#9
>>Alyssa
グラビティスリングでブリギッタを回収させながらマリエッタが語った内容は驚くべきもので、私は彼女の発想力と応用力に改めて驚かされました。
まさかグラビティスリングを使った輸送システムを質量弾として使うとは。
エネルギー供給の問題から連続使用ができないという制限はあるそうですが、これは携行武器しか持たない私達にとって起死回生の決定打になり得るものです。
しかも過大な破壊を引き起こさないように、威力を必要最小限にセーブする制御までやってのけるとは。まったくもって末恐ろしいです。
……いえ、こういう手段に頼らなければいけない事態にそうそう巻き込まれたくはありませんが。
ともあれ、当座の敵は片付いたようなので私達は再び研究棟の探索へ向かうことにしました。
先ほどの入口から中へ入ると、あれほど散乱していた機族や放浪機の残骸が殆ど残っていません。先ほどの小動物型放浪機がここにあった残骸を大半を侵食融合したのでしょう。
ですが一番奥に擱座している損傷の少ない機族2体は、何故か手つかずのままでした。状態の良い機体を取り込めばそれだけ修復や強化はしやすそうな気がするのですが、何か拘りでもあったのでしょうか?
そんな事を考えていた時でした。通路の奥から声が聞こえたのは。
「騒々しいの……何事じゃ」
口調は老婆のようですが、声そのものは甲高い少女のそれです。いえ、それ以前に人間の声はこの星へ降下してから――いえそれ以前にスターゲートをくぐって以来初めてです。
ましてやここは放浪機が徘徊する死んだ惑星。人が……それも、子供がうろついている筈がありません。
一瞬、空耳かと思いましたがそれにしては声も、その内容も明瞭でしたし、何よりもトワ様やアイリスさん、それにマリエッタも……全員が通路の奥を見ています。
私は腰を落とし、いつでも攻撃態勢に入れるよう警戒を強めました。
隣でアイリスさんも腰の後ろに手を回してブラスターをいつでも抜ける体勢を取っているのが視界の端に映りました。
向こうからそれ以上の声かけはありません。こちらの返答を待っているのでしょうか?私はアイリスさんに軽くアイコンタクトをした上で、相手に向かって声を上げました。
「お騒がせして申し訳ありません。大きなネズミが出たもので」
「ほう、ネズミとな。それはさぞ不気味なネズミじゃったろうて」
「ここに巣くっていたネズミをご存じでしたか?」
「もちろんじゃとも。ずいぶんと子らが囓られたものじゃ」
会話が成り立ちますし、先ほどの小動物型放浪機の事を知っているようです。
声のトーンや話し方から、G17のような人工知性体ではないような気がしますか、もしかすると、稼働している機族なのでしょうか?
私がそんな事を考えていると、トワ様がじれたのかストレートな内容で声を掛けられました。
「誰?」
「人に名を聞くときは先に名乗るのが礼儀じゃろ?」
「ごめん。私はトワ。セレスティエル。あなたは?」
トワ様は声の主に素直に謝られた上で、シンガーではなくセレスティエルだと名乗られました。
G17もそうでしたが、こちら側ではシンガーやギルドの存在が知られていないふしがありますし、ここは神産みの神がいるとされる星。
つまり機族やセレスティエルと関係性が深い可能性があります。なら、自らの身分を名乗る際に最も相応しいのはセレスティエル……ということなのでしょう。
そして、そのトワ様の言葉に応えるように、通路の暗がりからカラコロという不思議な足音を響かせながら姿を現したのは、幼い少女。
そしてその少女が口にした返答は、私の予想を遙かに超えたものでした。
「ほう…主は……我が同胞か。妾か?妾のことは…そうじゃな、ナミとでも呼ぶが良い。ただの囚われ人じゃよ。刻の枯れたこの星に囚われた、ただの小娘じゃ」
幼い風貌の少女は、まるで老女のように気怠げな口調でそう名乗りました。
ナミと名乗った彼女は、彼女はトワ様の同胞……つまり、セレスティエルということですか!?
「あなた、セレスティエルなのですか!?」
「うむ。して、そなたは何じゃ?」
「……失礼、私はアリサ・シノノメ。テロマーです」
「ほう……居残りがまだおったとはな?」
ナミは私のテロマーという名乗りに興味深げな声でそう言いました。私を「居残り」と表するということは、この星域でもやはりテロマーは姿を消してしまっているのでしょう。
私とナミの会話を聞いていたアイリスさんはブラスターの銃把から手を放さずに、そのままの姿勢で名乗ります。
「私はアイリス。トワの姉で……私もセレスティエルだよ」
「ふむ?それは異なことじゃな?主の瞳は深紅に燃えておる。それはセレスティエルの瞳ではないぞ?」
「私は……元人間で、セレスティエルとして再生された。この瞳は生まれつきの色」
「ほほう、それが真なら実に興味深いの?」
そう言いながらさらに歩み寄ってきたナミの姿を改めて観察します。
年頃なら7、8歳というところでしょうか?幼女から少女へ移り変わる年代に見えます。
透き通るような白い肌をいささかはしたないレベルではだけた服装は、豪華な金糸で飾り立てられた黒い衣装……おそらくキモノと呼ばれるエスニックな民族衣装のように見えます。
髪の色は烏の濡れ羽色とでも言うのでしょうか。しっとりとして艶やかな深い黒を頭の上の方でツインテールにしています。
そして……彼女が口にしていた瞳の色は……トワ様と同じ、虹色でした。
「して、この枯れた星へ何用じゃ?戦が終わったという知らせでも持ってきたかえ?」
ナミという少女……いえ、セレスティエルということは外見と年齢が一致しない可能性は高いですが、ともあれ彼女の言葉には私達が聞きたいことが多く含まれていました。
そして彼女もまた私達に聞きたいことがあるようです。
なら情報交換といきたいところですが、あいにくここにはまだ放浪機が徘徊している可能性があります。さすがにもう一戦は無理なので、もっと安全な場所、つまりアルカンシェルの中で話を聞くべきでしょう。
私がそう提案し、他に生存者はいるかと問うとナミは頭を振ります。そして……彼女が出てきた通路の脇で機能停止していた2体の機族へ歩み寄ると、その場に跪いて声を掛けました。
「タケハヤ。サクヤ。大儀であった。しかし……主らの魂まですり潰して、妾は何をしておったんじゃろうな」
「知り合い?」
「ああ。こやつらは……ここで朽ちておった機族らは皆、妾の子じゃよ」
「じゃあ、ナミが『神産みの神』?」
「それはまた、たいそう懐かしい名よの。自らの子すら守れぬ、ただの無力な小娘である妾には過ぎた二つ名じゃよ」
そういうナミの表情には悲しみや後悔ではなく、ただ諦念の表情だけが浮かんでいるように思えました。




