#4
>>Iris
通信を入れてきた人工知性体G17……トワが以前言っていた言葉を元に考えれば「グリーフ17型」だろうけど、その知性体は明らかにギルドを敵視している。
それがどのような理由なのかと思案しながらアルカンシェルの着陸プロセスを見守っていると、岩塊である小惑星上に見える建造物の前に2隻の航宙船が停泊しているのが目に入った。
私達以外に先客がいる……!?しかもその航宙船はアルカンシェルのような古代文明の船ではなく、明らかに亜光速航行用のレゾナンスドライブを装備した船、すなわち私達の文明の船だ。
一隻は恒星間航行をギリギリ行えるサイズの小型貨物艇。もう一隻は……比較的大型の調査船だろうか?
「アリサ、あれ」
「ええ……先客ですね。これは、少しきな臭い感じがします」
「墜落じゃなくて、着陸してる」
私の言葉にアリサとトワが答えた。確かに二隻とも横転したりせずにちゃんと天地を保った状態で着地している。
もっともランディングギアのない航宙船だから、座礁とか胴体着陸とか言った方が良いのかもしれないけど。
『アテンション。G17よりHF-PX00A乗員のみなさんへ』
「G17、さっきから気になってたんだけどそのHF-PX00Aっていうのは何?アルカンシェルのこと?」
『はい。HF-PX00Aは貴艦の型式番号です』
「知らなかった」
オーナーであるトワすら知らない識別コードを知っているあたり、確かにここは古代文明の施設なのだろう。
おっと、余計な質問をしてG17のアナウンスを中断させてしまった。
「G17、ごめん。続けて」
『発着ポートへ着陸後、乗員の皆さんは降船してください。船体はドックへ格納し、申告のあったグラビティドライブの点検修理、および艦全体の整備を行います』
「私達はどうしたらいい?」
『地上施設でいくつかお見せしたいものがあります。なお衛星上は全域に1Gの重力と酸素が供給されていますのでコスモスーツは不要です』
「わかった」
トワはあっさりと納得したけど……まさかこの小惑星全体に人工重力とエアフィールドが?
俄には信じがたい話に、私は思わずトワの方を見つめてしまう。
「G15の星もそうだった」
「そう……なんだ。すごいね、古代文明」
『お褒めにあずかり光栄です、セレスティエル・アイリス』
褒め言葉にもちゃんと反応するとは、トワが言っていた融通の利かないG15とはかなり印象が違う。
バージョンが二つ上がって、より自然に会話が出来るようになっているという事なんだろうか?その割にはマリエッタへの当たりは何故か強いみたいだけど。
「マリエッタ?」
「は、はい……」
「ここにいる間、私の側を離れないようにね」
「はいっ」
捕縛だ拷問だと言われて不安げな顔をしている秘書官に思わず私はそう声を掛けていた。
うん、この子は私の養子だしね。
「ところでG17、あの2隻の航宙船はなんですか?施設内に誰かいるのですか?」
『小型の船は客人のものです。もう1隻は敵性勢力のものです。どちらもすでにこ既に当施設を去っており、生存者はおりません』
アリサの問いに答えるG17。……でも今、生存者って言ったよね。つまり、敵性勢力の方は武力排除した可能性があるってことか。
複数の船で船団を組んでいたのでもなければ航宙船を残して逃げることは出来ないだろうから、全滅という言葉が脳裏をよぎる。
……思ったよりもここは危険な場所なのかもしれない。
そう思っているうちに、アルカンシェルは小惑星上に作られた発着ポートへと着陸した。
「アイリスさん、外気チェック完了っ。確かに空気が存在していますっ。あと、重力もっ!」
『疑義確認。敵性……マリエッタ』
「ひぇぇぇ……疑ってごめんなさいぃ……!」
「G17、うちの秘書官を脅すのやめてくれない?この子、まだ未成年で私の庇護下にあるんだから」
『指示、受諾』
ちょっとだけG17の事が判った気がする。この知性体……ええい、面倒くさい、もう人呼ばわりでいいだろう。この人、不満がある時は機械的な応答するクセがあるよね。
