#14
>>Iris
サクヤが私に非友好的な態度を取るので、機族の行動パターン解析とヨモツヒラサカからスターゲートまでの逃走と追跡を振り切る方法の検討はアリサとマリエッタに任せ、私はナミと2人でラウンジへ降りる事にした。
少し確認したいことがあったからね。
「すまぬの。以前のサクヤならあのような稚気じみた振る舞いはせなんだのじゃが」
「気にしてない……と言えば嘘になるけど、理解はできるよ。嫉妬でしょ?」
私の言葉にナミは無言で頷いた。
船員データを閲覧した直後の発言だったからね。おそらくサクヤはアルカンシェルの保有するデータから、私が死後にC3を介して人間からセレスティエルへと再生された事も知ったはず。
一方でサクヤもまさに先ほど機族からアルカンシェルのペルソナシステムへと転生を果たしている。
一見すると私達の境遇は似ている。でもほぼ完全に……いや、上位互換の存在として再生した私と、機能の大半を喪失し、かろうじて魂をつなぎ止めたサクヤでは結果に大きな落差がある。
そして、サクヤは長い期間を経て成長させた人格育成データの多くを失っている状態で……それはつまり、今のサクヤは子供と同じと言うことだ。
なら、そんなサクヤが「恵まれた境遇」の私に嫉妬するのも仕方の無いことなんだろう。
私がそう考えを口にするとナミは深く頭を下げた。
「かたじけない。我が娘ながら人様に嫉妬とは情けない話じゃが……この場を生き延びることが出来れば躾をやり直すことも可能じゃ、しばし辛抱して……」
「ううん。いいよ、今のままで。あの子、今は子供なんでしょ?叱って躾てもどうにもならないだろうし、また時間を掛けて成長すれば良いじゃない。幸いな事に私もセレスティエルだから時間は沢山あるしね」
私の言葉にナミはきょとんとした表情を浮かべた。口調や態度は老成しているけど、こういう表情を浮かべると外見上の年齢相応に見えるよね、ナミって。
しばらく黙って私の方を見ていたナミは、軽く咳払いをすると話を続けた。
「なら、サクヤには何も言わぬほうが良いかえ?」
「そうだね。サクヤだけじゃなくてトワ達にも無理に事情を説明しなくていいいんじゃないかな。変に気を遣ったりするより、自然に成長した方がサクヤのためになるだろうし」
「……お主は大人じゃな。一体何年生きればそうも円熟した人格を形成できるのやら」
「ナミ?私まだ見た目通りの16歳だからね?アリサみたいに実年齢150歳のなんちゃって17歳じゃないからね?」
「だれが150歳ですか!」
私がナミにそんな事を言っていると、ラウンジへ下る階段から顔を覗かせたアリサがツッコミを入れてきた。いつの間にか話を聞かれていたらしい。
それにしてもこの子、年齢の話になるとムキになるんだよね。
「ごめん、143歳だっけ?」
「心はいつも17歳だと……いえ、今はそんな話ではなくて。作戦が決まりましたのでお二人にもブリッジへ来て頂きたくて」
「ここで説明してくれたらいいじゃない」
アルカンシェルのデータはラウンジにもホロディスプレイを投影できるし、私達はこれまでにもここで作戦会議を何回もやってるのに、何故かアリサはブリッジへ来いと言う。どういうことだろうか?
「トワ様が……サクヤはブリッジから出禁だと。いえ、意味が違うのはわかっていますが」
「出禁……ああそういうことか。普通は入室禁止を出禁って言うけど、その反対なら入禁?……ううん離禁?ともかく、トワが艦長命令でサクヤはブリッジから出ちゃダメって言ってるんだね?」
「はい。なので、サクヤを交えて作戦の話をするにはブリッジへ来て頂くしかないかと」
「はいはい、わかったよ。ナミ、座ったばかりで悪いけど、行こっか」
「やれやれ、忙しい事じゃな」
――たぶん、トワは私に気を遣ってくれたんだろうね。サクヤが船内各所にアクセスできると、私といたるところ衝突する可能性が高いと考えて。
まぁ、私はサクヤの気持ちも理解出来るから軽くいなせるとは思うけど……四六時中突っかかられると精神衛生上よろしくないのは事実だし、トワの配慮には感謝しておこう。
ブリッジへ戻った私達はサクヤの持つ放浪機の情報を元にマリエッタが立案した作戦の説明を受けた。
まず前提として放浪機はジャンプ航法の痕跡を追跡することが出来るらしく、そのままジャンプしても逃げ切ることはできないそうだ。
相手よりも跳躍距離が長ければ物理的に逃げ切ることは可能だけど、追撃してくる放浪機のジャンプ性能が不明だからそれに賭けるのは無し。
そこで他の方法を検討した結果として、マリエッタが提案したのは放浪機のジャンプ追跡を逆手に取った欺瞞工作だった。
「つまり、ジャンプドライブで跳んだ痕跡を重ねる3段跳びってこと?」
「はいっ!ショートジャンプでまず適当な所へ跳んで、すぐに元の位置へ復帰!その後に1度目に跳んだ場所と同じ場所から本来の目的地へ飛べば……1度目と3度目の空間振動波の跳躍痕跡が混じり合って、追いかけてくることが出来ないはずですっ!」
「欲を言えば、本命のジャンプもスターゲートから離れた所にして、もう一度3段ジャンプを重ねておきたいところだけど……」
「さすがに短時間でそれだけ連続してジャンプするのは無理ですよぉ」
アルカンシェルのジャンプドライブは優秀だけど、短時間での連続ジャンプは想定外の運用らしい。本来であれば3連続ジャンプでもでもかなり無理をしているらしいので、それをもう一セットというのは不可能なんだろう。
あとは……この方法でもなお追跡された時のことを考えて、長距離ジャンプ後の加速は一瞬だけにして、探知されづらい慣性航行でスターゲートに向かうぐらいかな。
「サクヤ、アルカンシェル。今アイリスさんが追加した慣性航行も加味して敵の追撃を撒ける確率を計算してみてください」
『んー、8割ぐらいじゃない?』
[Simulation Result: 76.6%.]
