#7
逆光でシルエットになったローヴが剣を振りかざすのが見える。とても印象的で、まるで神話の1シーンのような光景だ。
そして――振り下ろした「悖理の剣」は青く輝く巨神の核へ突き刺さり、周囲に青い輝きが飛び散った。
核を失った巨神が動きを止め、静寂に包まれていた広場に長く重いサイレンの様な音が響き渡った。
これまで何の声も発しなかった巨神が慟哭している……?倒された事への嘆きなのか、それとも恨みなのか。もしくは、何かから解放された喜びなのか。
長く重く響き続けるその声が意味するものは私には判らなかったけど……でも、それがローヴの戦いが終わった証である事は間違いないと思った。
気のせいか、周囲の霧が濃くなってきた気がする。私は足を軽く引きずりながら広場へ、その先の巨神のもとへ向かう。そんな私の前にいつのまにかローヴが立っていた。
いつ巨神から降りてきたんだろうか?そんな事を考えていると、ローヴが私に向かって頭を下げた。
「トワ、感謝する。君がいなければ巨神は倒せなかった」
「私、役に立ったでしょ?」
「ああ、とても。感謝してもしきれない」
「これでエコーは助かる?」
私がそう言うと、ローヴは少し困った様な表情を浮かべた。
あれ?巨神を倒したらエコーが助かるんじゃなかったっけ?
「わからない。でも、そう信じている」
「信じるのは大事」
「……ああ。たとえ相手が邪神であっても」
そうか、ローヴは邪神の力を借りて戦ってたんだっけ。邪神っていうとたぶん邪悪な神様だけど……神様なら、たとえ悪くても約束を守ってくれるんだろうか。
神様に知り合いはいないから良くわからないけど、でもなんとなくローヴに力を貸してくれる神様だから、約束は守ってくれるんじゃないかって思った。
「礼ができればいいんだが……あいにくと僕にはこれしかない。受け取ってくれるか?」
私が邪神に思いを馳せていたせいなのか、ローヴは手にしていた邪神剣……じゃなくて悖理の剣を私に差し出してきた。
飾り気の無い真っ直ぐな刃はどこかローヴに似ている気がした。私、剣は使えないけど……でも、巨神を倒した記念品として貰っておくのも良いかな。
でも、武器がなくなるとローヴも困るだろう。そう思った私はサバイバルパックからナイフを取り出し、ローヴに差し出した。
「記念品交換」
「……本当に、君の言うことは良くわからないな。でも、悪くない気分だ」
ローヴはそう言うと微笑み、私と彼は互いの武器を交換した。ふと思い立ち、私はジャケットのポケットをまさぐった。
手に感じる感覚は……少し角が掛けている感じもするけど、まぁ無いよりはましだろう。私はポケットに入っていた2つのグリットを取り出すと、ローヴに差し出した。
「記念品のおまけ」
「これは?」
「食べ物。あんまり美味しくないけど……エコーと食べて」
「……ああ。ありがとう、トワ」
ローヴは食べ物持ってないって言ってたし、この星の状況を考えればきっとエコーだってそうだろう。
巨神は倒せたし、これから二人は再会するんだ。空腹のままより、たとえ美味しくなくても食べ物があった方が良いに決まってるからね。
ローヴは少し角が掛けたグリットを受け取ると、大事そうにそれをポケットにしまった。
やがてローヴ踵を返し、一層濃くなった霧へ向き直なおる。そんな彼の背中に私は声を掛けた。
「もう、行くの?」
「ああ、ここに留まる理由はもう無い」
「そっか。気を付けて」
「トワも。壮健で……友よ」
「ローヴも。エコーによろしく」
私の言葉に、ローヴは黙って手を上げると、霧の中へと歩み去って行った。
彼の後ろ姿はまるで溶けるように霧の中へ消え……すぐに見えなくなった。
ローヴを見送った私も、そろそろリュミエールに戻るべきだと思った。どれだけエネルギーが充填出来ているか判らないけど、私にももうここに留まる理由が無い気がしたから。
まだ少し痛む足を引きずりながら、一層濃くなった霧をかき分けるように広場を離れ、都市遺跡へと足を踏み入れる。
と、広場の入口脇に何かがあることに気が付いた。さっき通ったときは気付かなかったけど、あれは……朽ち果てた誰かの遺体、だろうか……?
霧の向こうに見える遺体が纏っているボロボロに風化したマントはローヴのものと似ている気がした。
傍らに朽ちた木の欠片があるのは……弓矢だろうか?
でも、ローヴは巨神を倒して霧の中へ去って行った。なら、これは……?
私は懐に入れた悖理の剣の柄を握りしめる。うん、確かにローヴの剣はここにある。
なら、あれはローヴじゃない。そんな筈はないから。私はそう思いながらも、遺体に手を合わせ……その場を足早に去った。
霧はどんどん濃くなる一方だったけど、航行灯のおかげでリュミエールの位置に迷うことは無かった。
行きに通った草原ではなく、時間優先で岩場を通るショートカットを試みたおかげで思ったより早くリュミエールに帰り着くことはできたけど、視界不良で何度か足を踏み外しかけ、力を掛けたことで足の傷が再び開いてしまった。
結構な血を失ったせいか、フラフラする。
それでもなんとかたどり着いたリュミエールの船体には変わったところは無く、何かがここへ来た形跡もなかった。
私は船体の周りを軽くチェックし、異常が無いことを確認した上でハッチを開放してリュミエールへ乗り込んだ。狭いコクピットだけど、座るところがあるだけで安心できるよね……。
開いた傷口に再度止血処置を施し、私は深いため息をついた。
これから、どうしようか。エネルギー消費を抑えるために切っていた通信装置のスイッチを入れても、特に変化は無かった。
でもエネルギーは私が期待していた以上に貯まっている。リュミエール、もう飛べるかな?霧がまた濃くなってきて、もう周囲は真っ白な空間しか見えない。
何故かここにいてはいけない気がしたので、私は見切り発進だったけど……リュミエールのレゾナンスジャンプドライブを作動させてみた。
アイリスが重力のあるところではジャンプ事故防止のためジャンプドライブは動作しないと言っていたけど、不思議とリュミエールのジャンプドライブは動作した。
C3がまた歌ってるけど……疲れ切った今の私には合唱する気力も沸いてこない。
そういえば結局今日はローヴと一緒に食べた1食しか食事とをっていなかった。お腹が空くのも当たり前か……。疲労と空腹、そして負傷と出血の影響で薄れ行く意識の中、リュミエールが感知している周囲の重力が0になっていたのに気が付いた。
惑星の上なのに、おかしなことがあるものだ……。そんな事を思いながら、私の意識は白い闇の中へと引き込まれていった――




