#1
>>Alyssa
「ジャンプアウト予定時刻から300秒超過しましたっ!リュミエールの機影、未だ確認できませんっ!」
「どうして?午前中は問題無く跳んだのに!?」
「アイリスさん、落ち着いてください!マリエッタ、周辺宙域のスキャンを。平行して広域通信モードでリュミエールへ呼びかけも!」
「やってますっ!アルカンシェルさん、スキャン結果ホロディスプレイに出してっ!小さい反応も全部っ!」
――どうして、こんな事になったのでしょうか。
騒然としたアルカンシェルのブリッジの様子と現状を受け入れる事ができず、私は独り今朝からの出来事を思い返しました――
>>Alyssa 7 hours ago
G17が管理する技術開発拠点を離れたアルカンシェルは、昨夜遅くに予定していた中継ポイントであるディープスペース――確か宙域識別コードだとZ-18A――に到達していました。
ここは周囲1パーセクに重力への影響を及ぼすような規模の天体が存在せず、重力場の影響がほぼ皆無な極めて静寂な宙域です。アルカンシェルの高感度センサーですら微細な小天体の存在を検出していないことも、それを裏付けていました。
このようなフラットな空間は、超光速艇リュミエールのジャンプ航行試験には理想的な環境といえるでしょう。
問題があるとすればリュミエールのジャンプ試験を無人遠隔操作で行うことが出来ないという点です。
あの黒い紛い物、オンブルのようにシンガーランクが高くないと使えないというふざけた条件こそありませんが、それでもC3を使った跳躍技術であるが故にヒトの存在が必須なのだとか。
つまり、誰かが最初に「実験台」になる必要があるのです。
もっともリュミエール自体は既に3号機や1号機が超光速航行で技術開発拠点を離れていることから、実用的かつ問題が無いことは判明しています。
ですから仮に懸念があるとすれば私達が入手した2号機に固有の装備であるグラビティスリングで大荷物を懸架した場合の航行性能がどのレベルで低下するかという点ぐらいのものですが……。
「だから、マリエッタが一番に乗りますっ!」
「マリエッタ、あなたまた自分を犠牲にしようとしてるでしょう!?」
「違いますっ!これはマリエッタが適任なんですっ!データだって取れますし、システムトラブルにも対応できますっ!」
「生存性で言えば私達の方が種として絶対的に強い。仮に機体が破損して真空に投げ出されても、私達なら生き延びられる!」
「そんな危ない船じゃないですっ!」
目の前でマリエッタとアイリスさんが、どちらが実験台になるかで言い争っています。
ええ、先日の誰が一番風呂に入るか論争と似ていますが、あの時と違って今度ばかりは「一緒に」という選択肢はありません。
なにせリュミエールのコクピットは単座で、とても狭いのですから。
「アリサ、私が先に乗ってきていい?」
「いえ、トワ様。それなら私が」
「一番乗り、ずるい」
「これはずるいとか言う問題ではないかと……」
結局、思惑に多少の差はあれど全員が試験航行のテストパイロットに立候補し、その結果として埒があかず私達はくじ引きで搭乗順を決めることにしました。
と言っても試験航行で全員が乗る必要はないですし、リュミエールも一度の発進で2回までしかジャンプできませんから、今回乗るのは最初の2人だけですが。
くじを引いた結果、一番がマリエッタ。二番がトワ様でした。ちなみに私は最後です。
「マリエッタ、くれぐれも無理しないでね?何かあったらすぐに試験中止するのよ?」
「はい、お義母さんっ!」
「……うぐっ」
アイリスさんはトワ様に対して過保護気味ですが、最近は養子にしたマリエッタに対しても過保護になっているようです。まぁ、微笑ましいですし、見ているとこちらまでほっこりするのですが。
コスモスーツに着替えたマリエッタをブリッジのシューターからリュミエールへ送り出しました。
コクピットへ収まったマリエッタは艇内モニタリングが出来るようにアルカンシェルとの回線を接続します。さすがにこういった所は手慣れているのでマリエッタ自身が言っていた「適任」発言は正しいと言えるでしょう。
『C3通信およびデータリンク確認っ、問題ありませんっ!リュミエール発進、アルカンシェルさん重力カタパルト射出お願いしますっ!』
「マリエッタ、お土産よろしく」
『はひぃ!?あの、近くにお店なくてっ!』
「トワ、余計なこと言わないっ!マリエッタも集中して!」
「おこられた」
『あはは……じゃあ、行ってきますっ!』
50m級航宙船であるアルカンシェルも微弱ながら重力を持っていますから、リュミエールはアルカンシェルから0.1AU離れた地点まで航行してジャンプを行う手はずになっています。
G17の技術資料によれば、本来ならアルカンシェルから切り離しさえすれば直前で跳んでも問題ないそうですが……初回ですので、可能な限り不安要素を排除しておくことにしたのです。
重力カタパルトの射出速度と必要距離から算出される航行時間は……およそ5分。つまり5分後にリュミエールの超光速航行試験は始まります。
『目標ポイントへ到着、重力場安定を確認っ。ジャンプ目標は予定通り0.5パーセク先のヴォイド空間っ。マリエッタ、いきま~すっ!』
アルカンシェルのブリッジには超望遠センサーで捉えたリュミエールの映像が表示されていました。
微かに見える白い船体が虹色の輝きに包まれ始めます。そしてその光がひときわ強く輝きを放った瞬間、周囲の星空が歪んだ様に見え……光が収まった後の宙域にリュミエールの姿はありませんでした。
「アルカンシェル、こちらもジャンプ。当初の予定通り、マリエッタのジャンプアウト予定位置から1AU離れた地点でお願い」
[Ready. FTL Stand By...Done.]
