#3
>>Alyssa
せっかく私が謝ってあげようと思っていたにも関わらず、モルガンはダンディライアンを不在にしているようです。
なんでもダンディライアンで建造したオンブル納品の手配と調整のためにここを離れているのだとか。というかやはりここで作られていたのですね、オンブル。
ともあれ、私の用事は不発でしたがトワ様とマリエッタが希望した船内改装は無事に終わったので、私達は本来の目的地である第1037技術開発拠点へ向かって出港しました。
そして、出港から半日が経った頃に重大なトラブルが発生しました。
「いや、ここは長姉である私が……」
「いえ、万が一のことがあったらダメなので、マリエッタが最初にっ」
「私がこの船のオーナー」
「最年長の私を立ててくださっても良いのでは?」
普段は仲の良い私達ですが、今回ばかりは互いに譲り合うことができずにいました。
ええ、私達が争っているのは、新しく出来た檜風呂、その一番風呂に入る権利です!
全員が入浴セットを手に、檜風呂に近いブリッジで不毛な言い争いをしていると、私達の中央にアルカンシェルがホロディスプレイを表示してきました。
[You All Bathe Together.]
「……全員で?」
「なるほど」
「そういう手がありましたっ!」
「ではそういうことにしましょうか」
アルカンシェルはやれやれとでも言う様にホロディスプレイを明滅させ、私達は全員で仲良く一番風呂を楽しむことになりました。
開放された天測モジュールの向こうにはクリスタルガラスを通して無数の星が瞬いているのが見えます。
広がる宇宙は果てしなく静かで美しく、湯船に映り込んだ星々は幻想的な佇いで……そして檜風呂から立ち上る湯気は空調設備によって適度な濃度に維持されていました。
浴室内には檜の香りが心地よく広がり、まるで森林に包まれているかのようです。
軽く湯を浴びて体を流した私達は、並んで一斉に湯に片足を入れます。
湯面は穏やかに揺れ、温かいお湯が肌を優しく包み込んできます。
そのまま私達は湯に体をつけ……湯船から湯が溢れるのも構わずに、身を沈めました。
「ちょっと熱い」
「なに言ってるのよ、トワ。それがいいんじゃない」
「うう、マリエッタも熱いお風呂はちょっと苦手ですぅ」
「ではトワ様とマリエッタはこれから二番風呂以降ですね?」
「それはずるい」
4人で湯に浸かりながら星々を眺めていると、ここが船内だということを忘れてしまいそうになりました。
ここは確かにアルカンシェルの船内のはずですが、檜で覆われた浴室はここを温もりと安らぎを抱く静かな隠れ家に変えていました。
いや、これめちゃくちゃ良いですよね。航宙船にお風呂、それも檜風呂と聞いたときは少しだけ……ほんの少しだけトワ様の正気と常識を疑いましたけど。
これは、十分にアリです。
というより、これを反対しなかったアイリスさんの先見の明は見習わないといけませんね。今度一人で入浴する際にお酒を持ち込んでみましょう。
そんな事を思いました。
「ところでトワ?檜風呂のメンテナンス方法ちゃんと聞いてた?」
「あんまり」
「やっぱり。樹脂のバスタブと違って檜はちゃんとしたメンテナンス必要だからね?サボるとカビて色が黒ずむらしいよ」
「カビた風呂は嫌」
「なら、ちゃんとメンテナンスしなさいよ?」
「アイリスは手伝ってくれないの?」
「トワがオーナーなんでしょ?」
「お姉ちゃん、ずるい」
そういえば4人で入れるこのお風呂、結構大きいからお手入れは大変そうですね。まぁ、これだけの幸せ空間ですから、維持のためにコストが掛かるのは致し方ない事だと思いますが。
風呂上がりに冷たい果汁でも……と思ったのですが、そう言いかけた私を制してマリエッタが厨房へと走って行きました。
そして戻ってきたあの子が手に持っていたのは4本の瓶。黄色がかった乳白色の液体が入ったそれは……。
「風呂上がりと言えばやっぱりフルーツ牛乳ですっ!リンデールで売ってたので買っておきましたっ!」
「マリエッタ、好き」
「うひゃぁ、また告白されましたっ」
「どうよ、アリサ。私の秘書官は優秀でしょ?」
「フルーツ牛乳で勝ち誇られても……。いえ、確かに気は利いていますけど」
そんなことを言いながら、私達は仁王立ちで腰にて当てて――なんでもそれが伝統的な作法らしいです――フルーツ牛乳を頂きました。
いけますね、コレ。次の寄港地でも食品の仕入れリストに入れておいて良いかもしれません。
幸せ時間が過ぎ、再び宇宙の旅を経て私達はようやく第1037技術開発拠点が存在するという宙域へと到着しました。
「宙域スキャン……何も見当たりません……あれっ?」
「マリエッタ、座標は合ってる?」
「はい、アルカンシェルさんの表示座標はぴったり一致しています」
「トワ、何か判る?」
「隠蔽装置」
「クローキング……デバイス……?それ、どうやって解除するの?」
「わからない。前は引き寄せられて、墜落した」
「つ、墜落ぅ!?」
トワ様のあんまりにもあんまりな着陸方法にマリエッタが腰を抜かしてしまいました。そういえばアルカンシェルを見つけた小惑星は航宙船の墓場になっていたという話を聞きましたが……。
「アルカンシェル?着陸できるの?いえ、その前にまず本当に第1037技術開発拠点とやらはある?」
[Affirmative.]
