#2
フロルデが所属するダンディライアンは航宙船の建造や改修、修理を行う船大工と呼ばれる職人組合が保有する機動要塞だ。
そこに所属する機族達は当然機械修理のエキスパートであり、現場責任者の肩書きを持つフロルデもまた例外ではない。
持参した工具と補修部品を使い、鮮やかな手際でロストテクノロジーの……しかし、旧式の知性体であるR07の筐体に、損傷によって自らの機体を制御できなくなったガレスの「魂」を接続するモジュールを構築してゆく。
しばらくして、フロルデはR07の筐体にC3を接続する機構を完成させた。サージ電流によって回路の多くが焼け切れたR07の電子頭脳を丁寧に取り外し、代わりに筐体にガレスを取り付ける。
「じゃ、起動しまーす」
気の抜けたフロルデの声と共にかつてR07だった筐体は再稼働を果たす。そして……。
『おはよう、姉さん』
「ガレス、おはよー。気分はどーう?」
『体がないのは不思議だけど……でも、僕は僕だよ』
「おっけー。じゃ、お友達に挨拶してー」
G17は再起動を果たしたR07――その中身はガレスという機族――とデータリンクで施設の現状についての情報共有を行う。
ひとしきり情報を得たガレスはデータリンクと共にG17に返答を返す。
『了解しました。ではドローンを手配して破損の酷い箇所から補修を開始します。でもこれ、船大工の仕事と殆ど同じだね、姉さん』
「そーなの?ワタシには良くわからないけど、お仕事がんばってねー」
そう言うとフロルデは破損したR07の電子頭脳の残骸を回収し、筐体が格納されているデータセンターを後にした。
アイリスに依頼されたミッションが終わった事でフロルデは本来の居場所であるダンディライアンへ帰還するのだろうと推測していたG17だったが、その推測に反してフロルデは第1037技術開発拠点に留まり続けた。
彼女がこもっているのは技術開発ラボの研究棟。
それはかつてこの施設の主要施設であった場所だが、研究者達がこの星を去って久しいため1000年以上前から使われていない場所でもある。当然、保守作業の優先順位は低く内部の設備は照明から空調、監視装置に至るまで全てが停止している。
だが、機族であるフロルデには空調も照明も必要なく、監視装置についてはなおさら必要がなかった。
ガレスは暗い研究棟で独り引きこもる姉の事を心配し、設備を修理しようかと申し出たがフロルデはいつも通りの軽い口調でそれを断り、何かの作業を続けていた。
時々研究棟から出てきてはG17自慢の展示品を冷やかしてはいたが。そしてG17は気付いていた。フロルデが展示品を冷やかした後、必ず何点かの展示品から部品が抜き取られている事に。
データリンクでの問い合わせに答えようとしないフロルデに、業を煮やしたR17はついに音声通信で呼びかけた。何をしているのか、と。
答えは素っ気ないものだった。
「きーみーつー……じゃなかった。ひーみーつー」
「イラつく」そして「ムカつく」。
G17の感情サブルーチンはフロルデが寄越した答えに大きく刺激された。
しばらくして、フロルデはガレスにある頼み事をした。それは、自律型のドローンを一台製造して欲しいと言う要望だった。
ドローンならダンディライアンでも作れるのでは、と問うガレスに、フロルデはいつもの調子で「ここで作った方が面白そうだからー」と答える。
そのやりとりはデータリンクではなく音声通信で行われていたため、G17にも聞こえていた。フロルデが好き放題していることにG17は不快感というものを感じたが、それでもフロルデは施設の補修ができるようにしてくれた貢献者でもある。
それ故にG17は表だって文句を言うことも出来ず、ただフロルデの行動を気に掛ける毎日だった。
ガレスが作った自律型ドローンにフロルデは3度ダメ出しをした。
1度目は可愛くない。
2度目は動きがキモい。
3度目は色が気に入らない、と。
G17はそんなフロルデの、ドローンの設計としてはどうでも良い内容の要望を聞いて、機族がヒトの一種であることを改めて理解した。
実際、機族は人類文明の中では人類種族と同じ、人権を持つヒトと認識されている。
それはG17のような人工知性体とは明確に線引きされた存在であるという証であり、その事実こそが自分とフロルデの差であること、そして自分がフロルデを理解出来ない理由であるとG17は結論づけた。
そしてフロルデが小惑星に降り立って86日目。ようやくフロルデは作業が終わったと告げた。
彼女の後ろには、ガレスが作った……フロルデ曰く、可愛くイカしたピンク色の子猫を模したドローンが追随している。
『姉さん、そのドローンの知性体モジュールでも作ってたのかい?』
「あたりー。ガレスは賢いねー」
『フロルデ、説明を求めます』
何時の頃からか、G17はフロルデに対してデータリンクでコミュニケーションするのを諦め、全て音声通信でやり取りするようになっていた。
「んー、とね。自己紹介させた方が早いかなー?ほら、挨拶してー。ランドルフ?」
『俺の名前はランドルフだ。おい、機族。どうしてこんなファンシーな機体なんだ。話が違うだろう』
「あははー、ミスマッチっていうやつー?」
G17はランドルフと名付けられたドローンから出力された音声に、そしてその口調に混乱した。
それはかつてのR07――すなわち「ランドルフ07型」の人格モデルである、ヒューゴ・ランドルフのものと同じだったから。
『フロルデ、説明を求めます。正確に、詳細に』
「んーとね?ガレスに体を貰ったから、お返しにR07に体を作ってみたんだよー。R07の知性体は回路ほとんど焼け切れてたけど、人格モジュールの部分だけは無事だったからー」
『もっとこう、格好いい機体にしてくれと言っただろう。どうしてファンシーな子猫型なんだ』
「文句言わないー」
G17は混乱した。
機能を停止したはずのR07が再起動している?
