#18
>>Iria
スターゲートから抜けた私達を待ち構えていたのは、静寂だった。
覚悟していた放浪機の待ち伏せは無い。
サクヤが言った98%という確率に……私達は勝ったんだろうか?いや、今はそれよりも後続の放浪機だ。
サクヤに説明されたスターゲート内部との時間差を考えれば、放浪機がゲートを飛び出してくるまでに当初の時間差である30分の余裕があるらしい。
てっきりショートジャンプで距離を詰めてきたと思ったんだけどね。
ともあれその30分の間に光子魚雷の発射態勢を整え、ゲートを破壊する。幸い、マリエッタがG17と通信した際に光子魚雷の簡単なマニュアルを受け取っていたので、使い方自体は頭に入っている。
アルカンシェルの後部ハッチを開けて、船倉に置かれている発射装置を使って手動で光子魚雷を射出する。手順自体は簡単だけど、その成否がこの宇宙の全員の命が掛かった一発勝負だと思うと……。
いや、これは私が負うべき責任だ。
「アリサ、マリエッタ、ブリッジは任せたよ。トワ、魚雷の射出を手伝ってくれる?」
「わかった」
本当ならこういう荒事の時はアリサが隣にいてくれると安心なんだけど、今あの子は片腕がまともに使えないからね。それに……私が宇宙を破滅させるにせよ、救うにせよ、その結果はトワの目の前で。
そんな想いがあったのも事実だ。
2人で船倉へ向かいながら、EVA用に酸素供給フィールド発生装置を作動させる。そういえば2人で初めてEVAしたのは、初めて故郷の星を旅立った時だっけ。
あの時はこんな大事になるなんて思ってなくて、ただトワと2人でずっと旅が出来ればいいって思ってたんだよね……。
そんなことを思いながら、私達は船倉内の空気をゆっくりと抜いていく。
『アイリス、震えてる』
『武者震いだよ』
『……大丈夫。お姉ちゃんなら大丈夫』
『ちょっとぐらい格好付けさせてよ。でも、ありがとう』
自分が震えていることに気付いてはいたけど、やはりトワにも気付かれていた。でも、通信機越しのトワの声は優しい。
ああ、でも大丈夫だ。
トワが隣にいてくれるなら、私は何だって出来そうな気がする。
そう、何だって。
――宇宙を救うことだって。
『発射装置の展開完了』
『わかった。じゃ、後部ハッチ開けるよ』
トワが展開したコンテナ状の魚雷発射装置の先端から純白の弾頭がのぞいている。それは確かにG17の施設にあった光子魚雷だった。
G17にもちゃんとお礼を言って、自分が間違っていたことを謝らないとね。そのためにも……ちゃんと生き延びないと。私は決意を新たにした。
スターゲートとアルカンシェルの距離が近いこともあって、ハッチの向こうに見える円環はとても大きく見える。リング状だからどこを狙っても同じだと思うけど……。
『アイリスさんっ、航法のゲート内の揺らぎが大きくなりはじめていますっ!間もなく後続の放浪機がゲートから出てきますっ!』
『わかった。じゃあ、射出するよ。撃った後、ハッチ閉めるから着弾観測よろしくね』
『わかりましたっ!』
マリエッタの声に、私は魚雷の発射装置を操作し、光子魚雷は射出された。
……私が思っていたよりも、ずっと遅い速度で。
『ちょっと、射出速度おかしくない!?マリエッタ!?』
『えっ、えっ!?』
想定外の事態だ。
マニュアルに書かれていた射出速度だと、射出後10秒ほどで着弾する計算だったのに、すでに20秒が経過しているのにまだスターゲートまでの距離の半分も飛んでいない。
いつゲートから放浪機が出てくるかわからない状況で、これは……!
『おかしいです、マニュアル通りの設定で……あっ!サクヤさん、もしかしてゲート周辺って慣性制御されてますか!?』
『ん?されてるよー。亜光速でゲートに突っ込む馬鹿がいるから、ゲート起動中は強制的に減速が掛かるようになってるって』
『それですっ!光子魚雷の速度が強制的に遅くされてますっ!』
『なんで急に!?だって最初に突入したときも、さっきもそんなことは……』
そう言いかけて私は気が付いた。
最初にスターゲートへ入る際は慎重を期して私達は微速前進でゆっくりとスターゲートに接近していた。
そして2度目の……先ほどの突入時、スターゲートに最接近した時点でアルカンシェルの速度が落ちたことは私も気付いていた。
てっきりサクヤかアルカンシェルが安全のために速度を落としてくれたんだと思っていたけど……あれはゲート側の慣性制御による影響だったのか!
サクヤが船以外も減速するなんて聞いてないと騒いでいるけど、後の祭りだ。これはスターゲートの仕様を完全に把握していなかった私の不手際で……。
『大丈夫。大丈夫だから』
『でも、トワ……私のせいで……』
『まだ魚雷は飛んでる。それに放浪機も出てきてない』
トワが言うように、スターゲートの中央に浮かぶ虚無の歪みは大きくなっているけど、まだそこから放浪機は現れていない。
お願い、放浪機が姿を現すまでに届いて……!
ハッチを閉めるのも忘れて、私は祈るような思いでのろのろと進む光子魚雷を見つめる。
だが、祈りは通じず……光子魚雷がスターゲートに着弾する前に、歪みの中からいびつに歪んだ航宙船の姿が現れ始めた。
初めて目にする放浪機の本体。
それは……確かに航宙船だったけど、私達の知る航宙船とは根本的に違うものだった。
無秩序に絡み合った機械の内臓とでも呼べるような、露出したパイプ状の構造体が組み合わさったような外殻。艦の前方には巨大な目のような構造が備わり、不気味な光を放ちながら脈動し、ちっぽけな私達を嘲笑うように見つめている。
そうだ、あれは……あいつは、間違い無く意思を持っている。私達を、生命を根絶しようという意思を。
この奇怪な船こそが、人類の敵たる放浪機の本体なんだ……!
隣にいるトワが息をのんだ音が通信機越しに聞こえた。ブリッジにいるはずのアリサやマリエッタも声が出ないようだ。
そうだ、私達の目の前にいるアレは……間違いなく「死」そのものだ。
まるで時が止まったかのように、私はこちらを見つめる放浪機の視線から目を離すことができなくなっていた。
あれは倒せない。
私達は……ここで……。




