#3
[16:00]
アルカンシェル船倉にて。
マリエッタはブリギッタと名付けたエクソギアの調整を行っていた。G17が提供してくれた補修部品の中にエクソギア用のC3ソケット付きモジュールを発見していたマリエッタは早速頭部モジュールを電子頭脳型からC3対応型へと交換していた。
いかにマリエッタが手練れのハッカーだとしても、接続すらままならない古代文明の機材が相手では手の出しようもなかったのだが、現代文明と同じC3対応型となれば話は別だ。
しかしエクソギアは複雑な機構を持つにも関わらず、何故か制御に使用できるC3が小型……すなわち低性能なものだった。
そのことにマリエッタは文句を言いながらも最適なセッティングを追求する。手持ちの情報端末に頭部モジュールを接続し、シミュレーションを繰り返すマリエッタの様子を隣で見学していたトワが、何に苦労しているのかと問う。
「えっと、どんなC3がいいか色々試してるんですぅ。朱だと処理速度が向上するので全体的に頭が良くなって、蒼だと記憶領域が拡大するから物覚えが良くなって行動パターンが増えたり、追加ユニットを沢山制御できるようになりますっ」
「ほほう」
「あとっ、碧は内部のデータ伝送速度とか同期タイミングが改善して……ちょっと地味なんですけど、全体的なパフォーマンスにはかなり影響出るんですよっ」
「マリエッタ、自分で調律したC3使うの?」
「えっと、私……自分で調律すると黄色になっちゃうんです……。だから、自分で調律したC3は使えなくてっ」
「黄色だと朱と碧の効果?」
「そうだと良いんですけど、互いに効果を打ち消しあっちゃうから、全く使いものにならないんですよぉ~」
嘆きながらマリエッタが説明した所によるとブリギッタに搭載するC3は高度な機体制御を行う必要があるため、単純な演算処理速度優先の朱だけでなく、蒼や碧という選択肢も十分に視野に入るらしい。
ブリギッタを見上げながらどのC3を組み込むか迷うマリエッタの姿に、トワはふと何かを思いついたのか一旦私室へ戻り、再び戻ってきた時には白いC3を手にしていた。
通常、混色のC3はマリエッタが言うように互いの色が効果を打ち消しあうため使い物にならない。
だが、『歌』を司るセレスティエルであるトワが混合したC3に限ってはその原則は当てはまらない。マリエッタもそのことをアイリスに聞き知識としては知っていたが、トワによる混色C3を試すのは初めてだった。
マリエッタはエクソギアのスペックを入力したシミュレータに白いC3を接続し、導入予定のプログラムの動作テストを行い……そして、丸い目を見開いた。
「な、なんですか、これっ!処理速度もメモリも伝送速度も期待値の上限じゃないですかっ!しかも上手くシナジーが効いてて、このサイズのC3で得られる想定機体スペックの3倍……いえ、5倍以上のエネルギーゲインですっ!」
「こいつ、動くぞ?」
「まだ接続してないから動きませんっ!」
[17:50]
今夜はトワと長湯をする、食事の時間を決めるのは料理人の特権だからと強固に主張したアリサによって、夕食の時間は随分と前倒しになった。
夕食のメニューは朝食のパンをリベイクしたものに加え、ミラジュミナで仕入れたシーフードのバターソテーと、カルデクスのイゼルドが農業プラントで育てた野菜を使ったミネストローネ。ティンバリスで仕入れた鳥肉は野菜サラダの彩りにとなっている。
これまでの旅の思い出を語りながら食卓を囲む4人。マリエッタは自分の知らないトワ達の旅の話に感動したり驚愕したりしながらも、和やかな食事の一時は過ぎてゆく。
「そういえば以前仕入れた食材、随分と少なくなりましたね」
「まぁ、その星独特のものは仕方ないよ。新しい星で、新しいものに出会うのも旅の醍醐味だし」
「でもダンディライアンも技術開発拠点も、食べ物なかった」
「機族は食事しませんし、古代文明の食料はちょっと遠慮したいです」
「……そういえばトワ、永久保存食はどうなったの?」
「そのまま出た。痛かった」
「ごめん、食事中に聞いた私が悪かったよ……」
やはりG17の説明通り、セレスティエルの強靱な胃腸をもってしても永久保存食は体内で消化できなかったらしい。
G17によってアルカンシェルにも永久保存食が一箱搭載されているが、もはや食品とも呼べないモノの処分方法について頭を悩ませたアイリスは、グラビティキャノンを搭載して永久保存食を弾にするということを一瞬考え……頭を振った。
[19:30]
「どうしてアイリスさんとマリエッタも一緒なのですかっ!」
「いいじゃない、一度に済ませた方が光熱費安く付くし」
「それ、惑星上のお風呂の話ですよね!?アルカンシェルのお風呂は24時間入浴可能になってますし、そもそもフォトンエネルギーを自前で生成できますから光熱費関係ないですよね!?」
アリサはトワと二人きりの入浴を希望していたが、結果的に全員で入浴する事になったらしい。
口では不満を述べるアリサだが、その表情は柔らかい。アリサにとってトワは想い人ではあるが、同時にアイリスやマリエッタも大事な存在であったから。
とは言え、せっかくの入浴タイムを逃すアリサではない。アイリスとマリエッタが風呂から上がったあともトワと二人で風呂に居座り続け、二人で長湯を楽しんだのだった。