つまり話し方を聞いていると機嫌の善し悪しがわかる、と。どうしてそういう要らないところだけ人間ぽいのだろうか。
「アイリス、行こう。あの船を先に調べる」
「トワさん、ちょっと待ってくださいぃ!」
トワはそのまま出て行こうとするけど、G17の対応を見ていると、武装していった方が良いような気がした。アリサも私の方を見て軽く頷いている。
たぶんこの子も同じ考えなんだろう。こんな相手の懐で戦闘になるとか、願い下げだけど……。
船外に降り立つと、本来空気がないはずの小惑星にちゃんと呼吸可能な空気が満ちていた。大気圏のようなものが存在する形跡はなく、純粋に力場で空気を逃がさないようにしているのだろう。
空を見上げると……当然そこは「空」ではなく宇宙そのもので、まるでEVAしている時のような光景だった。
いや、本来であれば小惑星上にヒトが立っている状態はEVA以外の何物でもなく、コスモスーツも着ずに普段着で岩塊の上を歩けるほうが余程おかしいんだけど。
アリサもマリエッタも、あまりにも異様な環境に戸惑いを隠せない様子だが、トワだけは平然としている。
こういった場面でのこの子の図太さはには感心するけど……今回の場合は経験済みという部分も大きいんだろうな。そう思っていると、トワは手近な航宙船……大きめの調査船に近づいていった。
「トワ、いきなり近づいたら危ないよ!」
「大丈夫。それよりアイリス」
うん、無線機を使わなくてもちゃんと声が届く。私が音波の伝達状況に納得していると、トワがとんでもないことを言った。
「この船、ギルドの船」
「えっ?」
「ここ、ギルドのエンブレムがついてる」
トワの言葉に私達は慌ててトワの側へと移動した。普通に走れる違和感を感じたけど、それよりもトワが指差す航宙船の側面に記された、黒水晶を象ったエンブレム……私達が所属しているモーリオンギルドの紋章への驚きの方が圧倒的に大きかった。
「この船、G17が敵性勢力の船って言ってたよね?」
「言ってた。でも、ギルドの船」
「ギルドの船だから敵対勢力なのか、ここへ来て敵対勢力になったのか……」
アリサがそう呟く声が聞こえたが、私には後者であるようにしか思えなかった。
アリサはその後、航宙船のエアロックを開放しようと試みたが、ギルドの標準コードや管理官専用の特権コードを入力しても扉は開かないようだった。
「何ですか、これ。私船ならともかく、ギルドのエンブレムを掲げている公船なのに管理官の特権コードで扉が開かないなんて……」
「きな臭いにも程があるね」
「じゃあ、ここはマリエッタにおまかせですっ!わたし、ドアロック解除しますっ!」
「マリエッタ?開けられるの?」
「はいっ、少しお時間頂ければっ!」
マリエッタはそう言うと情報端末を取り出し、ドアのロックパネルに手際よく接続した。
しばらくするとマリエッタは悪い笑みを浮かべると言った。
「ふふーん、こんなコードじゃダメダメですよっ!」
マリエッタがそう言うと同時に航宙船のドアが音も無く開いた。
そういえばこの子凄腕のハッカーだっけ。いや、本当に有能だよね、私の専属秘書官。そして、それよりも気になるのはこの船の正体だ。
「マリエッタ、この船のロックはどうなってた?」
「はい、これ諜報部の船ですねっ。でも暗号形式が古いです……たぶん150年以上前の旧式暗号でしたから、余裕で解除できましたっ」
「暗号が古い……?ということは、船そのものが古い?」
「はいっ、諜報部はいつも機材に最新のものを使いますからっ!」
「……ん?ちょっと待って。今諜報部って言った?」
「はいっ。スパイとか破壊工作とかする部門ですっ」
さらっと言ってのけるマリエッタ。ギルドにそんな部門があるなんて初耳なんだけど。
私は思わずぎょっとしてアリサを見る。すると彼女は……げんなりした表情で首を振っていた。
「あるの?」
「メラニー直属の秘匿部署だそうです。本人が言ってました」
「マリエッタも知ってたの?」
「はいっ!ギルドネットで秘密の活動記録見たことありますっ!真っ黒くろすけですよ、諜報部って!」
後ろ暗い任務に携わる部署の船が、古代文明の遺跡に停泊していて、その施設を管理する知性体に敵性組織認定されている。
