪機の船殻が爆縮した瞬間も記録されてますから、たぶん倒せてると思いますっ!」
「いや、ブラックホールに落としても倒せないなら、もうドン引きだよ!」
難敵を下し、宇宙を救ったという思いが私達に勝利の高揚をもたらしていた。
私達が笑顔で軽口を叩きながら勝利の余韻に浸っていると、ナミがブリッジへと上がってきた。
「騒々しいのぉ」
「だってナミ!私達……偶然だけど放浪機を倒したんだよ!?これすごくない?」
私の言葉に、ナミは胡乱げな目でこちらを見つめると、ため息をついた。
そして先ほどから無言でブリッジの側に立っている――ように映像を投射している――サクヤに向かって声を掛けた。
「サクヤ。放浪機の説明はしておらんのか?」
『ごめん、母様。喜んでるから水を差したらダメだと思って』
「うむ、その気遣いやよし。じゃが……現実は知っておいた方が良かろう」
「……現実ってどういうこと?」
「先ほど主らが倒したのはハンター級の放浪機じゃ。それは理解しておるな?」
「ええ、F型だっけ?」
「放浪機の艦隊におけるハンター級の役割は獲物を追うこと。つまり、アレは放浪機にとって戦力にはカウントされておらぬ偵察機にすぎん」
ナミの言葉に、高揚していた意識が一気に凍り付いた気がした。
あれが……偵察機?
戦力にカウントされていない……?
「ハンター級は人類が最初に遭遇した放浪機じゃ。執拗に獲物を追うところからそう名付けられた。じゃが、本当の恐怖はハンターの後から来よった。放浪機の主力艦隊じゃ。人類は彼奴等に系統立てた名を与えておる」
そしてナミが語った放浪機の主力艦隊についての話は私達を絶望させるものだった。
主力艦隊のうち、もっとも戦力が劣るものはポーンと名付けられた艦で、それでもハンター級の3~4倍程度のサイズと戦闘力を持つらしい。
その上位種がナイト級。ポーンの2倍程度の大きさで火力が増強された、おそらく放浪機艦隊の主力と目されている艦種。
その他にもルーク級というのがいて、そちらは複数のナイト級やポーン級、そしてハンター級を搭載している空母的な存在らしい。巨大な機動要塞クラスの大きさがあるそれを、人類は当初放浪機の母艦だと思っていたらしい。
だが……ナミがヨモツヒラサカへ赴く直前に、それよりも大きな放浪機が確認されたという。詳細は不明だけど、おそらくそちらが本命の母艦ではないかとナミは推測していた。
「では、人類は?人類も対抗できていたのでしょう?」
「ああ、人類も艦隊を編成して戦っておった。妾が知る限りでは……人類軍の主力船戦艦はポーン級と互角に戦えておる。数艦で隊を組めばナイト級と交戦することもできる」
「それ!全然ダメじゃないですか!絶望的じゃないですか……!」
アリサが上げた悲鳴のような声に、誰も応えることが出来なかった。
ただ、衝撃の事実を告げたナミを除いては。ナミは静かに肩をすくめ、言った。
「じゃが、まぁ……終わった事じゃて。ゲートは閉ざされ、放浪機は数千パーセクの彼方じゃ。我らは勝利と平和を謳歌しようぞ。それが仮初めのものであっても、な」
私はナミの言葉に抗弁しようとした。
けど……何も言えなかった。
偵察機でしかないハンター級に恐怖した私達と、実際に放浪機の艦隊と戦っていたナミ。
どちらの方がその恐ろしさを知っているのかなんて言うまでもない。
そしてナミがここまでの追撃戦で感情の揺らぎを見せなかった理由に納得がいった。彼女にとってはこの程度のことは日常茶飯事で、脅威でもなんでもなかったんだ。
だから、もし私がナミの語る脅威に対して希望を口にしたとしても……それは気休めにもならないのだと、改めて理解したから。
その後、しばらくしてアルカンシェルのセンサーが正常に戻ったとマリエッタが告げた。
発生してしまったブラックホールを放置しておく訳にもいかないので、せめてデータだけでも収集しておこうと思っていた私達の眼前でブラックホールは徐々に小さくなり……そして完全に消滅した。
私が知る天文学の知識だと、ブラックホールというのは基本的に成長することはあっても消滅する事例は無かったはず。いや、それ以前に人工的にブラックホールが発生した事例も聞いたことが無かったけど。
センサーが捉えたデータを分析していたマリエッタとアリサが言うには、通常のブラックホールであれば発生するはずのホーキング放射と呼ばれるエネルギー放出が全く観測できない状況だったらしい。
にもかかわらずあのブラックホールは急激に質量を減少させていたところから、おそらく元はスターゲートの入口であったブラックホールのエネルギーが亜空間側に放出されたのではないかと2人は結論づけていた。
ブラックホールの消えた後の静謐な宇宙空間。
そこにはただ、半ば崩壊したスターゲートの円環が、まるで歪な三日月のような姿を晒していた――
これにて第2部12章は終了です
次回は放浪機との戦いを終えた夜におきた、トワ達が知らない小さな物語をお届けします。
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