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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第2部10章『愚者と巨神』???-孤闘の惑星
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#10

 思えばヨーコは……いえ、あれはウィリアムの提唱した仮説でしたか?ともあれ、ベイカーで聞いた話では、ヒヒイロカネは亜空間からもたらされた可能性があるという事でした。

 私もアイリスさんも、ジャンプ航行は亜空間を経由していると推測していましたが、これまでのジャンプは一瞬亜空間を通過するだけでした。ですが、今回トワ様は……これまでに類を見ないほど長時間、亜空間に留まっておられました。

 なら、亜空間内に存在する惑星上で生成されたヒヒイロカネの刃を入手されたというのは……件の仮説には合致します。



 しかしそれは同時に亜空間の内部に私達と同種の人類(ヒト)が存在するという、あり得ない話でもあり……正直、学者ではない私には理解が追いつきませんでした。

 こんな時にヨーコがいれば「何、初歩的なことさ」などと軽口を叩きながら解説してくれるのかしれませんが……。


 それに、私にはまだもう一つ理解出来ないことがありました。それは到底使用に耐えるとは思えないレベルで風化した柄の劣化具合です。

 この剣がつい先頃まで振るわれていたというトワ様の話と、この柄の劣化具合は整合性がとれません。ですが……おそらく、この謎が解けることはない。そんな気がしました。



 その後、アイリスさんと二人がかりでトワ様をストレッチャーごとお部屋へ運び、ベッドへ寝かしつけました。お疲れだったのでしょう。ベッドに横たわるとさほど間を置かずにトワ様は眠りに就かれました。

 私がトワ様の看病を……とは思ったのですが、先ほどのアイリスさんの取り乱した様子を思うと、ここはしばらくお二人だけにしておいた方が良い様に思えて、私はそっとその場を去ろうとします。


「……アリサ。色々とごめん。ありがとう。助かったよ」

「アイリスさん?トワ様は私の妹でもあるんです。そしてあなたは私の姉なんですから。姉妹のために尽力するのは当然でしょう?」

「そう、だね。でも、ありがとう」

「水くさいことは言いっこなしです。今度私がピンチになったら全力で助けてくれればそれでいいですよ」

「いや、アリサがピンチになる事態って、私でなんとかなるの?」


 そんなことを言うアイリスさんに軽く会釈をして私はブリッジへと戻りました。

 ブリッジではマリエッタがデータの解析をしている……と思ったのですが、彼女の姿はありません。見回すと、リュミエールへの搭乗口が開いたままになっています。どうやらマリエッタは下にいるようですね。


 今回はマリエッタにも随分と心配を掛けましたから、お礼とねぎらいを……と思ったのですが。


「……事故……怖いよぉ。……もう誰かがいなくなるの……嫌だよぉ……」


 リュミエールのコクピットから聞こえてきたのは、押し殺す様な声ですすり泣くマリエッタの声でした。

 彼女の言葉に、私は自分が大きな見落としをしていた事に気付きました。そう、マリエッタは……赤子の頃に航宙船の事故で両親を亡くし、孤児となったと聞いています。

 つまりマリエッタにとって航宙船の事故はトラウマを抉る重大な出来事なのに……私達はトワ様の事で頭がいっぱいで、この子の事を気に掛けることすら出来ていなかったのです。


 リュミエールが消息不明だったあの23分間。マリエッタは気丈にも自らの心の傷を押し隠してオペレーターとしての職務を全うしました。

 そしてトワ様が帰還された今になって……きっと親しい人を失う恐怖に囚われてしまったのでしょう。それでも、私達を心配させない様に人目に付かないところへこもって泣いているマリエッタの様子に、私は独りの大人として、自らの至らなさに忸怩たる思いを抱きました。

 ですが……マリエッタの想いを無碍にするわけにもいきません。ですから、私はあえて物音を立てながら階下のリュミエールへと降り……そして彼女に声を掛けます。


「あら、マリエッタ。こんな所にいたのですね。お茶でも入れようかと思うのですが、ご一緒にどうですか?」

「あ……アリサさん……えへへ、ちょっとリュミエールの様子、見てましたっ!お茶、いいですねっ!」


 マリエッタは私に見えない様にするためか、少し不自然な姿勢で目元をゴシゴシとこすると笑顔を浮かべてこちらに向き直りました。

 ああ、なんて健気な子なのでしょうか。もしかしたらマリエッタはご両親の事に触れられたくないのかもしれません。

 ですが……この子は人を頼るということが苦手な子ですから、全てを抱え込ませるよりも私達を少しでも頼れるようにしてあげるべきだと私は思いました。


「マリエッタ。ごめんなさい。あなたに対する配慮が出来ていませんでした」

「……!?アリサ……さん?……もしかして、聞こえて、ました?」

「……ええ」

「テロマーって、ずるいですぅ」


 そういったマリエッタの瞳に再び涙が浮かびました。おそらく……聞かれていたなら、隠さなくても良いと思ったのでしょう。

 私としてはマリエッタに隠れて泣く様なことはして欲しくなかったので……。


「マリエッタ、ありがとう。あなたのおかげで、私もアイリスさんも大切な人を失わずに済みました」

「マリエッタは……なにも……できてない……です」

「そんな事はありませんよ。あなたが気丈に踏みとどまってくれたから、私は冷静さを失わずに済みました。アイリスさんも……暴走せずに済んだのは、マリエッタのおかげです」

「わたし……お役に立ってましたかっ?」

「ええ、もちろん。あなたは私達にとって無くてはならない存在です。それに、あなたはもう私達の家族ですからね」

「アリサさん……わたし、わたし……怖かったです……。もし、トワさんがいなくなったら……。それも、マリエッタが……ちゃんと航行試験できてなかったせいじゃないかって……」


 どうやらマリエッタは事故の責任の一端が自分にあると思い詰めているようです。あれは純粋な事故。

 それも……おそらく原因はトワ様のエトワールという出自に関わるものではないかと私は推測しています。つまり、この件はマリエッタに一切の非はありません。


「マリエッタ?既にあなたも知っている通り、トワ様は『歌』を司るセレスティエル、エトワールです。つまりトワ様はC3との親和性が高い……いえ、高すぎるのです」

「……?」

「このリュミエールはC3を使ったジャンプドライブを搭載していますね?」

「……はい」

「そのC3とトワ様が反応すると……予想外の事態が起こりうる。そう思いませんか?」

「それは……はい」

「ならあの事故は、偶然や、ましてやマリエッタのせいで起きたのではありません。トワ様が搭乗されたことで起きた、必然だったのです。ですから……あなたは悪くありません」

「必然……」

「ええ。オンブルはシンガー能力が低いと搭乗できない船。そしておそらくリュミエールは……」

「シンガー能力が高すぎると乗れない船……ですか?」

「たぶんですけどね。Eランクの私達のための船なんですよ、これは」


 私が冗談めかしてそう言うと、ようやくマリエッタは笑顔を浮かべてくれました。

 その後、船内データのチェックとグラビティスリングの設定をするというマリエッタを艇内に残し、私はキッチンへと向かいました。

 ええ、口約束とは言えお茶を入れると言ったのですから……そこはちゃんとしておかなければなりません。大人として。そして……家族として。


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