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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第2部9章『ホーム・リフォーム』第1037技術開発拠点-残技の衛星
311/354

#2

>>Iris


 オズワルドさんという機族はトワが檜風呂と口にしたことで黙り込んでしまった。うん、わかるよ。データとして檜風呂の事を知っていたとしても、航宙船とは結びつかないよね。

 しばらくするとオズワルドさんは口を開いた。


「シンガー殿、申し訳ないが檜風呂は無理だ。ここに檜はない」

「ある。船倉に積んでる。船倉の端に檜風呂作って」

「それは難しい」


 やっぱり航宙船内にお風呂は無理があったか……私がそう思った時だった。オズワルドさんが頓狂なことを言い出したのは。


「961,406件の檜風呂施工データを確認したが、10平方メートル以上の大型檜風呂の92.73%は露天風呂として設置されている」

「つまり航宙船内の船倉に大きな檜風呂を設置するのは……」

「船大工として、ありえない。そこで提案がある」


 そう言うとオズワルドさんは手元の端末にアルカンシェルの船体構造を映し出した。さすがに3度目の入港だけあって船体データは把握済みということか。

 トワが指定した船倉部分が赤くハイライトされているが、オズワルドさん的にはその部分へ施工するのは「ありえない」らしい。

 そして代わりに青くハイライトが付いたのは……アルカンシェル上部、ブリッジの後方……?


「ねぇアリサ。あそこって倉庫だよね?」

「今は倉庫にしていますけど……確か元々は実験観測用ラボみたいな感じだったかと」


 トワが言うにはアルカンシェルは実験船らしいので、おそらく実験データを計測する機器類や観測機材が設置されていたのだろう。トワは早々に観測機材を降ろして物置にしていたみたいだけど。

 しかし、ここと船倉は何が違うんだろうか。


「この部位は天測用に装甲の開閉機構が設けられ、開口部には強化クリスタルの窓が配置されている。常時開放すると船体の装甲強度が低下するが、通常高校じの入浴時だけ開放すれば問題無く露天風呂として運用可能だ」

「わかった。じゃあそこで」

「即決!?」

「わぁ、アルカンシェルさんに露天風呂が出来るんですかっ!?」


 オズワルドさんの良くわからないこだわりにトワが即答し、マリエッタが喜んでいる。

 これで私達の船には露天檜風呂が装備される事になったけど……私とアリサは無言で顔を見合わせるしかなかった。いや、檜風呂は良いものなんだけどね。



 その後、檜風呂の施工中にマリエッタの私室用にベッドが搬入された。

 さすがにもう乗員が増えることは無いと思うけど、念のためマリエッタが仮に使っていた折りたたみ式の簡易ベッドは倉庫へしまっておくことにした。

 孤児院育ちで、オラクルにいた時もスクール生用の寮で暮らしていたマリエッタにとってアルカンシェルの私室は初めての個室らしく、すごくはしゃいでいる。


「マリエッタ、他になにか必要なものがあったら発注しておいたらどうですか?」

「でも、わたしお金が……」

「大丈夫です。これまであなたが支払った分の奨学金、ちゃんと取り戻してありますよ。ちゃんと利息も付けさせましたから……ほら、これぐらい貯まってます」


 これまでマリエッタが働いて得た給与の大半は支払い義務の無い「奨学金」として吸い上げられていたけど、アリサが手際よくそれらを取り返し、ついでに利息も付けさせたらしい。

 こういう辺りはアリサに任せておけば完璧な対応をしてくれるよね。


 私は横からマリエッタの全財産をちら見したけど……ギルド職員の平均年収の半分ぐらいの額だった。見習いが一年ちょっとでこの金額を支払っていたということは、生活も本当に苦しかっただろうに。

 そう思うと、マリエッタを搾取していた孤児院の院長に対する怒りが込み上げてくる。


「わっ、こんなに!?じゃあ最新型の端末とか、大型のストレージとか買えちゃいますねっ!」


 だがマリエッタはその金額に目を丸くしたあと、笑顔になって通信装置類や各種端末をリストアップし始めた。

 家具類?それはティンバリスで最高品質のものを無償提供してもらっている。なにせあの子はティンバリスの英雄だからね。

 しかしここで全額使うと洋服も買えないし、この子のためには貯蓄もちゃんとさせておく必要があるだろう。


「マリエッタ、急にお金が入ったからって無駄遣いしちゃダメだよ?ちゃんと将来のために貯蓄もしておきなさいよ?」

「はーい、お義母さんっ!」

「おかっ……!?」


 確かにマリエッタは一時的に私の養子になったけど……お義母さんと呼ばれると、やはりメンタルに来る。

 この呼び方は禁止するべき?いや、でもマリエッタは楽しそうだし、私の好悪で禁止するというのも心苦しい。どうしたものだろうか。


「あら、アイリスさん。お義母さん呼ばわりはダメですか?」

「アリサ、人ごとだと思って面白がってるでしょ?」

「いえ、そんな事は。ちなみに、ママと呼ばせると心がほっこりしますよ?私も孤児院を運営していたころは、子供達にママと呼ばせていましたから」


 そっか、アリサは既に何人もの子供達の養母……彼女が言うには「義理の母親」をやってたんだっけ。

 なら、ここは……。


「じゃあ、先輩ママの助言に従うよ。マリエッタ、お義母さんと呼ぶのは無し!でもどうしても呼びたいときはママって呼んで」

「はーい、アイリスママ!」


 ……うっ、それはそれで何かダメージが来るんだけど……まぁ、自分で口にした以上は仕方が無い。でも私、まだ未婚の16歳なんだけどな……。



 そんな事を言っている間にもアルカンシェルの改装工事は進んでいた。実際の作業はドローンが担当し、オズワルドさんは施工管理を行っている。

 ふと見るとトワがオズワルドさんに何かを依頼していた。


「では取り外したモジュールはこちらで買い取らせて貰おう」

「うん、よろしく」


 何かをアルカンシェルから取り外す依頼をしていたようだ。今のアルカンシェルに不要なものはあっただろうか?

 そう思いながら私はトワに声を掛けた。


「トワ?何か取り外すの?」

「うん。冷凍睡眠ポッド。もういらないから」


 冷凍睡眠ポッド。それは本来超光速で航行可能なアルカンシェルには必要の無い装置だ。

 だが、それが船内に設置されていたのは……トワが孤独な旅を続けていた頃、悲しみで心が壊れそうになる度に逃げ込む避難場所であり、依存先であったと聞いている。


 それがもう必要ないとトワは断言したのだ。

 つまり、もうトワは悲しみの影響からは完全に解き放たれている。


「そっか。良かったね、トワ」

「うん。お姉ちゃんもアリサも、マリエッタもいてくれる。もう独りで眠る必要ない」


 かつてトワの孤独と悲しみを象徴していた冷凍睡眠ポッドはアルカンシェルから静かに姿を消した。

 そのかわりに新しく設置されるのは、心をほどくような温もりに満ちた檜の露天風呂。


 アルカンシェルはすでに私たちの「家」だったけど、その家がさらに居心地よく、優しさと癒やしで満たされていく。

 船内に広がる檜の香りと湯気、そして星空を仰ぎながら過ごすひとときを思うと……それは確かな幸福の形を作り始めているように、私には思えた。


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