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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第2部11章『彼方へと続く門』スターゲート-還遠の星門
348/355

#7

>>Iris


 船窓から見える光景も、全てのセンサーもブラックアウトしたのはほんの一瞬だった。

 船窓から差し込む薄明かりに照らされた私達の眼前に広がっていた光景は……予想していたものとは全く異なるものだった。


「なんですか、ここは……」


 アリサが茫然と呟くのも無理はない。

 私達が今見ている光景は漆黒の闇と、そこにかかった白い靄のようなもの、そして薄く輝く回廊のようなもの。宇宙空間の筈なのに、なんだろう……これは。


「トンネルを抜けると雪国だった?」

「……いや、抜けたのはトンネルじゃないし、そもそも雪じゃないし……」


 トワの軽口に反射的にツッコミを入れてはみたけど、自分でも軽口の精彩を欠いていることがわかった。

 それぐらい、目の前の光景は異質だった。撤退、という言葉が脳裏をよぎる。


「アルカンシェル、私達が抜けてきたゲートの状況は?後方の映像出せる?」


 私の指示にアルカンシェルが表示した後方映像は……同じような謎の空間と、さっき私達が突入した空間の歪みのようなものだけが映し出されていて……歪みの周囲を囲んでいるはずのゲートが無い!?

 一瞬、私は退路を断たれたのかと焦ったが、計器を見ていたマリエッタの報告でパニックに陥らずに済んだ。


「現在の推力は0、空間座標……全部0になってますっ!」

「……位置観測に使える情報が全て計測不能になってますね……これ、通常空間ではないのでは?」


 マリエッタとアリサの言葉が意味することは、私達の現在位置が「ゲートを抜けた先」ではなく「ゲートの中」にいる可能性を示唆していた。

 そして、座標が0という状況には聞き覚えがあった。


「ローヴの星も、座標が0だった」


 そう、先日トワが迷い込んだと思われる亜空間内の……おそらく、惑星。そこの座標情報も0で、霧に包まれていたと言っていた。なら、この状況は……。


「今、亜空間に滞在しているってこと?」

「そうとしか考えられませんね」

「あと、トワがいたのも……亜空間だった、って事だね」

「おそらくは……」


 私はジャンプドライブと同じようにスターゲートも入れば反対側へ瞬時に抜けるものだと思っていた。

 だが、実際は門の入口から反対側までは……たぶんあの光の回廊を進んで行かないと辿り着けない。そういうことなんだろう。

 だけど、この空間は異質すぎる。今ならおそらく後退することで脱出できるとは思うけど……迂闊に進んで帰り道がわからなくなったら?

 こんな場所で迷子になったら間違いなく私達は全滅だ。進むにしても、この回廊はいかにもな順路のように見えるけど……これが正しい道であるという保証はない。


「アイリスさん、無人探査機(プローブ)を出しましょう」

「だね。積んでおいて良かったよ」

「状況が不明瞭すぎますから、まずはお安い方を正面に射出します……それでいいですか?」

「うん。マリエッタ、データの記録と……念のためリアルタイムでも見ておいてくれる?」

「了解しましたっ!」

「アイリス、私も何かしたい」

「じゃあ、トワにはプローブの発進指示を出してもらおうかな?」

「わかった。プローブ発進!」

「……早いよ、トワ!?……マリエッタ?対応できてる?」

「はいっ!」


 準備も何もあったものじゃないけど、ともあれトワが指示を出したので無人探査機がアルカンシェルの前方に射出された。

 と言っても近距離の情報収集がメインだから速度はかなり遅く、目視でプローブが進んでいくのが追えるレベルだ。


「えっ?えっ?なんですか、これっ!?」


 私達がプローブを見ている間も送信されるデータを追っていたマリエッタが焦った様な声を上げた。


「どうしたの?」

「あのっ、プローブ壊れてるかも……データがメチャクチャでっ!」

「どう滅茶苦茶なの?」

「大気があるって表示がでた直後に有毒だって出て、また次のデータでは真空だって……。重力場も数字が送られてくる度に違う数値ですし、そもそもデータの記録時間が時系列じゃなくて進んだり戻ったりしてます!これ、ログとして記録してたらたぶん順番無茶苦茶になってますぅ!」

「アリサ、不良品の可能性って……ある?」

「安物ですけど、信用のおける業者から仕入れた、信用できるメーカーの製品だと聞いてますし、出発前に動作確認もしましたが……」


 可能性は2つ。1つはプローブがどうしようもない不良品。もう1つの可能性はプローブが正常で目の前の空間が滅茶苦茶な状態。

 どっちだろうか。確認するには……もう1機射出するしかないか。


「じゃあ、少し角度を変えてもう一機射出してみよっか。トワ?」

「うん。アルカンシェル、お願い」


 続けて射出されたプローブのデータも、やはりマリエッタが最初に報告した通りの無茶苦茶なデータだった。つまり、プローブは壊れておらず、目の前の空間が異常な状態になっている。


「これ、進めるのかな……?」

「最初のプローブ、まだ前を飛んでる」


 トワが言う様に、最初に射出したプローブは射出から時間が経ってるけど未だアルカンシェルの前方を進んでいるし、お世辞にも耐久性が高いとは言えない小さな機体は破損した様子もない。

 もう一方の角度を付けた方は……ちょうど、光の回廊の端に接触するところだね。拡大映像でプローブが回廊の端に接触する様子を観察していると……小さな探査機は抵抗を受けた様子もなく光の壁を通過し、そのまま映像から消えてしまった。


「2番機、反応ロストっ!」

「……つまり、あの光を踏み越えると迷子になるってことだね」


 改めて光の回廊に目をやる。

 おそらくその直径はスターゲートより一回り小さいぐらいで……ゲートのサイズに合わせて回廊が形成されているのか、もしくは回廊のサイズに合わせてゲートの円環サイズが決められたのか。

