#6
>>Iris
『この施設への民間人の立ち入りは禁止されています。確認プロトコルA103項目Cに従い、身元の確認を行います。扉横のスキャンパネルに手をかざしてください』
施設の入場用ゲートらしき所へたどり着いた私達に、G17が語りかけてきた。
なんというか、杓子定規というか、お役所的というか、そんな印象を受ける言葉だ。
「G15と同じ台詞。お約束?」
『はい。定型フォーマットによるアナウンスです。扉横のスキャンパネルに手をかざしてください』
「わかった」
トワはそう言うとさっさとスキャンパネルに手をかざしている。赤い走査線が小さな手を左右にスキャンし、やがてスキャンパネル上部のインジケーターが青に点灯した。
『スキャン完了。ようこそ、セレスティエル。我々は貴方の帰還を歓迎いたします』
「それもお約束?」
『はい、そうです』
なんとなくだけど、機械的なG17の声に微かな笑いが含まれているような気がした。
G17は既に私達のバイオメトリックス情報を入手している訳だし、あえて定番フォーマットの入場確認を行うのはG17なりのユーモアなのかもしれない。
そんな事を考えながらトワの次に私、その次にアリサが認証を行い……私も、アリサも、帰還を歓迎された。そして最後に残ったのはマリエッタだ。
『この施設への民間人の立ち入りは禁止されています。確認プロトコルA103項目Cに従い、身元の確認を行います。扉横のスキャンパネルに手をかざしてください』
「は、はいっ!よろしくお願いしますっ!」
G17のアナウンスに何故か一礼してからマリエッタはスキャンパネルに手をかざす。赤い走査線が小さな手を左右にスキャンし、やがてスキャンパネル上部のインジケーターが……赤く点滅した?
『スキャンエラー。侵入者発見。直ちに警戒態勢へ移行します。ビービービービー』
「はひぃ!?ア、アイリスさんっ、わたし、侵入者って……け、消されちゃいますっ!?」
「……G17、マリエッタを脅さないでって言ったよね?」
『軽い人工知性体ジョークです』
G17が本気ではなかったことは警戒音がブザーではなく、G17自身の声で「ビービー」言ってただけな時点で判っていたけど、これまでと違う反応にマリエッタは怯えて涙目になっている。
これが私やアリサ相手ならお茶目な相手だと笑って済ませるところだけど、マリエッタ相手にこれはちょっと許せないよね。
「次、やったら……私も敵対者になるかもよ?やめてね?」
『指示、受諾』
「さっきも同じ事言ったよね?次はないよ?」
二度目の念押しに返事は還ってこなかったけど、G17の声にはややふてくされたような色が混じっていたように思えた。そして、G17は無言のままゲートを開く。
「あ、あのっ……マリエッタ、入っても消されませんよねっ?」
「大丈夫。たぶん」
「たぶんってなんですかぁ!トワさん、ちゃんと安全だって保証してくださいぃ!」
「それは、無理」
「こら。トワもマリエッタを怯えさせないの」
「わかった」
真顔でふざけるトワとG17。どことなく似てる気がするのは気のせいだろうか?
もしかしたら、真面目にふざけるというのが古代文明における笑いのツボだとしたら……現代人である私達にはちょっとついて行けないと思ったりもした。
施設の中はややくたびれた印象のあった外部と違い、清潔で綺麗な環境が保たれていた。
だが、壁も廊下も照明さえも……どことなく無機質で違和感を感じる。建物の中というよりは航宙船の中にいるような感覚だった。
「アイリスさん、あの照明……C3じゃないですっ!」
「ほんとだ……」
「G15のところもそうだった」
「タカマガハラの地底都市を照らしていた照明に似ていますね。G17、これはどのような照明ですか?」
『これは半導体素子を用いた高密度LED照明です』
「LED……聞いたことのない光源ですが、古代文明では一般的なものなのですか?」
『質問内容が不明ですが、現在の文明における標準的な照明は全てLEDです』
アリサの問いに答えるG17の回答から察するに、どうやら私達が使っているC3照明とは異なる機材によるものらしい。明るさは格段に上だけど、光が硬質的というか直視すると目に悪そうな印象がある。
古代の人達はこんな光で生活していたんだろうか。私が未知の照明について思いを馳せていると、トワは違うことに感心していた。
「G17、すごい。G15なら『質問内容が不明』で終わってた」
『お褒めにあずかり光栄です、セレスティエル。質問意図が不明な場合、G16モデルから関連する回答を提示する機能が与えられています』
「それG15の対応が不評だった?」
『はい。不出来な姉です』
不出来な姉と言う言葉を耳にして、ちょっとイラっとしたけどそれは許されるよね?
