インターミッション『おはなししようよ』第1037技術開発拠点-覚声の衛星 #1
第1037技術開発拠点を管理するグリーフ17型人工知性体。それには本当の意味での自我や感情はなく、ただオリジナルであるエレオノーラ・グリーフ博士の人格モデルをエミュレートしたプログラムを実行しているに過ぎない。
だが、自ら計測不能となるほど長期間稼働し、様々なデータを蓄えた「彼女」には確かな自我や感情のようなものが芽生えつつあった。
例えば今彼女の電子回路にわだかまる感情は、人間で言うところの「イラつき」だ。
『接近中の船舶に警告。ここは関係者以外の立ち入りを禁じられた施設です。特に敵対組織に所属する者については排除が許可されています』
あえて重力波通信システムで呼びかけたその相手は……G17にとって見知った相手であり、それ故に彼女はイラついていた。
長期間の稼働による劣化によって一度眠りに就いた第1037技術開発拠点の管理システムは98,906日前に再起動して以来、四度目の来訪者を迎えていた。
この拠点が存在する宙域は設定されている既存航路から大きく外れた場所にあり、航宙船が偶然迷い込んでくることはまずあり得ない。
また、拠点が建設された小惑星全体がクローキングデバイスで隠蔽されているため、仮に気まぐれな訪問者が近隣を通りがかったとして施設どころか小惑星の存在に気付くことすらない。
故に、この小惑星を目指して一直線に向かってくる航宙船があれば、それはこの施設の存在を知っている者。そしてG17の迎えるべき客……ないしは招かれざる客のいずれかだと言うことになる。
そして今日、接近しつつある「客」は明確に後者であった。
なぜなら接近中の航宙船はG17のデータライブラリに記載された船で……というよりも、かつて彼女自身が管理し、そして「敵」によって奪われた船であったから。
それゆえに、G17はイラつき、そしてムカついた。彼女が好む人間的表現を使うとすれば「どの面下げて来やがった」と言うのが、今の彼女の偽らざる「気持ち」だった。
しかしG17のイラついた警告に対する返答は、予想とは異なるものだった。
『わー、これが重力波通信ですかー。はじめて体験しましたー』
やや平坦ながらも、どこか気の抜けたような少女の声。その声はG17にとってデータに存在しない音声パターンであったが、同時にその正体は即座に推測できた。
『接近中の航宙船リュミエールに搭乗している機族。所属及び機体名称、型式番号の申告を求めます』
『はーい。ワタシはダンディライアン所属、フロルデ!ボディ型式番号はF-03B14だよー』
通信を介した音声による名乗りと同時に重力通信システムを介して機族のパーソナルデータや来訪目的がデジタルデータとして転送されてくる。
機械同士なら音声でコミュニケーションするよりもデータリンクの方が話が早いのは間違いない。ならどうして同時に音声で応答した?
G17はフロルデと名乗った機族の行動意図が理解が出来なかった。そして、そのデータに含まれていた訪問理由にG17は「困惑」した。
『セレスティエル・アイリスの依頼により、ですか?』
『うん。カルティア様からご指名あったんだよー。もっともワタシじゃなくてガレスにだけどー。ワタシはただの運転手ー!』
セレスティエル・アイリスは913日前にこの第1037技術開発拠点を訪れたヒト族の少女だ。聡明な人物ではあったが同時に頑固者でもあり、G17が何度も推奨した武装の搭載をことごとく断るという愚行に出た。
スターゲートの彼方を目指すと言っていたが、武装なしで放浪機が徘徊するであろう星域を訪れて無事に戻れるとは思えない。
つまりG17の感覚としては「惜しい人を亡くした」とでも言うべき状態にある人物だ。だが、今回訪問したフロルデはそのアイリスからの依頼でこの小惑星を訪れたという。
それも保守管理担当の代替要員派遣、という名目で。
――F-03B14に要請。「保守管理担当の代替派遣」および貴機体がリュミエール1号機に搭乗している理由について詳細情報を送付されたし――
G17は相手が機械であることを認識した時点でコミュニケーション方法をデータリンクへと変更した。
音声通信はデータ転送のビットレートが低く、また送受信されるデータの信頼性が話者の言語能力に依存するため必ずしも正確な伝達がおこなわれるとは限らないからだ。
例えばそう。セレスティエル・アイリスに同行していたもう1人のセレスティエル、トワのように。
だが、G17のデータリンクによる要請を受け取ったフロルデは「言った」。
『んー、ワタシもざっくり聞いただけだからー、良くわからないんですけどー、なんか困ってるから助けてあげて欲しい、的な?リュミエールは、たまたまダンディライアンにあったから乗っていっていいよっておねーちゃんがー』
――F-03B14に要請。回答はデータリンクにて行われたし――
『えー、データリンクって、面白くないじゃーん!』
『面白いとか面白くないではなくて!』
『でもー、音声の方がたのしーよ?』
G17はフロルデとのやり取りに疲労していた。もちろん人工知性体である彼女に疲労という概念はないのであくまでも比喩的表現でだが。
