#8
>>Alyssa
超空間チューブの中を安全に進める事が判明した後、私達は交代で休息を取ることにしました。
まずは突入前後のデータ解析と指揮で精神的に疲労しているであろうマリエッタとアイリスさんに休んで頂き、その間私とトワ様がブリッジで待機することにしました。
ええ、データ解析と指揮の疲れを労っているのであって、私がトワ様と2人でイチャイチャしたいだけではありません。
「アリサ」
「は、はいっごめんなさい、少しだけ邪な心が混じっていました!」
「………何のこと?」
「い、いえ……すみません、何でもありません。それで、何でしょうか?」
「船外はあんなに変なのに、どうして中は普通なの?」
トワ様が気にしておられるのは、突入時に計測された超空間チューブ内の異常がアルカンシェルの船内に影響していないということでしょうか。
私は科学者ではないので断言は出来ませんが、その理由には思い当たるものがありました。
「確実ではないですが、アルカンシェルは今レゾナンスフィールドを展開していますから、それで影響を低減、もしくは無効化出来ているのかもしれませんね」
「フィールドで?」
「もともとレゾナンスフィールドには空間構造そのものに干渉して周囲の空間との連続性を断つ効果がありますから。フィールドの『中と外は繋がっていない』状態になります」
「ほほう」
トワ様がこう反応されるときは大抵は話の内容が理解できていない場合で、同時に話の内容に興味を失ったというサインでもあります。ああ、私の説明がもっと上手なら理解して頂いたり、興味を持って頂くことが出来たかも知れないのに。
「ところでアリサ、ここだとヒヒイロカネは手に入る?」
「そういえばヨーコはヒヒイロカネが亜空間からもたらされたと言っていましたが……見渡す限り、着地や採取できそうな場所はありませんね」
「ちょっと残念」
「ヒヒイロカネがご入り用なのですか?」
「うん。ローヴの剣、直せないかと思って」
ローヴの剣というのはトワ様が亜空間の中で入手されたと思われる「悖理の剣」の事ですね。そういえばあれも状況は特殊ですが「亜空間からもたらされた」ものという事になるのでしょうか。
「アルカンシェル、周囲に惑星や小惑星等は観測できますか?」
[Negative.]
「残念ながら、簡単に手に入るものではなさそうですね」
「残念。直せたら、いつかローヴに再会したときに返すのに」
トワ様はそうおっしゃりますが、アイリスさんに聞いたところではローヴと言う人物は失伝した神話の登場人物、それも巨神に敗れて死亡したと伝えられているとか。
再会することは叶わないのではないかと思いますが……それでも、トワ様がそう願われるのであれば、私はその願いを叶える手助けをするまでです。
「アルカンシェル、航行中大変だと思いますが、もし惑星や小惑星などが検知できたら教えて下さいね」
[Yes, Lady.]
そんなことを言っている間にアイリスさんとマリエッタがブリッジに戻ってきました。2時間毎に交代という話をしていたので、いつの間にか2時間経っていたようです。
「トワ、アリサ、先に休ませて貰ってありがとう。変わったことなかった?」
「何も」
「見ての通り、光景も変化なしです。アルカンシェルに周辺に天体が無いかチェックして貰ってますが、今のところ反応もありません」
「そっか、でも平和なのは良いじゃない」
「アリサさん、ナビシート代わりますっ」
マリエッタが交代してくれたので、私とトワ様は休憩……もちろん最初はお風呂からです!ということでブリッジ後方の大浴場へ向かったのですが……脱衣場で服を脱ぎかけたタイミングでマリエッタの声が聞こえました。
『前方、超空間チューブの終端を確認っ!』
私とトワ様は服を脱ぎかけた状態で顔を見合わせました。トワ様はジャケットを羽織り直しながら、言いました。
「アリサ、お風呂入れなかったね」
「……残念です」
「フルーツ牛乳だけ飲んでいい?」
「ええ。私も抹茶ミルクを頂くことにします」
そういえばアルカンシェルのブリッジは飲食物持ち込み可でしたっけ?そんな暢気なことを考えながら、私とトワ様は牛乳瓶を手にブリッジへと戻りました。」
ブリッジへ戻った私達は、定期的に重力波通信でPINGを打っていたアルカンシェルが超空間チューブの終端から反応を得たという状況説明を受けました。どうやらアルカンシェル、私達が指示するまでもなく自動的に終点の探索をしてくれていたようです。
現在は航行速度を落としながらゆっくりと終端へ向かっている状態ですが、センサーではなく重力波通信のPINGによるコンタクトなので正確な距離はアルカンシェルにも測定できていないそうです。
ですから、あまり速度を出すと意図せずに終端へ飛び込んでしまう可能性があるため徐行で接近しているとのことですが……。
ここが通り慣れた回廊であれば別にそのまま終端から飛び出しても問題無いのでしょうけど、なにぶん先の情報が全くありませんから、今回は可能な限り慎重を期すというのが私達の基本方針です。