アイリスさんの言葉にアルカンシェルはやや心外そうにメッセージを表示しました。ええ、最近この子の気持ちがなんとなくわかる様になってきましたよ、私。
[GravityWave-Communication Receiving.]
[Output as Audio.]
そんなことを言っているうちに先方から通信が入ったようです。
重力波通信?これは私達が使っているC3通信とは異なる仕組のものなのでしょうか。
『HF-PX00A Arc-En-Ciel、こちらは第1037技術開発拠点統括人工知性体G17。貴艦の来訪を歓迎します』
「G15じゃないの?」
『G15は私の2世代前のモデルです。声紋照合……セレスティエル、トワ・エンライト。あなたの訪問を歓迎します』
「いつの間に声紋データを……?」
『HF-PX00Aより入港申請時に乗員のパーソナルデータおよびバイオメトリックス情報を受信しています。セレスティエル、アイリス・ブースタリア』
「では私のことも?」
『はい、テロマー、アリサ・シノノメ』
どうやらアルカンシェルが手回し良く事前に寄港連絡や乗員の申請を行ってくれていたようです。
「じゃ、じゃあわたしもですかっ!?!」
『照合エラー』
「ひぃん!?どうしてマリエッタだけ照合されないんですかぁ~!」
『HF-PX00Aより追加データ受信。警告:当該人物の入港は許可できません』
「はひぃ!?」
なにやらマリエッタだけ入港許可が出ないようです。そういえば以前訪れた古代文明の宇宙要塞であるアヴァローンも人間禁制でしたっけ。
「G17、入港許可が下りない理由を教えて貰える?」
『該当人物は敵性組織であるモーリオンギルド所属』
「ギルドが……敵性組織ってどういうこと?」
アイリスさんの疑問ももっともです。少なくとも現在、私達の星域でギルドを敵性組織として認識している惑星や組織は存在しません。
もちろん、不満を持っている星はあるとは思いますが……それでも、C3の供給元であるギルドと関係を断つのは極めて困難だからです。
ですがG17ははっきりとモーリオンギルドを敵性組織だと断言しました。これは一体……?
「G17、私もギルドのシンガー」
『セレスティエル・トワ。あなた方はギルド所属ですが、よりプライオリティの高いセレスティエルでありテロマーです。故に入港が許可されます』
「じゃあマリエッタは?」
『敵性捕虜として捕縛・尋問を行います。管理規則により第二種の非致死性拷問までは許可されています』
「はひぃ!?わ、わたしなにもしてないですよっ!」
G17という知性体はどうやらエキセントリックな性格のようです。いきなり捕まえて拷問とか……この子が何を知ってるというのやら。
アヴァローンの一件を考えれば、古代文明の施設ではテロマーに対してかなり高い権限が与えられている可能性が高いですし、それならば……。
「G17、テロマーの一員として命じます。マリエッタの敵性認定を解除なさい」
『……指示、受諾』
「あの、G17さん……マリエッタの事、拷問したりしない……ですよねっ?」
『……お答えできません』
「アリサさん、この人ちょっと信用できませんっ!」
どうやら敵性認定は解除されたようですが、マリエッタに対する態度は冷たいままです。一体何があったというのでしょうか。
訳がわからないまま、アルカンシェルはG17の誘導に従い、見えない対象への着陸プロセスに入ります。
センサーを通じて船体が徐々に減速していくのが判りますが……と、突然船窓に小惑星とそこに建造された人工物が現れました。
「ちょっ、今いきなり現れたよね!?」
「だから、クローキングデバイス。前も離れたら急に消えた」
「一体どういう理屈なのよ……」
「興味ありますぅ……でも、わたしが聞いたら捕まっちゃうかもぉ……」
マリエッタは未知のテクノロジーに興味津々のようですが、先ほどG17に脅されたのがまだ尾を引いているのか少しおどおどしています。
まったく、こんな子を脅してどうするつもりなんですか、G17とやらは。




