#3
>>Alyssa
いつの間にか船内に運び込まれていたG17の「失敗作」をトワ様が改良して作りだした停蔵庫は驚異的な代物でした。
他にもどんなものを積み込んだのかを聞くと、まさかのフレンドリファイヤを持っていてきているとか。確かトワ様、あれで私を撃つと言っていた気がするのですが……。
戦闘で負傷すると後ろから追撃される危険性が出てきた訳ですが……これはおそらく、私に対する怪我をするなと言うトワ様なりの戒めなのでしょうね。
「いや、たぶん面白いから貰ってきただけだと思うな……」
「アイリスさん、また心を読みましたね?」
「読んでないってば」
いつものやり取りがとても愛おしく感じます。私達はこの後、スターゲートを超えることになります。それは未知の世界への旅立ちですから、これまでのような「確実に生還できる旅」ではありません。
なにせスターゲートに関する情報も、ゲートを抜けた先の情報も、何一つ無いのですから。つまり、これが私達にとって最後の日常生活になるかもしれない……。
おそらくアイリスさんも同じように感じているのだと思います。
「だからちゃんと戻ってくるために、出来る準備は全部しておく。でしょ?」
「……やっぱり読んでますよね、心。『絆』の能力ですよね?」
「いや、そんな便利な機能ついてないから。たぶん」
その後、トワ様が「停蔵庫」に牛乳のマークを付けると言い出しました。
時々突拍子もないことを言い出されるトワ様ですが、確かに外見上は普通のコンテナに見える停蔵庫に牛乳が入っていることを示すマークはあった方が良いかもしれません。
私がそう言ってトワ様に賛同すると、アイリスさんから即時のツッコミがありました。
「いや、保管する場所をキッチンとか脱衣場にしたらいいだけだよね?」
「アイリスさん、私達若者には遊び心は大事なんですよ?」
「時々若者アピールするけど、私達……の中にアリサは入ってないよね?」
「酷いです!私、心は永遠の17歳なのにっ!」
その後も何かと抗弁するアイリスさんを無理矢理――若干の物理的なものも含めて――言い聞かせ、私達はそれぞれが、「牛乳ストレージ(仮)」に相応しいイラストを描いて持ち寄る事になりました。
制限時間は30分。
ええ、これは30分一本勝負のイラストバトルです。
たとえ相手が大事な家族達、そして愛するトワ様とは言え、勝負事に負けるのはシノノメ家の女の恥。
ですので、私はテロマーとしての潜在能力を全開放してイラスト作成に挑みました。これでも幼少期は絵画や油絵のレッスンをちゃんと受けていましたから、こういうことには手慣れているのです!
――そして30分後。私達はラウンジにそれぞれが描いた牛乳ストレージ用のイラストを持ち寄りました。まずは……トワ様の描かれた絵から。
「がんばって描いた」
「えっと……これは?」
「画力は凄いですけど……なんでしょうか……牛乳?」
トワ様の描かれた絵は非常にアーティスディックでした。
流れるように躍動するミルクが、サイケデリックな渦と融合して幻想的な世界を生み出しているように思えます。
白い液体は単なる牛乳ではなくて、鮮やかな青やピンクの波紋と絡み合いながらコップのようなものから流れ出ています。周囲には泡のような球体が浮かんでいて、全体的に躍動感に溢れていますが……。
現実と幻想の狭間にたゆたう牛乳と言う概念そのものがアート化したような独創的なビジュアルです。有り体に言うと、理解を超えた世界観ですね。
「コメントは?」
「えっと、トワは可愛いよねっ!じゃあ次……行ってみようか」
「はいっ」
コメントしづらいトワ様の絵にしばし固まった私達ですが、アイリスさんが雑にトワ様を褒めて次の作品を見ることを提案し、私とマリエッタが頷いたことでその場を流す事に成功しました。では次は私の出番です。
「どうですか、この自信作」
「これは……牛乳だね」
「はいっ……誰がどうみても牛乳ですっ」
「牛と瓶?」
何故かアイリスさんもマリエッタも、トワ様も微妙な顔をしています。
おかしい、おかしすぎます。どうしてこの絵の良さかわからないのですか!?
