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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第2部10章『愚者と巨神』???-孤闘の惑星
337/359

#11

>>Iris


 アリサが語ったヒヒイロカネの話はタカマガハラの一件でも聞いた話だったし、トワが持ち帰った「悖理の剣」という名の朽ちた剣はヒヒイロカネに特有の形状で崩壊していた。

 その上でアリサは亜空間との関連性を主張したけど……正直なところ私にはその説は荒唐無稽なものにしか聞こえなかった。


 だけど、マリエッタが解析したリュミエールの航行ログによると、確かにリュミエールの船体は一度重力の存在する「どこか」へ「漂着」し、その後ジャンプ航行でその場を離れた事実が記録されていた。

 空間座標が検出されていなかったからその漂着場所は亜空間内なのか、それともジャンプミスでどこか近隣の星へ流れ着いたのかまでは判らなかったけど。


 いずれにせよ、この現象は私達には手に余る。誰か専門家の手を借りないと解析できないと思った私はしばらく考えた後に、アルカンシェルを発進させて最寄りの文明圏へ――恒星間通信の圏内へ――移動した。そして、私が呼び出した通信先は、クレリスの大図書館、その主である機姫カルティアだ。


「忙しいとこ、ごめん。カルティアに相談したいことがあって」

『かまいません。何か手助けできることがありますか、アイリス?』


 穏やかな声でそう聞いてくれるカルティアに、私はトワの身に起こったジャンプ事故のあらましを説明した。特に、不可解な発光現象と長時間のジャンプ時間について。


『レゾナンスジャンプドライブという航行機関については、モルガンからオンブルの開発に付随する機密情報として報告が来ています。具体的な航行原理はブラックボックスになっているようですが、モルガン達はレゾナンスジャンプドライブがC3の能力を限界まで引き出すことで、超光速航行を擬似的に実現していると推測しています』


 ギルドが機族と共同開発した超光速艇オンブルは、リュミエールを元に開発された模倣品――口の悪いアリサによれば、デッドコピーのモンキーモデル――だ。

 おそらくオンブルのレゾナンスジャンプドライブの構造はリュミエールのものと同じか、それを劣化再現したものだろうから、カルティアの話はリュミエールにもほぼ適用できるはずだ。


「うん、あの輝きは間違いなくC3由来だし、トワもジャンプ前にC3が歌ってるって言ってたね」

『トワ様はC3との親和性が最も高い「歌」のセレスティエル、エトワールです。彼女がC3と共に歌うことでC3の力をオーバーブーストした可能性が考えられます。結果として、本来であれば一瞬通過するだけの亜空間内で「順路を外れた」と考えてみてはどうでしょうか』

「なに、そのスピード出しすぎてカーブを曲がりきれなかったビークル感……」

『言い得て妙ですね。ですが、地上のビークルで生じうる現象が、超光速船に発生しうると考えるのは自然では?』


 カルティアの言葉は納得できる部分もあるけど、スピード超過でカーブを曲がりきれないという、無軌道な若者が起こす無謀な事故の様な表現は若干違うような気もした。

 いや、でもトワは割と無軌道だし、若者だし。トワがリュミエールを暴走させて、亜空間のカーブを曲がりきれずにコースアウトしたと考えると……ああ、なんだか納得できるようになってきた。


