#1
>>Iris
「ジャンプ正常に終了、座標確認っ!……ジャンプアウト予定座標ぴったりですっ!」
アルカンシェルのブリッジにマリエッタがジャンプに成功したと報告する声が響く。
アルカンシェルの航法能力を疑っていた訳ではないけど、それでもオリオン腕での初ジャンプだから少し緊張するのは許して欲しい。
ジャンプ時に無意識に息を止めていた私は、安堵しつつ軽く息を吐き出した。だが……。
「重力波センサーに感ありっ!艦影、約1.876光日先ですっ!」
「重力波……?フォトン反応ではなく?」
「はいっ。アルカンシェルさん、光学映像最大望遠、この前組みこんだ拡大鮮明化ルーチンも併用してくださいっ!今は正確さより何がいるのか、確認するのを優先ですっ!」
マリエッタの報告にアリサは怪訝げな表情をするが、この場合はマリエッタの反応の方が正しいんだろう。
私達の宇宙における常識では航宙船というものはフォトンエネルギーを使ったレゾナンスドライブで宇宙を飛ぶ。だから、長距離センサーによる艦影の確認はフォトン反応の有無で行われるのが一般的だ。
だけど私達が今乗っているアルカンシェルは、レゾナンスフィールド発生装置こそ搭載しているけど航行システムは重力推進システムだ。
つまり、アルカンシェルが飛んだ航路にフォトン反応は出ない。そしてこれまでに判明している事から、アルカンシェルを作ったオリジンスター発祥と思われる技術はもともとこちら側のものだと推測される。
なら、こちら側の航宙船が残す痕跡がフォトンではなく重力波であることは想像に難くない。
「マリエッタ、何か見える?」
「うーん……アルカンシェルさんのセンサー圏内ギリギリの所なので、正直限界まで拡大しても点にしか見えませんっ……。推測値で70m級、アルカンシェルさんより二回りぐらい大きい船ですっ。あと間違い無く動いてますっ!」
「アイリス、逃げなくていいの?」
マリエッタの言葉にトワが瞳を蒼に曇らせた心配げな様子で声を掛けてきた。状況的に、あの船が放浪機である可能性は高いし、そのつもりで行動しておいた方が間違いはない。
だからトワが不安に思うのも当然だ。
「逃げたところでジャンプアウトの痕跡はおそらく向こうにも筒抜けだよ。私達があっちの航路を読めるということは、あっちも私達の航路が読めることになるからね。慌ててもあんまり意味ないよ」
「でも」
「それにね、あれが仮に船だったとしても、あの船はもうあそこにはいないから」
私の言葉にトワは不思議そうな顔をする。
そっか、この子はセンサーの表示がリアルタイムだと思ってるんだね。私はトワに微笑みかけながら、センサーが捉えている情報は2日近く前の情報なのだと説明した。
通常空間では光よりも早い情報伝達手段は存在しない。そして重力波も、超光速通信のような空間をねじ曲げる使い方をしている場合でなければ同じ。
つまり普通にセンサーで観測できるものなら光と同じ速度で伝達される。そして、今「艦影」が見えているのは約1.9光日先で、その数字こそが情報が私達の元へ伝わるのに掛かった時間と同じである、と。
「つまり、あの船は2日ぐらい前にあそこにいた?」
「そういうこと」
「じゃあ、アルカンシェルの事をあの船が知るのは」
「あの場所にあの船が留まり続けていたとしても、約2日後だね。で、あの船は今……」
「遠ざかってる」
ホロディスプレイに映し出される船の予想航行情報は私達から遠ざかる方向へ向かって伸びている。
つまりあの船――もう船と断定していいだろう――がこちらを監視していたとしても、ジャンプアウトの重力波を観測できるのは最速で約2日後。
そして、2日の間にあの船はさらに2光日分、私達から遠ざかっている訳で、それはアルカンシェルのパッシブセンサーの有効範囲よりも範囲よりも遙かに遠い位置だ。
つまりその事実はあの船がこちらを能動的に探してでもいない限り、ほぼ見つからないだろうということを意味している。
私がトワにそう説明していると、アリサが浮かない顔で言った。
「でもアイリスさん。あの船が、アルカンシェルよりも性能が高い可能性もありますよね?」
「……うん、それはそうだね。アルカンシェルは私達にとっては夢の超光速船だけど、この宙域だと普通の……それも古代の船っていう扱いだろうからね」
つまり私達には感知できなくても、向こうは感知できる可能性は否定できないって事だ。
超光速航行で跳び去ってくれていたなら確実にセンサー圏外だと安心できるんだけど、ホロディスプレイに表示された艦影はあくまでも亜光速での航行を続けているからね。