リュミエールのジャンプを確認した後、私達が乗ったアルカンシェルもその後を追ってジャンプを行います。
目的地点はマリエッタのジャンプアウト位置から少し離れた所。どれだけの精度で跳べるか未知数なので、少し距離を取ってアルカンシェルはジャンプアウトします。
「マリエッタ、無事?聞こえる?」
『はい、無事ですっ!リュミエール、ちゃんと跳べましたっ!観測データ、送りますねっ』
アルカンシェルのモニタに表示されているリュミエールの空間座標は設定されていた数値と寸分違わぬもので、私は古代技術の精度の高さを改めて感じました。
ともあれ、リュミエールの初回ジャンプ試験は成功しました。この後はリュミエールを一旦アルカンシェルへと回収し、パイロットをトワ様に交代して2度目のジャンプ試験です。
一度目の試験が予定通りに進んだため、私もアイリスさんも、二度目の試験も問題終了するだろうと信じて疑いませんでした。
……このときは、まだ。
マリエッタの航行試験が終了した後、私達はラウンジで昼食をとりながらブリーフィングを行いました。
マリエッタの口頭報告と、機体が記録していた各種データを分析した結果、リュミエールの超光速機関であるレゾナンス・ジャンプドライブに異常な点は見受けられず、カタログスペック通りの性能である事が確認されました。
懸念されていたグラビティスリングについも空荷の状態であれば全く影響はなく、計測データから推測できる範囲ではエクソギア・ブリギッタを懸架していてもジャンプ性能への影響は誤差レベルであることも判りました。
そんな状況でしたから、2番手のトワ様は技術試験へ向かうというより新しいアトラクションでも体験するかのような気軽な様子で試験航行に挑まれました。
具体的に言えば、コスモスーツではなくTシャツにジャケットという普段通りの服装でリュミエールへ搭乗されたのです。
私達はアルカンシェル内では平服ですし、おそらくリュミエールを運用する際も余程のことがない限り、コスモスーツに着替える事はないと思います。そういう意味では、通常運用試験の範疇ではあるのですが……。
第2回試験については、運用条件を少し変えるというプランもありましたが、トワ様がパイロットということもあって、安全優先で初回試験と同じ条件での航行再現を行う事になりました。
ジャンプドライブの連続使用にはなりますが、手順は同じで航行距離も同じ。問題が生じるはずがありませんでした。
……それなのに。
『これ、すごい。C3が歌ってる』
リュミエールのレゾナンス・ジャンプドライブを起動する瞬間、トワ様の声が通信機から聞こえました。そして、続いてトワ様が歌われる声も。
おそらくC3の歌声に誘われているのだろうと思いました。
澄んだアルトの歌声が通信機から流れる中、リュミエールは虹色の輝きを放ちます。マリエッタの時と同じように、虹色の輝きが強くなり……そして、その輝きは白い光の奔流へと変化し、リュミエールの姿は宙域から消えました。
「ねぇ、今の……1回目より光が強くなかった?」
「白い光がまるで奔流のように渦巻いていましたよね……。マリエッタの時は虹色の光でしたから、色も光り方のパターンも違うように思いました」
「そうなんですか?艇内からだと良くわかりませんでしたっ」
「ともかく、トワの後を追いましょ。光の違いが仕様なのか何か差があるのかはマリエッタの時のデータと突き合わせて解析したらいいし」
「わかりました。アルカンシェル、設定している座標へ跳躍を」
そして設定していた合流ポイントへ跳んだ私達でしたが……何故か、指定された宙域にも、その周辺にも、リュミエールの機影は……見当たりませんでした。