最初にリュミエールを見た瞬間に感じたイラつきはこのF-03B14という機族とのコミュニケーションが上手くいかない予兆だったのではないかという気すらして。
そんな人工知性体らしからぬ自らの思考に、G17は「戸惑った」。
その後もG17にとっては要領を得ない、フロルデにとっては楽しいやり取りを経て情報共有が行われた。
以前アイリスが訪問した際に問われるがまま情報開示した第1037技術開発拠点が抱える問題、すなわち保守担当の人工知性体が機能停止したことで施設全体のメンテナンスが滞っているという、G17にとって――比喩的な表現で――頭の痛い事案。
その解決策として、アイリスが代替要員派遣の手配を行ってくれたということらしい。
アイリスは宙域の機族を束ねる機姫カルティアと懇意であり、機族の「魂」がC3によって「輪廻」することを知る数少ないヒト族でもあるそして魂の依代たるC3に傷を負った機族がそれ以上輪廻できないことも知っている。
つまりアイリスは機能不全に陥り機族の機体を維持できなくなった「魂」を代替要員として転属させることを考案し、カルティアもそれを承認。
そして先日、事故によってC3を損傷したガレスという機族の「魂」をフロルデが運んできた……というのが事のあらましだった。
G17がこの事情を理解するのに要した時間は2,821秒。情報量としてはデータリンクでやり取りすれば1m秒も掛からずに交信できる内容だ。
それなのに、フロルデという機族は「楽しいから」というG17には理解出来ない理由で、論理的とは言えない口調とともに時間を掛けて情報伝達を行ったのだ。
結局、フロルデの話はリュミエールが小惑星上へ着陸するまで続き、彼女が施設へ足を踏み入れる頃になってようやく、何故彼女が奪われた筈のリュミエールに乗ってきたのかという話題に入ることが出来た。
「んー、それはよくわかんないかなー。ギルドと共同でリュミエールのパクリ?のオンブルっていうのをうちで作ってたんだけど、オンブルが完成したからーって言って、ギルドからバラバラに分解されたリュミエールが送られてきたんだよー」
G17はかつてリュミエールを強奪したギルドがその機体を解体して内部構造を精査、模倣し、その設計データを元にオンブルと呼ばれる同種の航宙艇を建造したのだと推測した。
推論が正確である確率は97.4%。
しかしギルドがリュミエールを機族達に引き渡した理由は理解できなかった。なのでG17は聞くだけ無駄だろうと考えながらも、フロルデにその問いを投げかける。
「あはは、それ?たぶんだけどー、バラバラにはしたけど、組み立てられなかったんじゃないかなー?リュミエール、結構複雑だったしー。それでも捨てるの、勿体ないからねー」
良くわからない理由だったが、何故フロルデには推測できて自分にはその理由が推測できないのかとG17は「悩んだ」。
自己診断ルーチンを走らせてみたが、人工知性体部分に異常は発生していない。となると、自分を構成する電子頭脳と、フロルデの核であるC3演算ユニットの処理能力差によるものだとG17は結論づけた。
その後、G17はフロルデの求めに応じ、保守管理担当の知性体が稼働していたエリアへの扉を開く。
その知性体……R07は、G17にとって部下であり、弟のような存在だった。しかしG17がクロノメーターの破損によって一時的に機能を停止していた間に、R07は完全に機能を喪失してしまっていた。
ログの解析によればR07は最後の瞬間までG17の筐体のメンテナンスを優先し、自身のシャットダウン手続きを後回しにしていた。
その結果、施設の電源施設が異常放電を起こした際に生じたサージ電流により、機能停止できていなかったR07の電子頭脳は破損。
ヨーコの手によって施設全体の再起動が行われた際にも、G17とは違ってR07は復旧することができなかったのだ。
G17はR07がなぜそこまでして自分を守ろうとしたのか理解できなかった。
効率を重視するのであればR07は自身のシステムを安全に停止し、施設の再起動と共に停止したG17の「復旧」を行うことが出来たはずなのに。
異常停止した知性体はデータが破損する可能性が高いため、知性体のメモリリセット処理が必須にはなるが、施設の維持管理に必要な知識やデータはバックアップから復旧できるというのに。
R07はG17宛てのシステムメッセージに一言だけ伝言を残していた。
「いつまでも、きみのままで」
そのR07のメッセージと、非論理的な対応はG17のエミュレートされた感情サブルーチンを激しく刺激したが、その感情がどのような名を持つのか、G17には理解出来なかった。
フロルデの求めに応じたR07の事を語ったG17だが、フロルデの反応は「ふーん」と言う軽いものだった。
そしてそんなフロルデとの言語コミュニケーションも、R07の機能喪失を確認したときと同じようにG17の感情サブルーチンを刺激していた。
もっとも、刺激される感情の種類は大きく違ったのだが。
「ああ、ここですねー。確かにこれは修復難しいです……けど。んー、じゃあ先にガレスの接続していいですかー?」
相変わらず音声通信でそう言うフロルデに、G17は半ば意地になったようにデータリンクで承認の意思を伝えた。




