#2
軌道エレベーターからデアグリの地表へ降り立ったマリエッタは酪農都市へ向かう輸送ビークルに便乗させて貰うことになった。
地元の酪農家である運転手は星外から来た小柄な少女が牛乳を買い求めに来たと聞いて驚くと共に破顔した。自分達の作るモノのために、わざわざ遠方から来てくれた小さな客人を運転手は歓迎してくれたのだ。
車中でマリエッタは現状について運転手に話を聞いた。軌道ステーションでも聞いたとおり、やはり現在マリエッタ達が移動している山間の平原部にクロコンダと呼ばれる原生生物が出没するらしい。
クロコンダ自体は全長40cm程度の、両棲類と爬虫類をミックスした様な胴の長い蛇状の生き物らしい。凶暴そうな見た目にそぐわず意外と臆病で、ヒトや家畜を襲いに来ることは滅多に無いとの事だった。
それ故に、クロコンダのボスとおぼしき巨大な個体が生乳の輸送車を襲撃するのはおかしな話だと運転手は不思議そうに語った。
だが、それでも酪農家である運転手は悲観していなかった。
「生乳の消費先である星都へのルートは反対の方向だから問題無いんだよ。それに、加工して乳製品にすれば襲われないからな。加工工場の連中はフル稼働になって大変そうだが、俺たちとすれば輸出できる品が増えてクロコンダ様々って訳だ!」
そう言って豪快に笑う運転手だが、フルーツ牛乳が欲しいマリエッタにとっては笑い事ではなかった。いくら美味とはいえ、さすがにチーズやバターではフルーツ牛乳の代わりにはならない。
そう思いながら、対策を考えるマリエッタだが考えはなかなか纏まらない。……と、その時ビークルが急停車した。
「見てみな、嬢ちゃん。アイツが噂のボスだ」
運転手が指さす先、道路脇に巨大な原生生物が鎮座していた。全長は25メートルほどだろうか。
蛇のように長く太い胴体に前足は2本。しかし 後ろ足はない。頭部は蛇というよりワニに近い形状をしており、こちらを血走った目で睨みつけていた。
話に聞いていたクロコンダの十数倍、いや、それ以上の巨体。この種の成長し続ける特徴を持つタイプの原生生物自体は珍しくないが、ここまでのサイズに達するのは極めて稀だ。
つまり目の前のこの個体は長い年月を生き抜いた、驚異的な長寿個体ということになる。いわば、原生生物版のテロマーのようなものかもしれない。
そういえばテロマーであるアリサのバストは「外見的に同年代」の少女よりずいぶん豊満だ。
もしかしたら長寿故にバストが成長し続けるのかも……巨大なクロコンダを見やりながらもそんな、ちょっとばかりアリサに対して失礼な感想を抱くマリエッタだった。
マリエッタは原生生物がこちらに向かってくるのではないかと助手席で思わず身構えたが、巨大なクロコンダはビークルに向かって鼻先を少し近づけると、苛立たしげな様子でそのまま草原の奥へと姿を消した。
「な?生乳さえ積んでなければこんなもんだ」
運転手は気軽そうにそう言ったが、実のところ事態は彼が思っていたほど楽観的なものではなかった。
なぜならたどり着いた酪農エリアで問題が起きていたのだ。
破壊された牧場の囲いに応急措置が施され、周囲には人々が集まっている。辺りに漂う牧草と牛糞の臭いに混じっているのは……平和そうな光景とは似合わない、濃厚な血の臭いだった。
聞けばこれまで輸送中の生乳しか攻撃しなかったはずのクロコンダが、酪農エリア内に侵入し乳牛を殺傷したのだという。
これまでにこんな事は無かったのだと説明する酪農家達だが、その手は殺されてしまった乳牛を解体しBBQの準備を進めるのに忙しい。
原生生物の襲撃というシリアスな状況と、目の前の酪農家達の行動のギャップにマリエッタは戸惑いつつも、この状況が続くとフルーツ牛乳どころではなくなるのではないかと危機感を強めた。
