#10
>>Alyssa
トワ様達がトンデモアイテムの解説を楽しそうに聞いているのを横目で見ながら、私は独り施設の奥へ足を進めました。
私が探しているのは先ほどG17が口にした、諜報部が破壊したという「開発ラボのストレージ」です。
展示スペースの先が開発ラボになっているようですが……十字路がいくつかある複雑な構造で、ぱっと見でどこがストレージルームになっているのかは判りません。
いくつか扉を開き、中を改め……そして、ある通路の奥にある扉が開いたままになってる事に気付きました。
その部屋に入ると、さらに奥への扉。リュミエールの扉と同じようにコンソールが破壊されています。そして室内には爆破の痕跡があることに気付きました。
どうみても短時間で迷わずに発見できる場所ではないですよね、これ。
自由に施設内を歩き回れる許可がある私達と違い、諜報部の連中は不法侵入者として追われ、攻撃されながらの探索だったはず。なのに的確にストレージを破壊している状況はあきらかに不自然です。
そう思いながら私は踵を返し、展示スペースへと戻りました。
展示スペースに戻った途端、トワ様の物騒な言葉が聞こえました。
「完全栄養食は食べる。フレンドリーファイヤはアリサが怪我をしたときに撃つ」
フレンドリファイヤと言えば先ほどG17が言っていた、救護の振りをして味方を暗殺する銃だったはず。さすがにそれで撃たれるのはご容赦頂きたいです。
その後、マリエッタが巨大な外骨格ユニットを貰い受けることになったという話を聞き、少し唖然としましたが……それよりもG17に確認したいことがありました。
「G17、あなたの正式名称はグリーフ17型で間違いないですか?」
『はい。どうしてその名をご存じなのですか?』
「トワ様に聞いたからです。ところであなた、グリーフの名を外部の人間に名乗りましたか?」
『いいえ。私は来訪者や敵対勢力に対してその名を名乗ったことはありません』
「……そうですか、わかりました」
どうやら、私の懸念は正しかったようです。
「どうしたの、アリサ?」
「実はこの奥で開発ラボのストレージルームを見てきました」
「諜報部に破壊された……ってやつ?」
「はい。非常にわかりにくい所にありました。ゆっくり見て回れるなら見つけられますが……」
「……警報音が鳴り響く中、逃げ回りながらだと見つけられない?」
さすがアイリスさん。私が言いたい事を理解してくれているようです。
「はい。そして先ほどのグリーフの名前の件も」
「言いたい事は概ね判ったよ。スゥ局長はグリーフの名前を諜報部から聞いたわけじゃない。そして諜報部はここの構造をある程度把握していた。少なくとも、外部のアクセスパネルのうち侵入に適した場所がどれで、そしてどこにストレージルームがあるか、ってことは」
そういうことです。つまりメラニーはグリーフの名をあらかじめ知っていた上に、この施設の構造も把握していた。
彼女がオリジンスターにまつわる情報を隠蔽して回っていることはほぼ確実でしたが、その手がこの施設にも及んでいた。そして、彼女はここにオリジンスターにまつわる情報が眠っていることをあらかじめ知っていた……ということでしょう。
なら、ここで得られる情報は限定的だと思いますが……せっかく話を聞ける相手がいるのですから、聞けるだけ聞いておくことにします。
「G17、オリジンスターにまつわる情報はありますか?」
『どのような情報をご希望ですか?』
「オリジンスターがどこにあるかは判りますか?」
『申し訳ありません。スターチャートのデータが破損しており、現星域以外の情報が喪失しています』
「……やはりオリジンスターはこの星域に無いということですか?」
『破損データからの推測ですが、89.6%の確率でオリジンスターの位置はスターゲートを超えた先です』
その答えはヨーコからも聞いていたものでしたから、あまり驚きはありませんでした。ですがこの話を初めて聞いたであろうマリエッタは目を丸くしていました。
ええ、伝説の星であるオリジンスターが私達の星域に無いというのは異端の考えでしょうからね。
「ではツクヨミという名の由来は判りますか?」
次に私が問うたのは、オリジンスターと関係があると推測される、神剣ツクヨミの名についてでした。まずはかつてアイリスさんがアルカンシェルのデータベースで調べてくれたことを確認の意味でG17にも問うてみます。
予想通り、帰ってきた回答は前回と同じでした。ツクヨミとはオリジンスターの伝わる月神の名前であるということ。そして、再び語られるツクヨミとアマテラスを産み出した、神を産む神の神話。
「神様を産む神様……そんな存在、本当に実在しているのでしょうか……」
『はい、神を産む神は実在しています』
「え?実在するのですか?一体、どこに……?」
『お求めの情報を表示します』
私が何気なく呟いた言葉に、G17が平然と応えました。
あっけにとられていた私の前にホロディスプレイが展開し、いくつかの情報が表示されてゆきます。
[Target -Yomotsu-Hirasaka- Coordinate.]