[20:55]
長湯が過ぎてのぼせ気味になったトワとアリサがラウンジで休んでいると、マリエッタがキッチンから飛び出してきた。
「大変ですっ、フルーツ牛乳の残りがもう殆どありませんっ!」
「……そりゃ、毎日風呂上がりのたびに全員で飲んでるからねぇ……」
「トワさん、今朝も飲んでましたっ!いえ、マリエッタも飲みましたけどっ!」
マリエッタがリンデールで積み込んだフルーツ牛乳は1ケースだけだったこともあり、あっという間に在庫が尽きてしまったらしい。
そもそも牛乳はそう日持ちする食品ではないし、冷凍保存すると風味が落ちてしまう。大量に仕入れても消費しきれるかどうかは定かではない以上食品ロスは避けたい。
しかし……風呂上がりにフルーツ牛乳が無いのは死活問題だ。それ故に、次の寄港地では間違いなくフルーツ牛乳を仕入れようとマリエッタは固く決意した。
「いや、毎回飲まなくてもいいと思うんだけど」
「じゃあ、アイリスさんの分は無しですっ!」
「えっ、私だけ無しって、それはさすがに酷くない?」
「なら、次の寄港地はフルーツ牛乳が美味しい星を希望しますっ!」
「……そんな情報、アルカンシェルのデータベースにあったかな……」
フルーツ牛乳が美味しい星、と聞いてトワの目が輝いたが、残念ながらアルカンシェルのデータベースにはフルーツ牛乳の味までは記録されていなかった。
[22:00]
トワ達が話し合って決めたアルカンシェルでの生活ルールにおいて「消灯時間」は22時だ。
もちろん航宙船であるアルカンシェルの船内照明自体が消灯される訳ではないが、生活リズムを崩さないためにこの時間以降は基本的にラウンジは使わず各自私室で休むことになっている。
アリサは翌朝の朝食の準備を済ませ、早々に床に就いた。
テロマーである彼女は睡眠時間が短くとも活動に支障を来したりはしないが、孤児院を運営していたころの名残で子供を寝かしつけると自分も就寝し、翌朝に備えるという生活習慣が身についていたのだ。
マリエッタは元々規則正しい生活を行っていたし、消灯時間と言う概念は施設暮らしの長かった彼女にとっては当たり前のルールだった。
施設での生活は相部屋だったので夜更かしは禁物だったが、アルカンシェルでは個室が割り当てられている。
なので、最初は夜更かしの自由を謳歌していたマリエッタだったが、他の3人と違い普通の人間であるマリエッタは睡眠時間を削ると翌日のパフォーマンスが劇的に低下する。
それ故に、賢明なマリエッタは夜更かしは自分のためにならないことを理解し……消灯後は速やかに就寝することにした。
アイリスは午前中に取り組んでいた仕事が少し残っていたので私室で残務処理を行ってから眠ることにした。
彼女もまた人間だった頃のライフサイクルが習慣として残っていたため、日付が代わる前には床に就く。
トワは……元々自由人である上に故郷の星でも夜型人間だったので、夜更かしはお手のものだ。
今日も薄暗い室内で机に向かい、作業を行っている。今トワが熱中しているのはG17からもらった「失敗作」の改良だ。机の上には小ぶりな「失敗作」がいくつか転がっている。
その大半はフレンドリファイヤのような愚にも付かないガラクタだが、トワにとっては格好の玩具だった。
「インターなんとかターだっけ、これ」
名前もうろ覚えなそれは、電子頭脳を持つ相手を妨害する機能を持つ刺突武器だとG17は言っていた。
アイリスは機械を相手にした接近戦用装備、しかも装甲を貫通しないと効果が出ない武器とか、開発者は頭がおかしいんじゃないかと酷評したし、アリサはそもそも現代のドローンはC3制御で電子頭脳を持たないため効果が無いと呆れていた。
だが、トワは相手の制御に干渉するというコンセプトに心引かれるものを感じていたのだ。
「ザ・イゼン教授みたいに相手を論破して動けなくする。格好いい」
ただ相手を叩きのめすのではなくB級ホロムービーの主役のように「理論」で制圧するというコンセプトは、ホロムービーに影響を受けた今日のトワには魅力的なテーマだったのだ。
もっとも、ブリギッタのような重装ドローンを相手に「インターなんとかター」は歯が立たないのは自明の理なので、論破以前の話ではあったが。
「なんとかターの先っちょ、フレンドリファイヤのシリンジに似てる?金型流用?」
ああでもない、こうでもない。様々な組み合わせやアイデアを想像し、試行錯誤しながらトワの夜は更けてゆく。
[04:30]
灯りを付けたまま、机に突っ伏したトワは寝落ちしていた。
机に上に投げ出されていた失敗作の部品が頬に刺さっているが、あいにくとトワは電子頭脳搭載ではないのでプログラムの書き換え機能は発動しない。
だが、夢の中でトワはインターなんとかターを手に、強大な敵と対峙し……そして、「理論の勝利」を確かにつかみ取っていた。
[05:29]
まもなくアリサが目覚め、航宙船アルカンシェルの一日が静かに幕を開ける。
漆黒の宇宙に朝や夜という概念は存在しない。だが、彼女たちにとってそれは確かに「新しい朝」だった。
アルカンシェルの船窓には何処かの恒星からの光が仄かに差し込んでいる。
無数の星々が瞬くその先に、まだ見ぬ世界が待っている。
そして今日もまた、少女たちは自らの物語を紡いでいくのだった。




