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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第2部10章『愚者と巨神』???-孤闘の惑星
335/355

#9

>>Alyssa


 私は空腹を訴えるトワ様に腕によりを掛けた愛妻料理を振る舞おうとしたのですが、若干衰弱しているからという理由でアイリスさんに却下されてしまいました。

 代わりにトワ様が手にしているのは、航宙船乗り達が親しみと皮肉を込めてスラリー(どろどろ)と呼ぶ、味気ない基本宇宙食(ベイシック)です。


 確かに栄養素は十分含まれていますし水分も同時に補給できますから、食事として完成されているのは理解できますが……正直、私の口にはあまり合いません。

 トワ様曰く、そんな事では立派な航宙船(ふな)乗りにはなれない、そうですが、今のところ……いえ、今後も航宙船乗りになる予定はありませんから、問題は無いでしょう。


 ともあれ、トワ様が帰還され、意識を取り戻されたことで私達の緊急事態は解除されることになりました。

 私はマリエッタにリュミエールの航行データ分析を任せ、艇内状況を確認することにしました。アイリスさんは……ええ、言うまでもなくトワ様につきっきりです。


 アイリスさんが艇内で血の匂いと焦げた匂いを感じたと言っていたので、コクピット内部に物理的な破損が生じ、結果としてトワ様が負傷したのではないかと考えたのですが……予想に反して艇内には何の異常も見られません。

 コンソールパネルも正常。トワ様が負傷されていた左足の周辺も……若干、血痕がありますが、破損や火傷を負う様な加熱痕もありません。

 念のためコンソールからリュミエールにセルフチェックを行わせましたが、エネルギーが枯渇している以外は特に問題なしと出ています。では一体トワ様はどこで、どうやって裂傷と火傷を負ったというのでしょうか。


 腑に落ちないものを感じつつもブリッジに戻った私はマリエッタに艇内に異常が無かったことを伝えました。彼女は「わかりましたっ」と一言答え、分析作業を続けています。

 トワ様は……アイリスさんと何かを話されているようです。


「……それで、爆風を防げなかった」

「……そう……なんだ」

「でも、ローヴはちゃんと巨神を倒したよ」


 アイリスさんはなんとも言えないような表情でトワ様の話を聞いています。心なしか、相づちにも戸惑いの感情が含まれているような……。


「……アリサ、トワの脳波モニタリング結果はどうだった?」

「正常でしたが……?」

「……そう」

「アイリス、信じてない?」


 どうやらアイリスさんはトワ様が頭でも打って、何か妄想や幻覚の類いを見たと思っているのでしょうか。

 そういえば先ほど漏れ聞こえた言葉は……爆風に、巨神……でしたか?リュミエールの艇内にはそのような痕跡はありませんでした。


「これ。ローヴに貰った……剣……だけど、あれ?」


 私達がトワ様の話に疑念を感じていることを察したのか、トワ様は羽織っていたジャケットの内側から何かを取り出しました。あれは……朽ちた剣の柄……でしょうか?それに、パラパラと金属片がこぼれ落ちています。


「どうして?さっきまで、普通だったのに」

「というより、どこから持ってきたのよ、これ。こんなのアルカンシェルにもリュミエールにも積んでなかったよね?」

「だから、ローヴに貰った」


 アイリスさんに確認したところ、トワ様はジャンプでたどり着いた惑星上でローヴという人物と出会い、彼が巨神と呼ぶ存在を打倒する手助けをされたのだとか。

 足の負傷と火傷はそのときに負ったもので、敵を倒した記念にローヴから剣を譲り受けた……と。

 俄には信じがたい話ですが、実際にトワ様は艇内で負傷する原因が無かったにも関わらず裂傷と熱傷を負っておられますし、朽ちているとは言え見慣れない剣もお持ちです。

なら、それは実際にあった事なのでしょうか?


「あのっ、アイリスさん、アリサさん。ちょっとご報告が……」


 マリエッタが戸惑った様子で声を掛けてきました。航行データの分析途中のようですが、何か気になることでもあったのでしょうか。


「どうしたの、マリエッタ」

「トワさんのお話、聞こえてたんですけど……実はリュミエールのジャンプログがおかしくてっ」

「おかしいって、どういうこと?」

「リュミエール、午前中に1回、午後に1回しかジャンプしてないはずなのに……累計ジャンプ回数が3回になってるんですぅ」


 マリエッタの言葉に私とアイリスさんは目を見合わせました。G17はリュミエールは未就航の船だと言っていましたし、今朝の実験前に確認した航行ログでもその事は確認されていました。

 なのに、ジャンプ回数が3回というのは……数が合いません。


「ローヴの星からジャンプした。だから、3回」

「フォトンエネルギーは?トワが乗ったとき、エネルギー半分ぐらいしか無かったでしょ?」

「ローヴのところで充填した。丸一日ぐらい掛けて」

「丸一日?だって、トワがジャンプアウトするまで20分ぐらいしかたってないよ?」


 トワ様とアイリスさんのやり取りを聞き、私は納得できたことがありました。

 それはトワ様が帰還されてすぐに口にした空腹だという言葉。トワ様がリュミエールに乗った第2回航行試験はランチを済ませた少し後に開始しましたから、今はまだ午後のティータイムにも早い時間です。なのに、トワ様は空腹を訴えておられました。


 メディカルマシンのチェック結果を再度確認したところトワ様の胃腸には内容物が殆ど残っていない状態である事がわかりました。

 つまり、私達にとっては23分間――ジャンプ時間としては異様に長いですが――であったにも関わらず、トワ様はそれ以上に長い時間を過ごされていた……ということになるのでしょう。

 亜光速航行を用いると時間のずれが生じるのは私達にとって常識的な事ですが、もしかすると超光速航行でも何らかの時間のずれが生じうるのでしょうか?


 そして、私にはもう一つ気になっていた事がありました。それは、トワ様が先ほど取り出された朽ちた剣のこと。

 あの朽ち方は単なる経年劣化には見えませんでした。


「トワ様、その剣、見せて頂いても良いですか?」

「うん。でも、崩れちゃった」

「大丈夫です」


 トワ様から朽ちた柄と、そこからこぼれ落ちた刃の欠片を受け取りました。

 柄の方は確かに経年劣化による風化に見えますが……問題は刃の方です。やはり、これは……。


「ねぇアリサ。その刃の方の欠片……妙に規則的な断面だよね?」

「ええ。崩壊した断面は結晶構造のようになっていますね」

「もしかして、それって……」

「はい。分析しないと断定できませんが……たぶんヒヒイロカネです。こんな崩れ方をする金属なんて他にありませんから」


 トワ様がローヴという人物から託された刃は、ほぼ間違い無く不滅の金属であるヒヒイロカネで打たれたものです。

 とすれば朽ちた刃が示す意味は何者か――おそらく所有者であるローヴ――の願いが果たされたという証です。そう、それはかつて神剣アマテラスがカレンの願いが成就することを知って砕けた時と同じ。


 トワ様はローヴが巨神を倒したと言われましたから、その証言と刃の状況は矛盾しないどころか、トワ様が語った戦いが現実のものであった事を裏付けているように思えました。


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