[S-9105411.486, D-2043792.331, A-707480.002]
「ヨモツ……ヒラサカ?そこに神産みの神がいると?」
『はい。私のデータではそこに「イザナミ」が存在していると記録されています』
G17が表示した宙域座標は明らかに私達がいる宙域のものとは大きく違う数字でした。概算で……25,000……いえ26,000パーセクほど先でしょうか。
おそらくこの座標は私達のいるペルセウス腕ではなく、オリオン腕のもので、そこはジャンプ航法でもたどり着く事が困難な遙か彼方です。イザナミという神産みの神が存在するその星が、オリジンスターなのでしょうか?
「座標的にオリオン腕ですよね?このヨモツヒラサカと言う星がオリジンスターなのですか?」
『破損データからの推測ですが、その確率は11.2%です』
「その数値の根拠は?」
『残存データ中ではヨモツヒラサカは「神産みの地」に関する記述しか存在しません』
「つまり、神が生まれた地であり、人が生まれた地ではない……と?」
『そう推測します』
G17の言葉の意味を私が咀嚼している間に、トワ様が何気ない様子で声を上げられました。
「スターゲートって通れる?」
『「鍵」を持つ者であれば通行可能です』
「鍵、閉まってるの?」
『質問内容が不明です。推測回答・「鍵」を持つ航宙船の通過後、およそ3650時間で起動状態が解除されます
G17は「鍵」と言いますが、通行パスのようなものなのでしょうか。
それにしても、通行パスを持った人間が通った後も5ヶ月間は開きっぱなしとか、セキュリティガバガバじゃないですか。私がそんな事を考えていると、トワ様が私達の方を向いて深刻そうな声で言われました。
「アイリス。アリサ。それに……マリエッタも」
「どうしたの、改まって?さっき食べた完全保存食のせいで気分でも悪くなった?」
「私……帰らないといけない」
「……!!」
トワ様の言葉に、気軽そうな様子で応えていたアイリスさんの表情が一気に固まりました。
帰る……というと、アルカンシェルに用事でも出来たのでしょうか?
