#17
アルカンシェルはともかくとして、リュミエールは無人だと動かせない。誰かが乗ってないと放浪機に体当たりすることも出来ない。
だからリュミエールをぶつけて放浪機を倒すという作戦は、リュミエールに乗っている人の命と引き換えになる自爆戦法ということになる。
私はアイリスの言葉を聞いて驚きや悲しみよりも怒りを感じた。どうしてお姉ちゃんは全部自分1人で背負おうとするんだろう。
ゲートを開く最終的な決定をしたのは私なのに。それに、私は……誰よりもお姉ちゃんに生きて欲しいのに。
「アイリス。責任取るのは私。リュミエールには私が乗る」
「ダメだよ!」
「アイリスこそダメ」
「お願いだからトワは生きて……!」
「あのっ……お取り込み中すみません……ちょっといいですか?」
私とアイリスが互いにどちらが特攻するか言い合っていると、マリエッタがおずおずと手を上げた。まさかこの子、私達の代わりにとか言わないよね?
「武器なんですけど……実は、ありますぅ」
「え?どういう……こと?」
「G17が……こっそりと船倉に光子魚雷を……。一発だけなんですけど」
「子牛、魚類……?」
マリエッタが言った言葉には聞き覚えがあった。確か荷ほどきをしている時にG17と通信したマリエッタが子牛と魚類がどうとか言ってた気がしたけど……あれ、保存食の話じゃなくて武器の話だったの?
「でも、技術開発拠点で搭載した荷物のチェックリストにそんなものはなかったけど……」
「ごめんなさいっ!アイリスさんが武器は要らないって言ってたから、言い出せなくてっ。でも、必要だと思ったから……」
うん、確かにマリエッタは大切な人のために……って言ってた。
「アイリスさん、光子魚雷があればわざわざリュミエールを質量弾代わりにして突っ込む必要は無くなりますね?」
「……それは……そうだけど」
「責任の取り方は色々とあります。ですが命を捨てるよりも、放浪機を討ち果たして責任を取る方が『英雄』らしいと思いますよ?」
「わたしは英雄なんかじゃないよ」
「なら、今から宇宙を救う英雄におなりなさい、アイリス・ブースタリア」
アリサはそう言って優しく微笑むと、アイリスを抱きしめた。
そうだ、お姉ちゃんは英雄なんだ。
なら、命を捨てることなく放浪機を倒す方法だって考えられるはず。マリエッタが取っておいてくれた武器があれば、きっとなんとかなる。そう思ったんだけど……。
『無理っしょ?相手悪すぎ。相手は小物撃ちのF型っしょ?光子魚雷とかいうのが接近する前に散弾で撃ち落とされるよ、きっと。あとね、特攻も同じ理由で無理だから。無駄死にとかやめてよね?』
「特攻はもう考えてないってば。それにしても光子魚雷が物理的な兵器である以上、荷電粒子砲で迎撃される可能性が高い、か……」
「じゃあ、機雷みたいに浮遊させておくのはどうですかっ!?動体反応が無ければ撃ち落とされないかもっ!」
『上手くいく可能性はあるけど、あくまでも可能性っしょ?何発もあるならまぐれ当たり期待して置いておいてもいいと思うけど。っていうか機雷ってそういう使い方っしょ?』
「うう、一発しか無いですぅ……」
「なら、確実性の面から機雷運用は無し、か」
光子魚雷は一発しかないから、使い方が難しいらしい。相手にぶつけるのは無理、罠みたいに置いておくのも難しい。なら、どうしたらいいんだろう。
「アイリスさん、そもそも後ろにいる放浪機を倒せたとしても、根本的な解決になってないですよね?」
「だね。スターゲートが開いてる以上、他にもまだ後から入り込んでくると考えた方が妥当だろうね」
アリサとアイリスが悩んでいる。私はふと宇宙に浮かぶスターゲートの光景を思い出した。スターゲートが開いているのが問題で、私達にはこれを閉じる術が無い。なら、ゲートそのものを壊しちゃえば……?
普通の扉ならゲートを壊すことで開けっぱなしの状態になるけど、スターゲートは何も無い所にゲートの力で出入り口を作ってるように見えた。
もしあの見た目の感覚が正しければ、ゲートが無くなったら円環の中に形成された黒い空間の揺らぎも消えて無くなるんじゃないだろうか?そう思った私は考えを口に出していた。
「ゲート壊したら?」
「……それは、考えてなかったね」
「乱暴な手ですが、確かにそれなら光子魚雷一発で後続も防げます」
「あのっ、スターゲート壊しちゃったら……叱られませんかっ!?」
マリエッタが心配そうにそういう。うん、まぁ……間違いなく叱られるだろうね、学者さんとか、ギルドの偉い人とかに。でも、アイリスは笑って言った。
「いいじゃない。叱られるってことは、人類が生き延びてるって証拠でしょ?あとで皆に馬鹿なことをしたって叱って貰えるように……がんばってみようよ」
その後、ラウンジで休んでいたナミを呼び戻してスターゲート破壊について意見を聞いてみた。
ゲートを破壊するという私達の作戦にナミは一瞬目を細めて私達を値踏みするように見た。そして……。
「是非に及ばず」
ナミは静かに一言だけ告げて、ブリッジから去って行った。
「アイリス、今のどういうこと?」
「善し悪しを議論するような段階じゃない、もうそれしか方法はないって意味……だよね?」
「ええ、その解釈であっていると思います。つまりナミとしては異論無しということです」
私の疑問にアイリスとアリサが答えてくれた。やっぱりナミの言葉は難しい。それならそうと、異議なし!って宣言してくれれば良いのに。
私がそう文句を言うと、アイリスが苦笑いしながら言った。
「そこまで積極的に賛成してる訳じゃないと思うよ。もっと選択肢があれば他に打てた手はあったはずだ……ってことも言いたいんだと思うな」
『母様は思ったこと全部言葉にする人じゃないからね。きっと色々と考えて、その上でああ言ったと思う。だから母様の事を悪く言わないで』
あれ、もしかして私、サクヤに怒られてる?別にナミのことを悪く言った気はなくて、単に言葉がわからないっていう話だったんだけど……。
でも、一応謝っておこうかな?