「もしかすると、今回の状況はトワだから起きたってこと?」

『はい、おそらくは。モルガン達が開発していたオンブルではSランクシンガーが搭乗試験を行った記録もありますが、そのような事故の報告はありません』

「なら、トワは今後オンブルもリュミエールも、搭乗禁止だね」

『それは私からは何とも』


 そういうカルティアの言葉はいつも通りだったけど、どことなく面白がっているような音色が混じっていたように聞こえた。

 まぁトワはオンブルにもリュミエールにも乗れなくても構わないだろう。だってあの子には安全に超光速航行できるアルカンシェルがあるんだからね。


 完全に納得できた訳ではないけど、リュミエールの件はある程度状況が整理できた気がしたので、私はもう一つ気になったことをカルティアに聞いてみることにした。

 先ほどの技術的な話はモルガンさんに聞いても良かったんだけど……こちらはたぶん、カルティアにしか判らない話だと思ったから。


「ところでカルティア、神話とか伝承とかのデータベースって持ってる?」

『はい、多種多様な神話や民間伝承とそのバリュエーションについての記録があります。何かお望みの話がありますか?』

「男の子が巨神を倒そうとする話って、ある?」

『……はい。検索の結果、15,047件の基本パターンとそこから派生する物語が記録されています』

「結構あるんだね……じゃ、登場人物の名前で絞り込める?男の子がローヴ。ヒロインの名はエコー」

『該当する伝承……いえ、これは神話ですが、ともかく1件だけ見つかりました』

「ドンピシャじゃない、それ。どんな話か教えてくれる?」


 カルティアが語ったのはとある星で語られ、失伝し、派生する物語もない……忘れら去られた悲恋を語る神話の断片だった。

 何らかの理由で命を落としたエコーという名の少女を蘇らせるため、邪神にそそのかされた青年ローヴは巨神を倒す旅に出る。

 ローヴは苦難に満ちた孤独な旅を続け、巨神を打ち倒し続けるが……やがて強大な巨神の前に敗れ、力尽きる。

 邪神が何を求めていたのかは明かされず、またローヴも望みを叶えることなく、物語は幕を閉じるのだと言う。


「……ローヴが戦う巨神の数って判る?」

『はい。16体となっています』

「ローヴが負けた相手は……16体目?」

『ええ。この神話を知っているのですか?』

「私が知ってるというより、トワが体験してきた……かな。ね、物語でローヴが持っていた剣は『悖理の剣』?」

『悖理……記録されているデータは古代語ですが、確かに翻訳すると「理に背きし者の剣」という意味になります。死者を復活させようとした、愚者ローヴを暗喩する剣であると解釈されています』

「愚者……か。カルティア、もしトワに聞かれても、この話のことは黙っておいてくれる?」

『禁則事項設定されますか?』

「ううん。お願いしてるだけ。あの子、ローヴの事を友達って言ってたから。物語の登場人物であっても、愚者って呼ばれてることはちょっと聞かせたくないかなって思って」

『わかりました、アイリス』

「そうだ、お願いと言えば、もうひとつカルティアに頼みたい事があって――」



 私はカルティアとの通信を終えた後、しばらく物思いにふけっていた。

 トワの語った内容は、その結末を除けば神話に残されていたローヴの物語と同じものだ。あの子が失伝して久しいこの神話をどこかで聞いたとは考えづらい。

 なら……トワは亜空間の中で本当にローヴと出会ったのだろうか?


 だが、ローヴに託された――アリサが言うにはおそらく不滅の金属であるヒヒイロカネ製であるはずの――「悖理の剣」は朽ちていた。

 ヒヒイロカネは所有者の強い想いに応える力があり、そしてそれが朽ちるのは神剣アマテラスの例のように持ち手の想いが果たされた時だとアリサは言っていた。

 なら、もしかすると……敗北したローヴの思念を受け継いだ「悖理の剣」が、ローヴの願いを叶えるために亜空間で幾万幾億回と最後の戦いを再現し続け……そこへトワが介入したことでローヴの願いが果たされた?

 神話では遠い昔に敗北したローヴが、今回ようやく勝利したことで、邪神の企みやエコーの復活も……。


「……まさか、ね」


 そんなおとぎ話の様なことを考えたけど、あくまでそれは根拠もない私の空想にすぎない。こんなことを考えるなんて……今日はトワの事があったから、少しセンチメンタルになっているのかもしれないね。

 熱いシャワーでも浴びて、気分を変えて今日はもう寝ることにしよう。


 私室を出た私はふと思い立って妹の部屋を覗いてみた。アルカンシェル船内では夜遅くまで机に向かって何か作業をしている事が多いトワだけど、さすがに今日は疲れ切ったのかベッドで眠りに就いている。


 大切な妹の姿がそこにある事を確認した私はそっと扉を閉めると、シャワールームへと向かう。

 もし、今回の様な出来事でトワを失ことになって。邪神がトワを取り戻すための取引を提示してきたら……?


 たぶん私もローヴと同じように、理に背いてでも――。

 そんな事を考えながら。


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