とは言えあの船が仮に放浪機だとしても、あの速度で遠ざかり続けている限りは私達を探知することはほぼ不可能だ。
だって、私達の存在を示す重力波は亜光速で遠ざかるあの船に追いつけないから。
それでも急に気が変わって戻ってくる可能性も0ではない。もしあの船が進路変更してこちらへ戻るなら、推定現在位置の4光日先から引き返すのに4日かかる。
それが私達に与えられた猶予期間。
ここからヨモツヒラサカまでは亜光速航行で約1日の距離だから、惑星上を探索できるのは最大で3日……余裕を見て2日で切り上げるのが無難だろうね。
私達の話を聞いていたアリサが少し逡巡したあと、アルカンシェルに指示を出していた。
「アルカンシェル、あの船の軌跡をマクロ視点で観察できるように、スターチャート上にオーバーレイして下さい。そして、現状のままの進路が維持される前提で予想航路を描いてみて下さい」
アリサの指示にアルカンシェルはスターチャート――といっても、情報不足でスカスカだけど――の上に予想航路を描き出した。
私はそれがここからどこかへと向かう直線航路だと思い込んでいたのだけど。実際は……違った。
「……これ、周回航路ですね」
「アリサ、気付いてたの?」
「まさか。こんなに大きな円周だとアルカンシェルのセンサー内では直線にしか見えませんよ。むしろこの子が微妙な航路のずれを検出できていることを褒めてあげて下さい」
「アルカンシェル、偉い」
[Thanks, Mam]
アルカンシェルが描き出した予想航路は、直径十数パーセクという途方もなく大きな円を描く、周回航路だった。つまり、あの放浪機は……獲物を探してこの宙域を巡回している?
「あのっ、アイリスさんっ!相手がわたしたちみたいにプローブを恒星系に残してる可能性、ありませんかっ!?」
「あいつが巡回してるなら、十分有り得るね。それに定期巡回だとしても、あの速度で一周するには何百年単位で時間が掛かるだろうから、おそらくルート上に複数の艦が配置されてると考えた方が妥当だろうし。これ、思ったより時間的な猶予がないかも。アルカンシェル、全速航行。時間優先でヨモツヒラサカへ向かって」
[Yes, Lady.]
時間優先とは言ったものの、超光速航行を使わない限り一光日先の惑星へたどり着くためには、どうしても惑星時間で1日掛かってしまう。
なので私達に取れるできる時間節約策は入港申請をスキップすることや、安全な距離から減速を開始するのではなく慣性制御で停止可能なギリギリの位置まで全速で航行することで多少の時間短縮を図ることぐらいだけど。
そもそもあれが本当に放浪機なら、ヨモツヒラサカを離れていく航路を取っている事実が意味するのは……既にヨモツヒラサカが壊滅しているということで、入港申請をする相手もいないだろうけど……。私はあえてその事は口はしなかった。
「アイリスさんっ、C3通信に反応っ!……あれ?でも、これ音声通信じゃないです……?」
「どういうこと?暗号通信かなにか?」
「えっと、そう思って暗号解析ルーチン走らせてみてるんですけど、どれもかすりもしなくて……というより、ホワイトノイズの方がまだ解読できそう?っていうぐらい、滅茶苦茶なデータですっ」
「滅茶苦茶ってどういう具合に滅茶苦茶なの?」
「なんて表現したらいいのか……無秩序で、整ってないっていうかっ。もしかして調律してないC3で通信したらこんな感じじゃないか、って感じですっ!」
暗号解読に秀でたマリエッタがそう言うということは、本当に通信でも暗号でもない、ただのノイズか、それとも相手の通信システムが破損しているか……。
でも、どうしてC3通信が?
この星域の主要通信手段はおそらくアルカンシェルが技術開発拠点とやり取りする時に使っていた重力波通信か、それに類する技術のはず。
それなのに、この信号はC3通信で発振されている?
しかも無秩序で、調律されていないC3を使ったような……?マリエッタの言葉に何かが引っかかるものを感じる。
「これ、歌じゃないけど、荒削りな歌みたいに感じる」
「どういうこと?」
「よくわからない。でも、ヒトを感じる」
そう言ったトワ自身もあまり自信があるようではなさそうだけど、それでもこの子がそういうなら何か意味があるのかもしれない。
歌のようにヒトを感じる、無秩序なノイズ……。
それが何を意味しているのか、私には想像も出来ないけど。