「ごめん?」
「いや、なんでそこで疑問形なのよ……。ところでサクヤ、光子魚雷のスペックは確認出来た?」
『見たよ。何この馬鹿兵器。直径300m範囲内の物質を原子崩壊させて光に還すって……何と戦うつもりなの?』
「何って、放浪機でしょ?で、これでスターゲート破壊できそう?」
『あれを破壊しようとした人なんていないから、どうなるかなんてわかんないよ。そもそも何で出来てるのかすら不明なのに』
「でも、物質を原子崩壊させる兵器なら……」
『可能性はあるかな。ちんちくりんなあんたが小舟で特攻するより成功率は高いと思うよ?』
「はいはい」
そんな事を話していると、立体映像のサクヤがふとアルカンシェルの前方に視線をやった。
『アーちゃんの定期PINGに超空間チューブ終端の反応あり。もうすぐ終点だね。『鍵』を使った自動開放プロトコルももうすぐ作動するよ』
「ちょっと待ってください!自動開放プロトコルというのは何ですか?」
『あれ?アーちゃんから聞いてない?ゲートって入口を開けても出口は閉まってるから、出口の近くへ来たら自動で開ける仕組みになってるんだよ』
「初耳です……よね?」
「うん、私も今初めて聞いた」
アリサとアイリスが言うように、それは初耳だ。
入口に入るときに「鍵」を使ってゲートを開ける。そうしたら出口も開いている。で、出入り口は半年間開いたまま。
それが私達がG17から聞いたゲートの仕様だ。サクヤの言ってるゲートの開閉とは違う気がする。
「そういえばゲートに入る前にもナミがそんな事いってたよね?私達の理解が間違ってるって事?」
『ううん?別に間違ってないよ。不完全な知識だけど』
「不完全……って?」
『ゲート内部の時間経過について理解出来てないんじゃない?ゲートの中の時間と、外の時間の流れ、全然違うよ?』
サクヤの指摘はよく考えれば当然のことだった。それなのに、私たちは完全に見落としていた。
たとえば亜光速で航行するとき、船内の時間と惑星上の時間の流れがずれるのは宇宙を旅する者にとって常識だ。でも超光速航行ではそうした時間のずれが発生しない。
だからアルカンシェルで旅をするようになってから、私達と惑星の人々の時間は同じペースで進んでいると信じて疑わなかった。
でも――それが間違いだった。
通常のジャンプ航法なら亜空間をほんの一瞬で通過する。だから、外の時間とずれが生じることは「ほとんど」ない。
だけど今回私たちはスターゲートを通じて超空間チューブに入り、そこを体感時間で3時間かけて進んだ。私達は無意識のうちにその間に外の時間も3時間しか経っていないと当然のように考えていた。
でも、実際は違ったんだ。
超空間チューブの中では、亜光速航行以上に外の時間が加速していた。つまり、私たちが移動している間に、半年間のスターゲート開放期間が終了していて、出口も入口も自然に閉じてしまっていたんだ。
「そういえば前にトワが亜空間で迷子になったときも、トワは2日ぐらいローヴの星にいたって言ってたけど、外にいた私達の感覚だと20分ぐらいだったよね」
「あの時は本当にお腹空いた」
「あの時は本当に心配しましたぁ!」
私の声とマリエッタの声が……途中まで重なった。うん、心配掛けたのは反省してる。私のせいじゃないけど。
「つまり亜空間と通常空間の時間の流れは違うってことか……。で、サクヤ?スターゲート内部は時間経過が早いのは確定なの?」
『確定かどうかなんて知らないよ、そんなコト。でも、少なくとも記録にあるゲートは全部そうなってたよ。時間の経過比率はまちまちらしいけどね』
スターゲートというのはオリオン腕の人達にも良くわからない技術で、わからないなりに使ってるということがわかった。
『……あ、前方超空間チューブ終端確認。でも何もいないね』
「ゲートは開いてますか?」
『うん、開いてるけど……アっちゃんが『鍵』を使ったタイミング的に今さっき開いたんじゃないかな』
「じゃあ、誰もペルセウス腕側に進入してない!?」
『んー100%は保証できないけど、さすがに放浪機みたいな派手な痕跡残すのが通ったなら気付くんじゃない?だから、98%ぐらいなら保証するよ?』
「それ、保証になってませんよね?」
「逆に心配になる数字ですっ!」
うん、マリエッタの言うとおりだ。2%の確率で侵入されてるって言われたら、逆になんか危ない気がするよね。
でも、とりあえず私達の前に放浪機の艦影はない。98%の確率に賭けて、私達はスターゲートを飛び出した。