ですがアイリスさんの様子から察するに、そういう次元の話では無さそうです。
「トワ、もしかして……」
「うん。G17の話を聞いてたら、そう思った。私はスターゲートの向こうへ帰らないといけない」
「トワ様……?それは、どういう……?」
私もマリエッタも、トワ様の言葉の意味がわかりませんでした。私達二人の様子を見て、アイリスさんが沈んだ顔でトワ様の旅立ちの理由を話してくださいました。
曰く、トワ様は幼い頃から常に「帰らないといけない」という強迫観念の様なものに支配されていたそうです。
故郷の星を離れ、星々の世界を旅することで帰郷脅迫観念とでも言うべきものは薄れていったようですが……G17にスターゲートの話を聞いたことで、再びその意識が戻ってきた、と。
おそらくその想いの根源はトワ様がセレスティエルである事に関係していると思われますが……。
「ですが、セレスティエルを産み出す装置はアヴァローンにありました。あそこがトワ様の故郷では……?それにアイリスさんには、その帰郷強迫観念は無いのですか?」
「私は、特にないかな。むしろトワが行くならついて行かないといけないとは思うけど」
「それは、『絆』の強迫観念ですよね。となると、やはりトワ様の本質が呼んでいる……と?」
「判らないけど、セレスティエルを産み出す機械があそこにしかないと決まった訳じゃないからね。もしかしたら『神産み』っていうのと関係あるのかも」
確かにセレスティエルやテロマーが持つ力は普通の人間から見れば「神」にも等しいものでしょう。
もっとも私達は自分達が神だなどと思い上がったことを考えた事はありませんが……ですが、トワ様を突き動かす想いと「神産み」には関連があるようにも思えます。
「私は帰らないといけない。だから、独りで――」
「スターゲートの向こうか……どんな所なんだろうね」
「人類、生きているでしょうか」
「向こうから誰も来ないところをみると、ちょっと期待薄だよね。なら、万全の準備を整えていかないと」
「船倉いっぱいに食料を積んでおきましょうか。浄化フィルターがあればいざというときは風呂の水も生活用水に使えますし」
「……アイリス。アリサ。私、独りで――」
トワ様は単身スターゲートの彼方へ赴くと主張されますが、私もアイリスさんもあえてその言葉は聞こえないふりをして、スターゲートを超える算段について話し合いました。
「どうして?帰って来れないかもしれない」
「今さらではないですか。第一、トワ様おひとりだと。またぼーっと旅になりますよ?」
「私達は永遠に一緒、でしょ?それにスターゲートの向こうがどうなってるか、興味あるし」
「わたしも興味ありますっ!」
「マリエッタ、あなたはダメよ?」
トワ様の旅への同行を当たり前の様に考えていた私とアイリスさんですが、アイリスさんとしてはマリエッタを巻き込む気にはなれないようです。
付き合いの浅さが理由というよりも……年若く、人間の身であるマリエッタの事を純粋に案じておられるのでしょうね。
「アイリスママ、ひどいですっ!これは育児放棄ですよねっ!?」
「いや、私が育児する訳じゃ……」
「養子にしてすぐ放置とか、ネグレクト以外のなにものでもありませんっ!マリエッタは厳重に抗議すると共に、補償として旅への同行を求めますっ!」
「アイリスさん、マリエッタの方が一枚上手のようですよ?」
「まったく、この子は……。帰って来れないかもしれないのよ?」
「わたしの大切なものは全部アルカンシェルさんに積まれてますからっ!」
笑顔でそういうマリエッタに、アイリスさんは仕方ないと呟くとマリエッタの頭を優しく撫でました。
ええ、孤児であるマリエッタにとっての居場所はもはやアルカンシェルだけなのですから。後は……トワ様ですね。
「どうして?」
「トワ?みんなあなたのことが大事なのよ。独りで放り出すなんて出来ないぐらいにね」
「でも」
「トワ様?独りでは無理な事でも、私達姉妹が揃えばなんとかなると思えませんか?」
「わたしも!義理の姪としてお役に立ちますっ!」
「……わかった。ありがとう」
トワ様はあくまでも抗弁されようとしましたが、私達3人の決意が固い事を知って、ついに諦められたようです。
あとは……スターゲートを通るための「鍵」とやらがどこにあるか、ですね。
少なくともギルドにはスターゲートが稼働したという記録はありません。つまり「鍵」とやらは、現代では失伝した存在で、そもそも存在自体が危ぶまれるような希少なものなのでしょう。
おそらく「鍵」の探索は長く苦しいものになります。
古代文明の遺跡を巡り、時は危険な原生生物や放浪機と戦いながら『鍵』を求める冒険の旅……とても刺激的ではないですか。
私が長い探索の道のりへと想いを馳せていると、トワ様がG17に確認を行っていました。
「G17。『鍵』はどこにある?」
『ここにあります。正確には、既にお持ちですよ』
「……どういうこと?」
『HF-PX00Aは特務艦ですから『鍵』である特権コードを送信できる重力通信システムを標準装備しています』
……私達の「鍵」を探し求める探索の旅は、始まる前に終わってしまったようです。




