#3
意気揚々と、まるで褒めてくれとでも言う様にマリエッタの眼前に戻ってくるブリギッタ。だが強烈な一撃で吹き飛ばされたクロコンダを目にしたマリエッタは焦った。
「えっと、ブリギッタ?今さらだけど、殺したらダメだよっ?」
[No Problem.]
「ホント?ホントにノープロブレム?」
[No Problem.]
強弁するブリギッタを伴い、マリエッタは吹き飛びぐったりとした巨大クロコンダの元へと歩み寄る。
確かにマリエッタが事前にプログラムしていたとおり、ブリギッタの不殺モードは有効になっていたようで倒れ伏したクロコンダは死んではいなかった。
原生生物が息をしていることを確認して安堵したマリエッタだが、倒れた原生生物のシルエットに違和感を感じた。
「あれ、この子……なんだかお腹がぽっこりしてる?」
蛇状の胴体を持つクロコンダだが、確かにこの個体の腹部は生物的な曲線ではなく、内部に何か異物が詰まっているかのような不自然な形に膨らんでいた。
ブリギッタに殴りつけられたクロコンダは失神しているようなので口を開いて体内を確認することはできそうだが……ただ、ブリギッタにそのまま口を開かせると加減を誤って原生生物を殺してしまうかもしれない。
そう思ったマリエッタは再びボイスコマンドを発する。
「ブリギッタ、パペッティア・オン!」
[Ready.]
ブリギッタは音もなくマリエッタの背後に移動すると腕部ユニットからマスタースレイブモード用のコントローラーを展開した。
コントローラーを握ったマリエッタは力を込めすぎない様に慎重に原生生物の顎門をこじ開け、開口させた状態でブリギッタの姿勢を固定、体内を覗き込む。
と、そこにあったのは……変形し、破損し、液漏れした小ぶりなミルクタンクだった。
実のところこの原生生物はかつて餌と間違って密封されたミルクタンクを誤飲していたのだ。
金属のタンクを消化することは出来なかったが、巨大な体躯故に体内に異物があってもしばらくは特に問題は生じなかった。
だが時間と共にミルクタンクは体内で徐々に破損し、やがてミルクが漏れ出すようになった。原生生物にとって苦手でしかない牛乳を、体内に常時少量注ぎ込まれ続ける状況。それは「彼」にとっては拷問でしかなかった。
それ故に彼は牛乳から逃れるために、手当たり次第に目に付いた牛乳を破壊していたのだ。
だがむろんそんな事をしても体内で漏れる牛乳の責め苦が収まるはずもない。それ故に「彼」の行動は日々エスカレートしていたのだった。
マリエッタは遠巻きに見つめていた酪農家達達の手を借りて「彼」の体内にあったミルクタンクを除去する事に成功する。
しばらくして意識を取り戻した「彼」の目はマリエッタが初めて見た時の様な血走った目ではなかった。
だが、「彼」は傍らに放置された破損したミルクタンクから漂う牛乳の匂いを察知すると、巨体をのたくらせて慌てて逃げ出していった。
その後、酪農エリアの問題を解決したマリエッタは酪農家達から感謝の言葉と共にフルーツ牛乳の提供を受けた。
酪農家達はさらにマリエッタに対して他にもフレーバー牛乳があると告げ、それを聞いたマリエッタは目を丸くする。
トワに頼まれたものはフルーツ牛乳で、アリサとアイリスからはコーヒー牛乳を依頼された。しかし、ここに存在するという新たな味覚、いちご牛乳も捨てがたいし、バナナミルクも美味しそうだ。
抹茶ミルクという新感覚牛乳もあると聞き、マリエッタの混乱は頂点に達する。
お使いとは指定されたものを買うだけにあらず。しかし、買うべきものがこれほど沢山あるなら、一体どうすれば……!
半ば錯乱したマリエッタは、無意識に叫んでいた。
「と、とにかくフルーツ牛乳以外も1ケースずつお願いしますっ!」
「おう、わかった!じゃあ、都会の女子に人気な新製品も1ケースおまけに付けとくよ!」
結局、フルーツ牛乳に加え各種フレーバー牛乳も1ケースずつ購入する事になり、輸送用コンテナに収めた大量の牛乳はかなりの大荷物になった。
セレスティエルやテロマーであるアイリス達であれば運搬できるかもしれないが、なにぶんマリエッタはか弱い女の子だ。どう持って帰るべきかしばし思案したマリエッタはあるアイデアを閃いた。
呼び出されたまま、忠犬のようにマリエッタの背後について回っていたブリギッタに対してコンテナを抱き抱えるように指示を出したのだ。
固定がちゃんと行われている事を確認した彼女は、グラビティスリングを使った送還コードを口にする。
「ブリギッタ、カーテンコール!」
マリエッタの言葉に反応し、グラビティスリングがブリギッタを衛星軌道上のリュミエールへと引き戻す。降下時程の速度ではないが、それでも圧倒的な速度で巨大なエクソギアが瞬時に姿を消し……フルーツ牛乳の仕入れは完了した。
よく考えれば、ここへたどり着いた時点でブリギッタを召喚し、牛乳を持たせて送還すればクロコンダに関係なく仕入れは完了していたんだ……とマリエッタが思ったのは、ブリギッタの姿が大気圏外へ消えた後の事だった。
出現したとき同様、一瞬で姿を消したブリギッタに酪農家達は目を丸くするが、やがてその中の1人がマリエッタに声を掛けてきた。
「なあ……嬢ちゃんはあのゴツいのと一緒に戻らないのかい?」
「えっと、戻った先が宇宙空間なんですぅ……。あの、ところで……どなたか、軌道ステーションまで送って貰えませんかぁ……?」
情けない声と表情でそう懇願するマリエッタに酪農家達は一瞬ぽかんとした表情を浮かべたが、やがてその場は朗らかな笑い声に包まれた。
その後、アルカンシェルまで無事に帰還したマリエッタは各種のフレーバー牛乳をトワ達に披露した。
アイリスはコーヒー牛乳が美味しいと言い、アリサはコーヒー牛乳よりも抹茶ミルクが好みだと言う。
マリエッタは次の仕入れに備えて、大事な人達の好みをしっかりと記憶する。
そしてトワは念願のフルーツ牛乳を1本飲んだ後、続けて健康志向な都会の女子に人気だという件の新製品を試飲する。
やや緑がかった新製品は色こそ抹茶ミルクに似ていたが……飲み干したトワは神妙な顔をしていた。
しばらくの沈黙のあと、皆が見守る中トワがぼそりと感想を呟いた。
「……まずい。もう1本」
トワが手にしたその牛乳瓶には「青汁牛乳」と書かれていた――
マリエッタ、初めてお遣い編はこれにて終了で宇。
次回からは第2章のクライマックス、スターゲートの彼方へ向かう冒険が始まります。
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