#2
>>Alyssa
トワ様の言葉に、私は先日から抱いていた疑問の手がかり得たような気がしました。
私が疑問に思っていたのは、クレリスでカルティアに聞いた「C3を搭載した第二世代の機族と、レゾナンスフィールドで覆われた航宙船が放浪機の侵食を受けない」という説明についてです。
カルティアの言葉を疑っているわけではなく、何故そうなのかという原理的な部分に対する疑問です。
この件についてカルティアから詳細な説明はありませんでした。そもそも「侵食を受けない」というのがどういう状況なのかも含めて。
私はあの時、かつて第一世代の機族がコアとしていた電子頭脳の脆弱性こそが、放浪機による侵食を許す問題であり、C3をコアにすることでそれを回避出来るのだと考えました。
ですが、後になってその解釈では、レゾナンスフィールドで保護された船舶が侵食を受けないという事象の説明が付かないことに気が付いたのです。
そもそも「侵食を受けない」と言うのがどのような状況なのかもわかりません。
C3を持つ機体や船体は放浪機から攻撃を受けない?
それとも放浪機はC3を忌避する?
いえ、おそらくそのどちらでもないでしょう。仮にC3が放浪機に対しての保護策や忌避手段になりうるのであれば、人類はスターゲート周辺に無数にちらばる船舶の残骸のような無残な負け方をするはずがないのですから。
おそらく「侵食を受けない」だけであって、C3搭載機は放浪機の攻撃対象のまま。
そして放浪機が本来攻撃するのは「生命」であるとカルティアは言っていました。そして先ほどの「通信」をトワ様はヒトを感じると言われました。
つまり……C3の共鳴波は無機物である機族や航宙船を「生命体」だと偽装する効果があるのではないでしょうか?
放浪機にとって生命はあくまでも根絶対象であり、侵食して取り込む対象ではありません。
もしそうだとすれば、人類は機族に対してとんでもない仕打ちをした事になります。
これまでは侵食という形で曲がりなりにも放浪機から仲間扱いされていたものを、C3をコアとしたことで機族は放浪機に敵や獲物と認識されるようになった訳ですから。
そういえばカルティアは言っていました。機族は放浪機に近い……あまりにも近すぎる、と。
それは決して共感や同一性を示す言葉ではないにせよ、同じ機械生命体として相通じるものを感じていたようにも思えます。まぁ、人間が人を喰らう肉食の原生生物に対して感じる程度のシンパシーだとは思いますが。
「アリサ、どうかした?やけに難しい顔してるけど」
「ええ、少し気になることがありまして……」
私が考え込んでいる事に気付いたのか、それまでホロディスプレイで先行する放浪機とおぼしき船の動向を注視していたアイリスさんが声を掛けてきました。
私は先ほど考えていたことを手短にまとめ、仮説をアイリスさんに共有します。
この件は1人で考えるよりも、他の人から意見を貰った方がよいと思ったので。
「なるほど……そういえばあの時は『侵食』そのものに目が行ってたから、防ぎ方については考えてもみなかったけど、そっか。つまりC3から放たれる共鳴波を、放浪機が『生命の波動』と勘違いしてるってこと?」
「ええ、確証はありませんが……おそらくは」
「あの、そんな怖い相手なんですか、放浪機ってっ!?ブリギッタも侵食されちゃうんですかっ!?」
マリエッタは自分のエクソギアが侵食されることを恐れているようです。あのエクソギアが敵に回れば大きな脅威になりますからね。
ですが、確かブリギッタの制御はマリエッタの手によって電子頭脳からC3制御へと変更されていたはず。つまり、放浪機から見ればブリギッタも「生命体」になる可能性は高いでしょう。
私がそう告げると、マリエッタは安堵のため息をつきました。
「よかったですぅ……ブリギッタに絶交されちゃうかと思って心配しましたっ!」
……戦力的な心配ではなく、お友達を取られることを心配しているのですね、マリエッタ。
私とマリエッタがそんな事を言っている間に、今度はアイリスさんが何事かを考えていたようです。確証はないけれど、と前置きしてから彼女は切り出しました。
「さっきマリエッタが未調律のC3を使ってるみたいって言ったけど、あれもしかしたらあながち間違いじゃないのかも」
「ど、どういうことですかっ!?マリエッタ、割と適当なこと言っちゃったんですけどっ!」
「えっとね?G17からリュミエールを受け取ったときの話だと、少なくとも超光速航行に関しては重力制御技術が元々標準で、C3を使ったレゾナンスジャンプは代替品、そして失敗作って言ってたでしょ?」
「確かに、そんな事を言っていましたね」
アイリスさんの言葉に、私は先日訪れが第1037技術開発拠点を管理する人工知性体G17が言っていたことを思い出しながら、頷きました。