その日の夜は近隣の酪農家達が集まってのBBQ大会になった。香ばしく焼かれた串焼き肉を頬張りながら、マリエッタは現状について思案する。
生産地まで来たことでフルーツ牛乳を入手する目処はついた。
だが、このまま持ち帰ると帰路にクロコンダに襲撃される可能性が高いし、現状を放置したままだとやがて牧場が壊滅的な打撃を受けることになるかもしれない。
宇宙を旅するマリエッタが再びこの星を訪れる可能性は極めて低いが、それでも……世話になった酪農家や、皆を幸せにするフルーツ牛乳を生産する人達の事を放っておいて帰還するのは違う気がした。
きっとアイリスなら「内政干渉はダメ」と言うだろうと思いながら。
「これは、安全な仕入れのために必要な事……ですっ!」
小さな手を握りしめ、星空に向かってそう言い訳するマリエッタ。
覚悟はもう決まっていた。
自宅の部屋を提供すると申し出てくれた運転手の言葉を丁重に断り、マリエッタは牧草保管庫にシーツを持ち込んでそこで一夜を明かすことにした。
かつて見たことのあるホロムービーで、主人公の少女が干し草のベッドで眠るシーンがあり、それを真似てみたかったのだ。
確かに牧草の香りは新鮮ではあったが……薄いシーツ一枚では牧草のチクチクした感触を和らげることは出来ず、結局マリエッタあまり眠れなかった。
「うう、ホロムービーみたいな爽やかな目覚めじゃないですぅ……」
しかし何ごとも経験だ。次に牧場へ泊まることがあれば、そのときは普通にベッドを借りよう。
そう思いながら起床し、身支度を調えたマリエッタを異常事態が待ち構えていた。
クロコンダの再襲撃。柵や物置小屋をなぎ倒しながら、狂乱した様子で進む巨大なクロコンダは……既に乳牛を何頭か手に掛けていた。
そしてクロコンダの侵攻ルートの先にあるのは、酪農家が輸出製品を作るためにフル稼働していると言っていた乳製品の加工工場。つまり、大量の生乳がストックされている場所だった。
「おい、まずいぞ!工場をやられたら……!」
「牛もこれ以上殺されたら大変な事になる!」
酪農家達はこれから起きる被害の深刻さに初めて気付き、パニックに陥る。
だが、ここはあくまでも平和な牧場で、農具の類いはあっても巨大な原生生物を撃退できるような武器がある筈もない。
このままではフルーツ牛乳を作る工場そのものが破壊されてしまう……!そう考えたマリエッタは、無意識のうちに巨大なクロコンダの前に1人立ち向かっていた。
「おい、嬢ちゃん!何してるんだ!そこは危ないぞ!」
酪農家達はマリエッタを呼び戻し、避難させようとするが……マリエッタはクロコンダを前に動こうとはしない。
微かに震える体が、彼女が恐怖を感じていることを示している。
だが、それでもマリエッタは左手を天高く掲げ、声高に呼ぶ。
「ブリギッタ、オンステージ!」
マリエッタのボイスコマンドを受信し衛星軌道上に停泊していたマリエッタの航宙艇「リュミエール」はグラビティスリングを使ってエクソギア「ブリギッタ」を射出する。重力制御によって大気を切り裂きながら、光速の1/600という空間戦闘用ユニットとしては鈍足極まりない勢いで、巨大で鈍重な守護者は少女の元へと馳せ参じる。
「嬢ちゃん……何を――」
唐突なマリエッタの行動にぽかんとした表情を浮かべる酪農家達だが、次の瞬間、小柄な少女と巨大な原生生物の間に鋼の巨体が瞬間移動したかのように現れたことでその言葉は途中で遮られた。現れた巨体は横幅3m超、人の上半身を模したかの様な重装甲の機械で、両側には巨大なアームが装備されていた。
「ブリギッタ、幕を開けて!」
[Ready.]
マリエッタの声に合わせ、エクソギアは宙を滑るように移動し巨大な腕を振りかぶると眼前の巨大クロコンダを躊躇無く殴りつける。その強力な一撃は惰弱な巨大生物をノックアウトするには十二分な勢いがあるものだった。