なんとなく、何があったか判った様な気がした。
そして、どうしてそんな後ろ暗い活動記録がギルドネットに置いてあるんだろうか。セキュリティを掛けているにしても、実際にマリエッタに筒抜けになってるじゃない。
ギルドの機密管理体制に一抹の疑念を抱いていると、トワが声を掛けてきた。
「中、見ないの?」
「トワ様、ちょっと待ってください。メラニーの配下が使っている船なら内部にトラップが仕掛けてある可能性があります」
「……ああ、ありそうすぎて納得だね。自爆装置とか付いてても驚かないよ、私は」
「なので、ここは私が」
そう言うとアリサは慎重に内部の様子を伺うが……単純なトラップ解除と違って、内蔵式のセンサーとかはさすがになんとも出来ないんじゃないだろうか。
どうしたものかと悩んでいるとマリエッタが気軽な様子でアリサに声を掛けていた。
「アリサさん、この船は既にマリエッタが掌握しましたっ!ドアを開けるついでに、自爆装置も対人トラップも警戒アラートも全部解除済みですっ!あと航法ログとミッションデータもちゃんとも手に入れておきましたっ!」
「いや、有能すぎでしょう、マリエッタ……。アイリスさん、私の秘書官と交換しませんか?」
「ごめん、この子は私の養子だから」
「うひゃぁ、お二人に取り合いされますぅ!」
私達がそんなことを言っている間にトワが無造作に船内に入っていった。いや、確かにマリエッタは船を掌握したと言ったけど、ちょっと不用心すぎじゃないかな、うちの妹は。
船内からはトワが歩く音しか聞こえないので、特に問題は無いようだけど。
私もトワに続いて船内に足を踏み入れる。
内部の配置は……たしかギルドの標準探査船と同じだ。先に進んだトワがいくつかの扉を開いては中を覗き込んでいるが、すぐに次の部屋へ向かうところを見ると、中に見るべきものはないのだろう。
私も一部屋覗いてみたけど……殺風景な部屋に作り付けのクルーレストが付いているだけだった。
「この感じだと乗員は最大で12名といった所でしょうか」
「スリーマンセルが4つだね。戦闘部隊としては少ないけど、諜報ユニットとしては結構大所帯じゃない?」
つまり、諜報部の部隊は戦闘をしに来た訳じゃない。
けど、情報の奪取やデータの解析、場合によっては破壊工作の人員を複数送り込んできている。つまり、本気でこの施設の持つ情報を暴き出し、奪い取ろうとしていたって事なんだろうか。
「マリエッタ、ミッションデータは展開できましたか?」
「ごめんなさいっ、サイズが大きくて携帯端末だと難しいですぅ。アルカンシェルさんに戻ったら解析できますけど……アルカンシェルさん、ドックへ行っちゃいましたよねっ」
「じゃ、それは後のお楽しみにしようか。トワ、何かあった?」
「何も。食べ物も無かった」
そう言うとトワはフラフラと航宙船を出て行った。どうやらトワは食べ物を探していたらしい。まったくこの子は……。
でも、食料以外にも酸素供給フィールドや武器なんかの重要そうな装備類はことごとく持ち去られている形跡がある。
ということはこの船の乗員の一部もしくは全員は、船に自爆装置やトラップを仕掛け、ロックを掛けた上で船を捨てて離脱したと考えて良いだろう。
「諜報畑の人間がやりそうな陰険な手ですね。他人の手に渡すぐらいなら爆破とか、性根が曲がっています」
「まぁ、そういうお仕事だからね」
「しかし、こちらがギルドの船となるともう一隻は……ヨーコが乗ってきた船でしょうね」
アリサが言う様に、テロマーであるヨーコ・ハヤマがこの小惑星を超光速船で脱出したのだとすれば、ここに船が乗り捨てられていることは理解できる。
となると、諜報部の連中も超光速船で脱出を?
G17に話を聞いてみたいけど重力波通信とやらはアルカシェルにしか搭載されていないから、今の私達にはG17とコンタクトを取る術は無い。
施設の中へ入ればコンタクトできるのかもしれないけど……。そう思っていると、トワがまた戻ってきた。
「もう一つの船、荒らされてる」
その報告に、私とアリサは顔を見合わせた。