「いや、確かに牛乳の絵なのはわかるよ?でもどうして瓶の中から牛の顔が覗いてるのよ」
「しかも、無駄にリアルですぅ……毛の質感とか瞳の輝きとか……こっち見てるみたいで、ちょっとキモ……じゃなくて怖いですっ!」
「マリエッタ!?いま、キモいって言いかけませんでしたか!?この写実的な芸術作品を……!」
「でもアリサ、ちょっとキモい」
エモいの間違いかと思いましたが、トワ様にまでキモいと言われてしまいました。
どうしてなのでしょう、こんなにリアルに牛が描けているというのに。
「いや、リアルすぎるのも問題なんだってば」
「じゃあ、アイリスさんのを見せて下さい!どちらの方が画力が上かで勝負です!」
「ちょ、やめてよ!私のは見なくていいって!」
何故かアイリスさんは自分の絵を公開しようとしません。
ですが、セレスティエルとテロマーの身体能力差にものを言わせて私がアイリスさんを取り押さえ、その隙にトワ様がアイリスさんの持っていた絵を奪い取りました。
そして……アイリスさんを羽交い締めにしながら私が見た、その作品は……。
まるで子供が自由な発想で描いたような独特の味わいを持つ牛のイラストでした。
全体的にラフなペン書きの線のみで構成された牛の顔はどこかデッサンのおかしいデフォルメされたイメージですが、牛の表情が素朴でユーモラスな雰囲気を醸し出しています。
私のアートとはコンセプトが全く違いますが、どこを見ているのか良くわからないぐりぐり眼は不思議な魅力があるように感じます。これはいわゆるヘタウマというやつでしょうか。
さすがアイリスさん……意図してこんな表現手法を駆使するとは、さすがギルドの高位幹部ですね。
「アイリス、やっぱり下手くそ」
「もうっ、知ってるよ!私、絵心無いんだから……だから反対したのに!マリエッタもアリサも、そんな目で見ないでよ!」
「いえ、でもこれ……ヘタウマ系ですよね?」
「マリエッタもそう思いますっ!さすがアイリスさんですっ!」
「……あれ?もしかして、褒められてる?私、これまで一度も絵を褒められた事無かったんだけど……」
どうやらこれは意図したヘタウマ画風なのではなく、たまたまヘタウマに見える作品が生まれただけのようでした。
アイリスさん、恐ろしい子……と思いましたが、そうではなかったようです。
「じゃあ最後はマリエッタのを見せて!」
「アイリスさんっ、目が怖いですぅ……」
「私のが一番。でも、マリエッタのも見てみたい」
おずおずとマリエッタが差し出したイラストは……柔らかなパステルカラーで描かれた、可愛らしい牛乳瓶のキャラクターでした。
丸みを帯びたフォルムににっこり微笑む顔がとても親しみやすい雰囲気です。擬人化された瓶の頬が紅潮していたり、中央のワンポイントのハートマークが優しさを醸し出しているように思えました。
周囲に散りばめられた星のような装飾もシンプルですが良いアクセントになっていて、全体的に柔らかくほっこりとした雰囲気です。
これ……商業デザインで使えるやつでは?
「……負けた」
「うん、完敗だね」
「私の方イラストとコンセプトは似てますよね?」
「いや、アリサのはキモいけど、マリエッタのはエモいから」
「じゃあこのイラストを牛乳ストレージに貼ってくる」
「即断!?というか、投票とか審査とかは!?」
私はそう主張しましたが、アイリスさんもトワ様も、聞く耳を持ってくれませんでした。結局一番恐ろしいのマリエッタ。そういうことなのでしょうか……。
結局大浴場に置かれることになった停蔵庫あらため牛乳ストレージに貼られたマリエッタのイラストを見ながら、私はそんな事を思いつつ……抹茶ミルクを一気に呷りました。
その夜、プローブの設置を依頼していた業者から取り付けの予定が明日の夕刻になると連絡があったため、私達は予定を変更して半日のリュックラセ観光を行うことにしました。
トワ様の足は完治しているとは思いますが、念のため地表で足の具合を確かめておいた方が良いだろうという判断になったのです。