アリサの指示にサクヤとアルカンシェルがそれぞれ回答した。サクヤの回答は若干アバウトだけど、概ね同程度の確率ってことか。
あれ?でもサクヤはアルカンシェルのペルソナだから、アルカンシェルのシミュレーション結果を四捨五入して代弁してるだけ?
「サクヤ、それ自分で計算した?アルカンシェルの計算結果を四捨五入しただけじゃないよね?」
『はぁ?アタシがそんなコトするワケないじゃない!喧嘩売ってるワケ!?ちゃんと計算して80.42%って出てるんですケド!』
いや、喧嘩を売ってきてるのはサクヤの方でしょ。一瞬大人げなくそんな台詞を口にしようとしたけど……ともあれ、別々にシミュレーションした結果として8割前後の確率になったと言うことか。
私は軽く肩をすくめると、確認のためマリエッタに声を掛けた。
「マリエッタ、他に検討したプランはある?」
「えっと、プローブを使った囮作戦とか、一度他の星の大気圏内に身を隠してみる方法とかも検討はしましたけど……全部これより随分と成功率が低かったですぅ」
なるほど、複数立案した作戦の中で一番成功率が高いののが3段ジャンプってことか。放浪機の追跡を振り切れない確率が2割ある事は正直不安要素だけど、現状としてこれ以上の手はないか。
問題はこの方法で放浪機を撒けなかった場合、私達はしばらくジャンプが使えない……つまり逃げる術を失うことになる事だけど。どちらにせよ、ジャンプしたところで追われるならそれは甘受すべきリスクだろう。
「トワ、アリサ、それに……ナミも。私はこの作戦でいいと思うけど、あなたたちはどう思う?」
「私はお姉ちゃんの判断を信じる」
「そうですね、私もこの成功率なら試してみて良いと思います」
「妾はただの客じゃからな。アイリスの判断に異議を挟むつもりはないぞ」
全員の同意がとれたので、私達はこの作戦でオリオン腕を脱出すること決定した。
この後、ペルセウス腕側へ脱出が完了するまではおそらく休む間もないだろうから作戦決行は2時間後として、小休止を挟むことにした。
ただし放浪機が現れた場合は即座に作戦を開始できるようにアルカンシェル……とサクヤに対空監視を頼むことにはなるけど。
ブリッジから一旦解散を告げ、三々五々休憩や食事、風呂へ向かう皆を見送りながら私は1人ブリッジに残った。
ブリッジには私の方を胡乱げな目で見つめるサクヤの映像が投影されている。いや、アルカンシェルのセンサーで捉えてるはずだから目線まで再現しなくていいのに……結構凝り性だよね、この子。
そんな事を思いながら私はサクヤに声を掛けた。
「ところでサクヤ?」
『何よっ』
「アルカンシェルのオーナーはトワだけど、作戦指揮は基本的に私が執ることになってるの。普段はさっきみたいな態度でもかまわないけど、戦闘中は私の指揮に異議を挟まずに従って欲しい。私はもう二度と死にたくないし、あなたもまた死にたくないでしょ?」
『……わかった』
「ありがとう。お互い、生き延びましょ」
私の言葉にサクヤはふてくされたような表情でそっぽを向き、返事を返さなかったけど、それでも少なくとも戦闘中は私に従うことを約束してくれた。
まぁ、この子は子供だけど馬鹿じゃない。不要な軋轢で全員を……特に母と慕うナミを危険にさらすようなマネはしないだろう。
地表で二度の戦闘を行ったから少し汗を流したいと思い、私は浴場へ足を運んだ。
檜風呂には先客が1人、アリサだ。既に湯船に浸かっていたアリサに軽く手を上げて挨拶し、私も浴室へと足を踏み入れる。
「アイリスさん、サクヤとはうまくやれそうですか?」
「ん……まぁまぁかな。悪い子じゃないと思うんだけど」
「場を乱しそうな感じはしますけど。必要な時以外は表に出さないようにしますか?」
「閉じ込めたらもっと性格曲がりそうじゃない?それに私が恨まれるよ」
アリサの言葉に軽口を返しながら私も湯船に身を沈めた。
いや、最初は航宙船に大浴場なんて正気の沙汰じゃないと思ったけど、今はもうこれがないとQOLが維持できないぐらいになってるよね。
ヒトは贅沢を覚えるとどんどんダメになるというけど、まさか風呂がその最たる例になるとは……。
そんな事を思いながらふとアリサの方に目をやると、放浪機との戦闘で負傷した左腕の痛々しい内出血が目に入った。
「痛み、どう?お湯しみたりしない?」
「鎮痛剤がそれなりに効いていますから、大丈夫です。それに、温熱療法ですよ」
「いや、それって腫れが引いてからの話だよね?本当に大丈夫なの?」
そういってアリサは微笑んで見せたけど、テロマーは回復力が高いからって無茶してるんじゃなきゃいいけど。