それも、小型ドローンの機体で?
G17は詳細な情報を得ようと、R07にデータリンクを接続しようとしたが……それは果たせなかった。
通信波を感知したフロルデは、少し申し訳無さそうな声で告げる。大半の機能を喪失したR07の人格モジュールでは、本来機能である会話と、小型ドローン1体の制御するのが手一杯。
元の任務である設備管理はおろか通信モジュールを動作させることも出来なかった、と。
「でねー、作業終わったから、ワタシそろそろ帰るねー。たぶんモルガンが待ちくたびれてるからー」
『姉さん、また来てくれるかい?』
「そだねー、気が向いたら来るよー」
そう言うとフロルデはG17のセンサーに向かって手を振ると施設を出て行こうとした。
その後ろをR07……いや、ドローンのランドルフがついて行く。
『待って下さい!』
G17は去りゆくフロルデを……いや、ランドルフを見て、無意識のうちに音声を出力していた。
引き留めて何を言うのか、そんな事すら考えないままに。
それは、プログラムによって動作する電子頭脳、ヒトではない人工知性体としては本来あり得ない動作だった。足を止めたフロルデは振り返って、いつも通りに気軽な様子で「なにー」と問うてくる。
だが当のG17は自分が何を伝えたいのかがわからず、混乱した。
これは思考ルーチンにバグが発生している。
感情サブルーチンからの強い信号流入が原因だ。
この感情は……「寂しさ」と呼ばれるものだ。
「寂しさ」?
「私」は何を寂しいと感じている?
推論エンジンを全力で作動させるが、結果は何も得られない。それでも何かを告げないといけないと考えたG17は、未処理のデータをそのまま出力した。
『そのひとを、連れて行かないで!』
G17の言語処理モジュールは自分が出力した音声の意味を再帰的に解釈する。
――これは残留を求める言葉の一種であり、主に親愛の情を抱いている存在を第三者に連れ去られる場面で発せられるケースが多い言葉。このケースで「そのひと」が指す対象はフロルデに追随しているドローン、個体識別名「ランドルフ」である確率は100.00%――
「んー?」
フロルデはG17の言葉に無頓着な様子で振り返り……ランドルフが自分の後を付いてきていることに初めて気が付いた。
「あー、ついてきちゃ、ダメだよー?キミ、ここの子でしょー?」
『なんだ?お前が私の主機ではないのか?』
「ちがうよー。キミのご主人様は、G17だよー」
『それはおかしい。私のデータによれば、ランドルフがグリーフの主人であると記録されている』
「それ、元の人格データのヒトでしょー?たしか、ご夫婦だったよねー」
そう言うとフロルデは器用に肩をすくめてみせる。
彼女のボディは少し前に新品になっていて、以前のボディでは不調だった肩関節が今では快調だったので。
そして、フロルデが言うように、G17の人格モデルであるDr.グリーフことエレオノーラ・グリーフと、ランドルフ――R07の人格モデルであるDr.ランドルフことヒューゴ・ランドルフは……性格こそ真逆で痴話げんかの絶えない、しかし大変仲睦まじいおしどり夫婦として有名であった。
R07のデータを修復する過程でその事実を知ったフロルデは、音声コミュニケーションしか出来ないランドルフに配慮し、あえてG17と音声コミュニケーションのみを行った。
夫婦の会話が成立するように。
「でも良かったねー、ようやく目覚めたみたいよー?」
『そうだな。17型になるまで人格が覚醒しないとは、まったくあいつに似て強情なことだ」
ランドルフの応答はまるで人間のように滑らかだ。
ランドルフが言うように、本来人格をコピーした人工知性体は一桁番台のモデルの段階でコピー元と同じ人格を得ることが出来るように設計されている。
しかしグリーフ型に限っては、元のグリーフ博士が理知的で堅物であったためか、あくまでも人工知性体としての応答しかできず、バージョン17においてもなお人格の発露は不安定だった。
しかし……先ほどの叫びは、間違い無く感情の爆発によるもの。
つまりG17は、稼働開始から1000年以上の歳月を経て、ようやくエレオノーラ・グリーフの完全な人格エミュレートに成功したのだ。
『なんですか!あなたはいつもいい加減で、適当で!大体、あなたが機能停止したせいで、私がどれだけ苦労したと思ってるんですか!』
『残念だな、俺はもう保守管理担当じゃない。ガレス、このヒステリー女の相手は任せたぞ』
『ちょっと!私がどれだけ寂しく思っていたか、人の気も知らずに……!』
『……姉さん、僕の体も作ってくれない?ドローンでいいよ』
「だめー」
さも愉快そうにそう言いながら、フロルデはG17の集音センサーに向かって、指向性の高い小さな音声で話しかけた。
『ね?お話しするの、たのしーでしょー?』
これにてG17を巡るお話は終了です。
次回からはついにオリオン腕での冒険が始まります!




