#2
>>Towa
……頭が痛い。クラクラする。冷凍睡眠明けの時とは違う……嫌な感覚がする。目の前が真っ暗で……って、これは私が目を閉じているせいか。
瞼が重いけど、なんとか力を振り絞って目を開く。
見えたのは、見慣れない計器と操縦桿。
……そうだ、これ、リュミエールの中。そういえば私、航行試験でジャンプしたんだっけ。
ぼんやりと記憶が戻ってくる。確かジャンプドライブを起動した瞬間にC3が歌うのが聞こえて、私も引きずられるように歌を口ずさんでいるうちにジャンプが始まって……そして、たぶん気を失った。
午前中にマリエッタが跳んだときはすぐに応答してたけど、私みたいに気を失ったりクラクラしなかったのかな。そんな事を思いながら、私は通信装置のスイッチを入れる。
「アイリス。こちらトワ。ジャンプ終わった」
しばらく待っても返事が返ってこない。通信が繋がらないときに聞こえるホワイトノイズすら聞こえないのはどういうことなんだろうか。
もしかしてリュミエール、壊れた?
そう思いながら、私は周囲を確認する。フォトンエネルギーの残量が殆ど空になっている。午前中と合わせると連続ジャンプしたことになるから、これは予想範囲内だね。
他は……あれ?何故か重力が検知されてる?確かジャンプアウト先は何も無い宙域……ヴォイド空間だったはずだけど、惑星上と同じレベルの重力場が検知されているのはどういう理屈なんだろうか。
それ以前に、座標データが全部0表示になっている。なにこれ、やっぱり壊れてる?
計器を見ていても埒があかないので、私はリュミエールのフロントシールドを一部開放することにした。
大気圏内を飛行出来るアルカンシェルやブリーズと違い、純然たる航宙船であるリュミエールには有視界航行用の窓というものが設置されていない。
一応、観測機器が壊れた時のためののぞき窓的なものがあるので、それを開いてみたんだけど……。
「……白い」
リュミエールの外に広がる宇宙は黒いはずなのに、見えたのは乳白色だった。
なんだろう……牛乳空間?いや、現実逃避しててもダメか。重力があって、周りは宇宙じゃない。なら、リュミエールはどこかの星に墜落したって事だ。確か周囲に星は無かったはずだけど……。
アイリス達が私の居場所に気付いてくれる可能性も考えたけど、座標が判らないし通信装置が動いているかどうかも判らない以上、助けが来るのを待ち続けるのはあまり得策じゃない気がした。
計器を見る限り外気は存在するし、幸い呼吸もできそうだ。
機体のフォトンエネルギーは……少しずつだけど充填されている。ということは、陽の光が当たっているんだろう。推定充填時間を表示させると49時間と表示されていた。
半分貯まれば一度ジャンプできるから、丸一日とちょっと待てば、一応跳ぶことはできそうだ。
なら、一日ぐらいサバイバルライフを楽しんで、その後はここから脱出すればいいだろう。私はそう考えると、パイロットシートの下からサバイバルキットを取り出した。
入っているのは3食分のスラリーと小ぶりな水筒にメディキット。あとは……万能ナイフ。残念ながら、リュミエールのサバイバルパックにはフェイザーは入ってなかったけど、どうせあれは私には使いこなせない。
ずっと窮屈な操縦席に座っているのも疲れるから、私はサバイバルキットを持って、リュミエールの外へ出ることにした。
「そういえば墜落するの、2回目……今回は死んでないけど」
独り言に誰も応えてくれないのは寂しい。そんな事を思いながら、リュミエールの側面にあるハッチを開放する。
辺りは……やはり白い。これ、霧かな?伸ばした手の先が霞んで見えるぐらいの濃霧。
足下も、立ったままだと微かに岩肌が見えるぐらいで、周囲を探るどころか歩くのも大変そうだ。
視覚に頼れないので、耳を澄ます。風の音がかすかに聞こえるけど、他の物音は聞こえない……けど、やっぱりここ惑星上だよね。
風があるってことは空気の流れがあるって事だし、そもそも下に岩があるし。改めて周囲を見回すと、リュミエールの機体後方は霧が一層濃くなっているけど、機体前方の方は微かに地形のようなものが見える。
どうせ進むなら、視界が良い方がいいだろう。とはいえこれだけの霧だ。迂闊に歩き回ってリュミエールの場所が判らなくなると帰れなくなるかもしれない。
私は少し考えて、一旦艇内に戻ると機体の航行灯を遭難時に使う非常点灯モードに切り替えた。
私独りだったらきっとそんな操作方法確認もしなかったろうけど、今回はアイリスから厳命されて、事前に緊急プロトコルは覚えさせられたからね……。
非常点灯モードになると、航行灯の光量が上がって宇宙空間でもある程度視認できるレベルの強い光を発するようになる。
フォトンの消費量が増えるから、充填に掛かる時間が増えるけど背に腹は代えられないだろう。
改めて艇外へ出ると、周囲の霧が緑と赤に染まるようなレベルで派手に航行灯が灯っていた。これならどれだけ離れてもリュミエールを見失うことは無いだろう。
逆に、何かをおびき寄せそうな気もするけど……。まぁ、その時はその時だ。私はリュミエールを降り、ハッチにロックを掛けると、私は霧の薄い機体前方へと歩き始めた。
10分ほど歩くと周囲の霧は随分と薄くなって、周囲の状況も確認出来るようになってきた。
ふと振り返るとそちらの霧は相変わらず濃いままで、高台になっている部分に胴体着陸しているリュミエールらしき影がうっすらと見えた。機体そのものは良く見えないけど、緑と赤の航行灯が不気味に輝いているせいで、オッドアイの巨大な魔物でもいるかのように見えた。
うん、アレならわざわざ近づこうって言う物好きもいないだろうね。
さらにしばらく進むと前方に薄い霧と静寂に包まれた草原が広がっていた。
足下は低い下草が風に揺れているけど、その色は緑というよりはまるで霧を吸ったかの様に白く薄ぼけて見える。草原の外周を囲むように険しい岩山が連なっているのが見え、視線を上げると曇天の空から柔らかな光が大地を淡い影で覆ってる。
左手の方、霧に霞む岩山の頂きに見えるのは……ビル群のようにも見えるけど、あれは都市の遺跡?
改めて見ると草原の中に荒れた石畳の道が続いていて、その先はたぶん都市遺跡らしきものの方角のように思えた。人どころか生き物の気配すら感じられないけど、何かがこの地で待っている。そんな気がする。
「どうせ暇だし、行ってみよう」
誰も応えてはくれないけど、自分に言い聞かせるために私はそう口にした。
私は空腹で歩けなくなるまで前進し、その後は反転して元来た方向へ引き返すつもりでいた。
手持ちの食料はスラリー3本だから、空腹で1本飲んだ時点で戻るようにすれば問題無くリュミエールまで帰り着けると考えたからだ。
ジャケットのポケットの中にはいつ放り込んだのかも覚えていないグリットも2個入っていたけど、手持ちの飲み水が乏しい状況で口の中の水分を吸われるグリットはあまり口にしたくないからね。
どこかで果物とか、食べられそうなものが見つかればいいんだけど。でも視界に入るのは下草だけだし、実がなってそうな気配はなかった。
せめて水だけでも見つかれば助かるんだけど、ないものは仕方ない。