 なんとなく、後者のような気がしたけど、どちらにせよあの円環をくぐれない艦艇はこの回廊を通過できない仕組みになっているようだ。

 そう考えた私は、ある事に思い当たった。そうだ、ここは未知の領域ではあるけど、人類が辿ってきた道でもある。つまり通れない道ではないということだ。なら……。


「ここで止まってても仕方ないよね。進もうか?」

「私達は学者ではないですから通り抜けられる事がわかればそれで十分です。でも、もしここへ学者先生を連れてくれば……狂喜乱舞してそれこそ住み着きたいと言い出すでしょうね」


 アリサが誰か特定の学者を想像しているのか、それとも学者全般を揶揄しているのかはわからないけど、前半に関しては同意だ。


「あのっ、この回廊……名前付けませんかっ!?」

「名前?まぁ、光の回廊でもいいけど……どうする?」

「マリエッタロード?」

「うひゃぁ、マリエッタの名前が後世に残りますっ……じゃなくて!」

「違うの?」


 トワが真顔で言ったマリエッタロードでも別に構わないんだけど、名前を付けたらいつかギルドに報告する際にそれが正式名称になっちゃうからね。


「ここが亜空間なのは多分間違いないですけど、この回廊の中は安定した空間……だから超空間みたいな感じだと思います!それで、ここはチューブ状ですから……」

「超空間チューブ?」

「ああっ、どうしてマリエッタに言わせてくれないんですかっ!トワさんの意地悪っ!」


 なんだか楽しそうだね、マリエッタ。

 でも、その明るさは不安の裏返しだということはわかる。だから私もアリサも、マリエッタの提案を受け入れて……この光の回廊の事は「超空間チューブ」と呼称することにした。



  50m級で航宙船としては小型の部類に入るアルカンシェルが直径2Km程度と推測される超空間チューブの内部で静止していた時点では、かなり周囲の空間にゆとりがあるように感じていた。

 だが実際に前進し始めて徐々に速度を上げて……最終的に亜光速に近い速度で飛ぶようになると、幅2Kmの超空間チューブは航宙船にとって針の穴を通し続けるような微細なコントロールが必要な航行となった。

 おそらく狭い路地裏を爆走するビークルなどとは比べものにならないぐらいの操縦難易度だろう。


「ね、アリサ。これ、マニュアル操縦で飛べる?」

「何言ってるんですか、アイリスさん。そんなの……無理に決まってますよ!」

「だよね」

「そもそも亜光速航行ってマニュアル操縦なんて全く想定してないですからね?テロマーでも無理ですからね?」

「アリサなら出来る」

「トワ様……わかりました、では今からマニュアル操縦に切り替えて……」

「いや、ごめんって。冗談だから。トワも無茶ぶりしないの!」


 通常の航宙船であれば目的地をセットすればただひたすらに真っ直ぐ飛んで、加速減速のタイミングを自動調整するだけの「自動航行」が行われる。

 だが、この超空間チューブは必ずしも直線じゃなくて、所々で傾斜が付いていたり、緩やかなカーブになっていたりと複雑な構造になっている。


 つまり、普通の船が自動操縦にしているとコースアウトして……迷子になる可能性が極めて高いと言うことだ。アルカンシェルは真っ直ぐ進むだけじゃなくて自分で順路を確認しながら適時進路変更をしてくれているけど……。

 さっきアリサに言ったように巡航中の航宙船はマニュアルでの航行はほぼ不可能だから、仮にスターゲートや超空間チューブを開放してたとしても、普通の船だと到底ここを通り抜けられないってことだね。

 私がそんな考えを口にすると、アリサが少し肩をすくめて言った。


「私達の技術レベルで作った『普通の船』では……でしょうけどね」

「だよね。大空白で一体どれだけの技術が失われたんだろう。どうして技術が失われるような事になったんだろうね」

「それを、これから見に行く」


 一般的に「大空白」とは時間の断絶を指す言葉だと認識されている。

 だけど、スターゲートの存在を思えば、もしかするとその「空白」は距離を指しているのかもしれないという考えが脳裏をよぎる。トワが言っているのもきっとそういうことだろう。

 もし「大空白」が距離を……銀河腕という、私達には超える術が無かった遠すぎる距離を指していたのだとすれば。

 私達がスターゲートの先で出会うのは、想像も及ばないような遙かに進んだ文明ということになる。


 私達が乗っているアルカンシェルは私達の宇宙では最高の船で、そしてあり得ない性能を持つ奇跡の船だ。

 だけど、スターゲートの先では……もしかしたら時代遅れな旧式の船で、私達は「文明」を理解していない、未開地から来た野蛮人扱いされる可能性だってある。


 一応、私は文明人のつもりでいるからそれはさすがにちょっと嫌だなぁ。でも、トワならきっと気にしないんだろうな。そんな事を考えていると、ふと故郷を出るときにトワと交わしたやりとりを思い出した。


『私は誰もが服を着ない、むしろ着ると失礼になる星で生まれた』

『その設定、今思いついたよね?それに故郷の星をそんな奇妙な星にするのはやめてあげてね?』

『私の星では自由が尊ばれる』

『そもそもどこの星なのよ、それ』

『これからそれを探しに行く』


「……そっか、これから『それ』を探しに行くんだね、私達」

「何か言った?」

「なんでもないよ、トワ」


 私の独り言を耳にしたトワが声を掛けてきたけど、それを軽くいなし……私はトワの戯れ言がもしかたら本当になるかもしれないな、などと思いながら……アルカンシェルは超空間チューブの中を進んで行った。


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