#8
>>Iris
「何か暖かいものでも淹れましょうか?」
「……いらない」
アリサが私を気遣ってくれる。でも、今の私はそんなアリサの心遣いすら煩わしく感じる。
心の中を占めるのは焦燥感と……セレスティエルとして目覚めてからずっと感じていたトワを感じられないという、喪失感。
こんな感覚は初めてで、自分でもどう処理して良いのか判らない。アリサにあたっても仕方ないことはもちろん理解している。でも、このやり場のない想いをどうすれば良いのか、もやが掛かったような今の私の頭ではまったく判らなかった。
そんな私の様子に心情を察してくれたのか、アリサが黙って立ち上がる。
きっとブリッジでトワの捜索をしてくれるのだろう。休むように言われたけど、ここに独りで座っているとおかしくなってしまうかも知れない。だから、私も続こうとソファから腰を上げかけた時だった。
『空間振動波、感知っ!アルカンシェルさん、微速後退っ!』
艦内通信でマリエッタの声が聞こえてきた。微速後退……?あの子は何を言ってるんだ?
アリサの方をふと見やると、彼女は何かに気付いたように私の手を引いた。
「アイリスさん!ジャンプアウトの予兆ですよっ!」
「……トワっ!?」
アリサの発したジャンプアウトという言葉に、私の頭は一気に覚醒した。
トワが帰ってくる。そうに違いない。私とアリサは急いでブリッジへと戻る。
「マリエッタ、状況は!?」
「はいっ、空間振動波をアルカンシェルさんの機体直前の空間で感知しましたっ!今、距離を取ってますっ!」
そうか、私達はトワを探すためにリュミエールのジャンプアウト予定座標にアルカンシェルを移動させていた。つまり、そのままの場所に私達が居座っていると、リュミエールがジャンプアウトできないということだ。そんな簡単な事にすら思い当たらなかったなんて……。
「推定ジャンプアウトタイミングまであと5…4…3…2…1…0、来ますっ!」
マリエッタのカウントダウンに合わせたかのように、私の中の『絆』がぞわりとした感覚を伝えてきた。
これは……トワが危険な状態にあると『絆』が知らせている!?そしてゼロカウントと共に、アルカンシェルの船窓は眩い虹色に包まれた。
「空間振動、収束。機影確認……間違いありません、リュミエールですっ!」
「……23分遅れですね。トワ様ったら……もう……本当に心配したんですから……」
アリサが安堵した様な涙声でそう呟く。だが、『絆』の感覚はトワに危機が迫っていると知らせている。
だから、私はまだ安心することが出来なかった。
「トワ、聞こえる?大丈夫!?」
『……』
「お願い、返事して!」
『……』
私は通信装置に呼びかけるが、リュミエールから応答は無い。その様子に、一度は歓喜の表情を浮かべていたマリエッタも表情を引き締め、アルカンシェルに指示を出し始めた。
「アルカンシェルさん、リュミエールを緊急収容。回収プロトコルの1番から7番までは省略、8番から12番までは再確認無しっ、時間最優先でっ!」
「……不要だと信じていますが、念のためメディカルマシンの準備をしておきます」
アリサはそう言うと階下へ降りていった。私は……アルカンシェルに指示をして、リュミエールへの搭乗スライダーを開放させた。シートは現在階下にあるけど、滑り降りる分には問題ない。
リュミエールがドッキングし次第、艇内へ救助に入る手はずを整える。すぐにでもハッチを開けたいけど、まだ扉の向こうにリュミエールは――トワはいない。
ハッチ開放の操作パネルも開放不可を示す赤点灯のままだ。
そして、軽い振動とともにリュミエールのドッキングが完了し、操作パネルの点灯が緑に変わる。私は躊躇せずハッチを開き、リュミエールの狭い艇内へと飛び込んだ。
「トワっ!」
ぐったりとシートにもたれ掛かった、トワの後頭部が見える。妹の艶やかな銀髪はいつもよりも乱れていて……心が掻き乱される。
微かに漂うのは……血と、焦げた匂い?コンソールが爆発して、負傷した!?いや、原因究明はあとだ。まずトワをアルカンシェルへ運ばないと……!
意識の無いトワをシートから引き剥がし、抱き抱えた時に気が付いた。この子、左足を負傷してる。
かなり深い傷でシャツもブーツも血まみれだけど……でも、何故か止血処理は行われている。怪我をして気絶したんじゃない……?
状況は理解出来ないが、とにかく私はトワをアルカンシェル船内へと運んだ。
「トワ様……!?」
「トワさん……ち、血がっ!」
負傷し、ぐったりしたトワの様子にアリサとマリエッタも驚きを隠せない。
アリサがブリッジに運び込んでくれていたストレッチャー一体型のメディカルマシン……以前アリサが重傷を負った際にアルカンシェルへ積み込んだもの――に、トワを横たえ、診断を開始する。
「左大腿部に裂傷。両足および右手に軽い熱傷。あとは……毛先が少し焦げていますが……それ以外のバイタルは正常値ですね」
「でも、足の怪我は重傷ですっ!」
「マリエッタ、落ち着きなさい。セレスティエルであればこの程度の傷はすぐに治ります。診断データでも既に傷の再生が始まっているでしょう?」
アリサが冷静に診断と傷の処置を始めてくれている。私は痛々しいトワの姿に心が締め付けられ、声を掛けることすら出来ず……ただ、負傷していないトワの左手を握ることしか出来なかった。
どれだけ時間が経ったのだろうか。トワの瞼が少し動いたかと思うと……ゆっくりと目を見開いた。
瞳の色は……虹色だ。
「アイ……リス?」
「トワ……もう大丈夫だからね」
「あのね……」
「大丈夫。大丈夫だから」
「ちがう。お腹、空いた」
あんまりにもあんまりなトワの言葉に、私は思わず笑ってしまった。涙をこぼしながら。
ああ、この子は大丈夫だ。