「それにトワ?アルカンシェルも元々はレゾナンスドライブの実験船だって言ってたよね?」
「うん。でもレゾナンスドライブまで開発できなかったから、レゾナンスフィールドを搭載してるってG15が言ってた」
そちらの方は私達はトワ様からの伝聞でしたが、直接G15から話を聞かれたトワ様がそう太鼓判を押されました。
「つまり、オリオン腕側のC3制御技術はまだ発展途上だったんじゃないかな?技術開発拠点にもC3は使われてなかったから、ペルセウス腕側みたいに日常的にC3を使うレベルで普及してないとか」
「つまり、オリオン腕では重力制御、ペルセウス腕ではC3に……技術系統が枝分かれしている、と?」
「まぁ、こちら側の人に話を聞かないと真偽は確かめられないけどね」
「と言うことは先ほどのC3通信のようなものは、通信のためではなく他の用途で使われている。それもあまり洗練されていない状態で……と言うことですか」
私の言葉にアイリスさんは頷き、アルカンシェルが解析したヨモツヒラサカの惑星ステータスを示しました。
ホロディスプレイに表示されるヨモツヒラサカの状況は、先ほどのC3通信を除けば重力波も、C3が放つ共鳴波の痕跡も、フォトンエネルギーが使われている兆候も皆無。
夜側にも微かに動かない灯り――おそらく残存している外灯でしょう――が観測できるだけで、動く灯りは存在していません。おそらくビークルやエアロプレーンの類いは稼働していないのでしょう。
そして惑星の衛星軌道上にも航宙船や軌道ステーションの類いも見当たりません。つまり、これは。
「高い確率でヨモツヒラサカは既に滅亡してる、と?」
「たぶんね。だってさっきの船が放浪機だとしたら、生命が残っている星をそのままにして去って行くなんてあり得ないでしょ?周回航路で悠々飛んでる感じだったから、放浪機が防衛艦隊に撃退されて敗走してるようには思えなかったし」
「じゃ、じゃあ、さっきのC3通信は何ですかっ!?ヨ、ヨモツヒラサカのお化けですかっ!?」
私とアイリスさんの言葉にマリエッタが怯えたような声でそう言います。
星のお化けとは言い得て妙ですね。マリエッタの思うお化けとは少し違うのでしょうけど。私はそんな事を思いながら、これまでの話から推測される「答え」を口にします。
「おそらく先ほどのC3による共鳴波は……あのヨモツヒラサカと言う星を放浪機の注意を引きつけるための囮にするものでしょうね」
「囮?星のお化けじゃなくて?」
トワ様はマリエッタのお化け説推しのようです。でも、確かに無人の星に生命がいるように偽るのは「お化け」と呼んでも差し支えないかもしれません。
先ほどの仮説である、C3が生命を偽装するギミックであるのなら……惑星からC3の共鳴波を放つことで、ここに生命が存在していると声高に宣言していることになるでしょうから。
しかし、実際にはヨモツヒラサカは既に滅亡済みで、放浪機は無駄足を踏むことになります。それでも、放浪機の目的が生命の根絶であるなら「お化け」が現れる星を調査せざるを得ない。
「つまり、ここ、ヨモツヒラサカは放浪機の偵察リソースを割くための戦略的な囮ってことか」
「おそらくですが、他にも囮の星があるのだと思います。先ほどの放浪機が定期巡回航路を取っているように見えるのは、複数ある『囮』の星が無人であることを確認しているのではないでしょうか」
「確かに、殲滅作戦なら単艦行動するとは思えませんっ!」
「肝試し、独りだと怖い。ボルト……ボルトが……」
私達の話にトワ様が何故か青ざめた顔で譫言のようにボルトがどうとか呟いておられます。
意味はよくわかりませんが……放浪機は別に肝試しをしている訳ではないとは思いますが。
「ボルト?……ああ、『怪談・作業服のポケットから出てくる消えたボルト』のことだね」
「な、なんですかっ、その無茶苦茶怖そうな話はっ!」
「今度時間があったら話してあげるよ。トワのいないところで」
「ボルト、怖い……」
良くわかりませんが、普通になくしたボルトがポケットに入っていただけのように思いますが……。いえ、今はボルトではなく囮の話です。
「もしあの星が本当に『囮』、つまり放浪機を呼び寄せるための狼煙のようなものだとしたら、惑星上には既に生存者はいないはずですが、それでも向かわれますか?」
「……うん。ごめん、わがまま言って」
「いえ。トワ様が望まれるなら、アリサはどこへでもお供します。マリエッタ?」
「せっかくここまで来たのに、遠目で見て帰るのは勿体ないですっ!」
「いや、観光地じゃないからね……でも、マリエッタが賛成なら、ここで引き返すって選択肢はないね」
「ありがとう」
トワ様はそういって頭を下げられました。
アルカンシェルは、まもなくヨモツヒラサカの衛星軌道に到達します。