「センサーでも前方に空間の歪みを確認しましたっ。超空間チューブに入った時に、後ろにあった歪みと同じものですっ」
「なら、あそこが終端……いや、終点ってことだね」
「どうしますか?一応、プローブを放ってみますか?」
「ここまでの経緯を考えると、あの歪みを超えた所で消失……というか、ゲートの向こう側に出るっぽいよね。で、こちらから見て消失した時点でデータリンクは切れる」
「でしょうね」
おそらくそうなる事は確実でしょう。問題は無人探査機を先に送り出すことがどのような影響を与えるか、です。
ゲートの先に何もなければ、アルカンシェルがゲートを出た時点でプローブが収集したデータを回収できますから観測の時間が短縮できます。
ですがゲートの向こう側に誰か……もしくは何かがいた場合は、プローブがその存在の注意を引いてしまうかもしれません。
「今回はプローブを射出する方がデメリットが多い……かな?」
「私もそう思います。トワ様、マリエッタ、どうですか?」
「私はパス。お姉ちゃんとアリサに任せる」
「有線モードで射出するのはどうですかっ?そんなに長距離までは飛ばせませんけど、出口の直前で射出すれば先を覗くことができるかもしれないですっ。それに、飛んでいく訳じゃないから、注意も引きづらいと思いますっ」
なるほど、無人探査機を潜望鏡のように使うという考え方ですね。確かお高い方のプローブには極細のメタルワイヤを使った有線モードが搭載されていたはずです。
ただ探査距離は100Km程度だったはずなので、本来宇宙空間では気休めにしかかならない程度ですが……今回に限っては使えそうな気がします。
さすがマリエッタ、こういう場面での常識に囚われない臨機応変な運用プラン立案は彼女の独壇場ですね。
「マリエッタの意見は合理的で妥当だと思います」
「うん、私もそう思う。じゃあそれで行ってみようか」
「はいっ」
その後、私達はアルカンシェルを可能な限り空間の歪みまで接近させました。
接近の目安は超空間チューブへ突入した際に私達とチューブの入口の間に開いていた距離。これ以上近づくと外に出てしまう可能性がありますからね。
そして停止した状態でプローブを微速射出します。有線接続ではありますが、やはりアルカンシェルのレゾナンスフィールドから出た瞬間におかしなデータを送信してきます。
今回は亜空間内のデータが欲しいわけではないので、データリンクが正常であるという確認程度と考えつつ、プローブが歪みの中へ突入するのを見守ります。
「プローブ3号機、歪みの中へ入りました。回線、ロストっ」
「ダメだった?」
「……いえ、回線復旧しました。データ測定開始……真空、0G、タイムスタンプは……経過時間通りの正順。これ、通常空間のデータですっ」
「なら、問題なく外に出れそうね。他のデータは――」
アイリスさんが安心した口調でそう指示しかけた時でした。
「あっ!?」
「どうしたの?」
「プローブ3号機、反応ロストしましたっ!ワイヤー、引き戻しますっ」
「何があったの……?」
誰も答える術を持たない中、ワイヤーが引き戻されます。そして……回収されたのはプローブではなく、途中で切断されたワイヤーだけでした。
「回収したワイヤーの長さ的に見てプローブそのものが破壊された訳じゃなさそうってことかな?」
「はいっ、多分プローブはこれよりまだ2Kmぐらい先にあるはずですっ」
「どういう状況かな……空間のゆらぎが不安定で切断されたとか?」
「可能性はありそうですけど、こちらから観測している限りでは急激な変化は無かったように思えますが」
「ワイヤーを切断するような何か、もしくは誰かがいる……ってこと?」
「でもっ、通信波の類いは計測されてませんでしたよっ?」
マリエッタの言葉に再び沈黙がおります。
プローブを使ったことでこの先が通常空間へ繋がっていることはわかりましたが、同時に何か好ましくない状況が発生することも確定しました。
いまならまだ後退して入口から逃げることも可能ですが……。私もアイリスさんも、そしてマリエッタも。この先にある未知のリスクを思うとどう行動すべきか判断を下すことができませんでした。
そんな中、トワ様が口を開かれました。
「アイリス。行こう」
「トワ?でも、この先は……」
「私は帰らないといけないから」
「トワ様……」
トワ様はただ真っ直ぐに空間の揺らぎを見つめていました。そこには戸惑いもためらいもなく、ただ前へ進むという決意だけがあるように見えました。
「……アリサ、マリエッタ」
「「はい」」
「ごめんね。私は……トワの願いを叶えたい」
「アイリスさん、水くさいですよ?私だってそうです」
「あのっ、マリエッタはっ!アイリスさんの専属秘書官ですから……どこまでもお供しますっ」
全員の意思が固まったことで私達はアルカンシェルと共に空間の揺らぎを超えるため、前進することになりました。