姉より優れた妹など存在しない……なんていう台詞が一瞬脳裏をよぎったけど、私の妹は可愛らしさと調律能力では私より遙かに優れてるし。
そんなことを思っているうちに通路は少し開けたホールに出た。壁面に3つの大きな扉があり……左右の二つは開いたままになっている。
そして、閉じたままの中央の扉には2と記されている。
「ここは?」
『当施設の主要開発装備であるリュミエールの保管区域です。あなた方にお見せしたかったものは、これです』
G17の言葉に私達は開いた扉の内部を覗き込む。だが、どちらも小型艇を停泊するドックのようだけど、何も停泊されていない。
と言うか奥側には壁が無く宇宙空間が見えていたので一瞬吸い出されないかと身構えてしまった。いや、最初から開いたままだから空気の流出とかは無いんだろうけど……でも、精神衛生上よろしくない光景だ。
なら残る2と記された扉は、と思ったけどこちらはコンソールパネルが破壊されていて開くことが出来なかった。
改めて確認すると、開いている二つの扉のうち片方もコンソールが破壊されているようだ。もしかして……
「G17、開いた扉の先は空だし、2って書いてる扉は開かないよ?」
『申し訳ありません。敵対勢力の侵入により開閉機構が破壊されました』
もしかしなくても、やはり諜報部の連中の仕業だったようだ。こんな主要区画にまで侵入されてるとは……諜報部の腕が良かったのか、G17の防衛体制が甘かったのか。
まぁ、クローキングデバイスとやらで秘匿されてる施設だから、外回りはともかくとして施設内部には侵入者撃退用の設備はあまり配備されてなかったのかもしれないけど。
「どうやって開けるの?修理用のドローンとか派遣してくれるの?」
『申し訳ありません。施設内メンテナンスシステムの一部が破損しており、清掃用ドローン以外の稼働が不可能です』
「ダメダメじゃない」
『ですが、侵入者の死体は適切に回収・処理を行っています』
回収、処理と聞いて一瞬背筋が冷たくなった。
施設外部で亡くなっていた連中は放置されていたけど、内部で亡くなった場合は……あまり考えたくない方法で、冷淡に処理されたんだろうか。
「で、どうしたらいいの?ブラスターで扉を破壊してもいいの?」
『施設に対する破壊工作が行われた場合、セレスティエルであっても敵対者と認識されます』
「修理もできない、こじ開けることもできないとなったら手詰まりじゃない」
私が投げやりな気分で思わずそうこぼしたときだった。横合いで話を聞いていたマリエッタが、小さく手を上げて声を発した。
「あ、あのっ……壊れてないコンソールを取り外して、2番に移植するのはどうですかっ……?わたし、できると思いますぅ」
「それは良さそうな提案だけど、破壊工作と見なされない?」
『事前申告の上であれば補修作業として認識可能です。ですがあなたに可能ですか?』
「わ、わかりませんっ。でも、チャレンジしてもこれ以上悪くはならないかと思いますっ」
『提案内容を検討……妥当と判断します』
G17は提案を行ったのがマリエッタだというのが気に入らないのか、少し不機嫌そうな声色でそう言った。
でもまぁマリエッタが言う様にこれ以上悪くはならないだろう。なにせ無傷のコンソールが付いている扉は開いている上に中身は空っぽ。閉じた扉はコンソールを直せなければどのみち開かないのだから。
「じゃあ、マリエッタ。お願いできる?」
「はいっ!」
「がんばれマリエッタ」
あまりやる気の感じられないトワの声援を受けて、マリエッタはコンソールに向かった。
あれ?そういえばこのホールに入ってからアリサの声を聞いてない気がする。そんな事を思いながら周囲を見回すと、奥の通路からアリサが顔を覗かせた。
「アイリスさん、トワ様。こっちにも色々とありますよ」
どうやら独りで先の様子を見に行っていたようだ。通路の先に何があるか、気にはなるが……マリエッタを置いていくわけにもいかない。私はアリサに声を掛けた。
「アリサ、マリエッタがコンソールの修理する事になった。置いていけないから先へ進むのは少し待ってくれる?」
「了解しました。マリエッタ、大丈夫ですか?」
「はいっ、破損した2番の取り外し完了しました……わっ、中こんな感じになってるんですね……見たことない部品がいっぱいです!じゃあ、次にこっち……3番かな?コンソール外しますっ!」
古代文明の施設だから、私達の使っているフォトンやC3を使った機器とは勝手が違うのだろう。でも、マリエッタは手際よく作業を進めているように見える。
この子は凄腕のハッカーだと聞いているけど、ソフトウェアだけでなくハードウェアの扱いにも適性があるんだろうか?
そう思っている間にマリエッタは隣、おそらく3番のコンソールを慎重に解体しはじめた。
2番のコンソールを裏返して、配線やコネクタの位置を確認しているのは私にも判る。配線が一本ずつ個別に並べられているのは接続順序を再現するためだろう。
「んー、この端子だけ上下ひっくり返しても同じ形ですね……。内部の配線も色分けされてないし……。これ、アーキテクチャ的に、どっち向きで刺してもOKなやつかな……?」
そう言いながらマリエッタは3番のコンソールを2番の扉に接続していく。
そして最後のコネクタを接続し、コンソールを壁面に収納すると……コンソールの表面に光が点灯した。
『生体スキャナー接続を確認。確認プロトコルA103項目Cに従い、身元の確認を行います。扉横のスキャンパネルに手をかざしてください』
G17の音声に、マリエッタが一瞬私の方を見る。私は微笑むと、頷いて見せた。
マリエッタはおずおずと自分の手をスキャナーにかざし……赤い走査線が彼女手をスキャンする。
『スキャン完了。エンンジニア・マリエッタと確認。扉を開放します』
G17がそう言うと、重々しい音を立てて2番の扉がゆっくりと左右に開き始めた。
「G17?」
『はい。なんでしょうか、セレスティエル・アイリス』
「私の秘書、優秀でしょ?」
『質問内容が不明です。ですが対象マリエッタは秘書ではなくエンジニアとして再登録されました』
照れ隠しなのだろうか。ちょっとぶっきらぼうな口調でG17はそう言うけど……まぁ、マリエッタの事を認めてくれたって事なんだろうな。




