インターミッション『私に残された幸せ』ティンバリス-竜唱の惑星 #1
ティンバリスという惑星はある意味見捨てられた星だった。
山がちな地形は大規模入植に向かず、目立った地下資源も存在しない。森林資源は豊富だが、その程度の資源であればどの惑星にでも存在している。
故に入植適合率が80%台後半であるにも関わらず、この星は長年入植に手を上げる者もなく、ただ放置されていた。
それでも何度か野心的な企業や組織によって探索船が派遣された。だがその度に大規模森林火災が定期的に発生している痕跡が発見され、入植は取りやめになった。
もちろん探索船を出した組織はその情報を他者に共有したりはしない。なにせ探索には多大なコストが掛かっているのだ。探索で得られた情報も無料ではないのだから。
それ故に、ティンバリスが持つ潜在的な問題は公にされず……やがて、短慮な組織が手つかずの森林資源を求めてこの星へと入植する事を決定した。
綿密な分析も行わずに。
それ故に彼らが大規模森林火災の被害を被ったのは当然の結果であり、4人の少女の姿をとって彼らの前に現れた「幸運な偶然」が無ければ彼らはこの星から撤退を余儀なくされていただろう。
とんでもない美女。
とんでもある美女。
綺麗だけど変な少女。
そして……ほんわりとした普通の少女。
ジョイナーギルドに所属する少年、リーヤが目にした「幸運の女神達」はそんな印象だった。
絶望的な火災を鮮やかな手際で消し止めてみせ、虹を纏って地表に降り立ったその姿はまさに女神だった。
大人達は美女二人に目を奪われ、あわよくばこの星に留まるよう、嫁になるよう声を掛けようかと下心を抱いた者もいた。
だがその美女二人が銀河的巨大組織であるモーリオンギルドの高位幹部であると知ると、たちまち萎縮して声を掛けることすらできなくなった。
なにせ、ジョイナーギルドとモーリオンギルドでは組織の格も力も違いすぎる。モーリオンギルドの不興を買えば弱小木工職人ギルドなど一夜にして滅ばされてしまうだろうから。
一方でリーヤはほんわりとした普通の少女に恋心を抱いた。
当時のリーヤはログタウンでは嘘つきと呼ばれており、誰も彼が見たドラゴンの話など信じようとはしなかったし、それ故にリーヤは子供達の中でも孤立した存在だった。
だが、そのほんわりとした少女――マリエッタはリーヤの言葉を疑う事なく真摯に耳を傾けてくれたのだ。
ちなみにリーヤがドラゴンの話をマリエッタ語った際、隣には無表情で佇む綺麗だけど変な少女もいたのだが、リーヤの眼中にはマリエッタしか入っていなかった。
やがてマリエッタ達の活躍により火災の原因が地中に潜むドラゴン――後に土竜と名付けられた存在によるものである事が解明された。
モーリオンギルドによってもたらされた土竜の映像は驚くべきものであり、自分達が生活する地面の下にそのような巨大生物がいたことを知らされたジョイナーギルドには激震が走った。
同時に、これまで嘘つき呼ばわりしていたリーヤが本当のことを話していたことが明らかになり、ログタウンでのリーヤの扱いは「嘘つき」から「奇跡の生還者」へと一気に変化した。
ただし、彼のニックネームはドラゴンボーイのままだったが。
そしてマリエッタ――とトワ――の尽力により産み出されたサウンドステークによって土竜との共存が可能になった。
ジョイナーギルドはティンバリスでの活動を継続する目処が立ち、他ギルドの人間であり旅人でもあるマリエッタ達は星を去ることになった。リーヤは意を決して星を去ろうとするマリエッタに声を掛ける。
「なぁ、マリエッタ!この星に残ってくれよ!オレ、マリエッタのために家を建てるからさ!」
「貴女ために家を建てる」というのはジョイナーギルドにおける定番のプロポーズだ。
木工職人である彼らにとって、自分が建てる家とは単なる建築物ではなく、家庭そのものを意味する存在だから。
当時リーヤは6歳で、まだスクールに通い始めたばかりの年齢だった。対するマリエッタは14歳で、こちらも本来であればまだスクール在籍中の未成年。
リーヤの言葉を聞いていたジョイナーギルドの大人達はさすがに結婚には早いが、許嫁ぐらいなら……と思いもした。
だが、マリエッタはギルドの秘書官の仕事に専念したいからとリーヤを説得し、そしてティンバリスを去って行った。
マリエッタが星を去ってから何年もの歳月が経った。
あれ以来、土竜がドローンを襲うことは一度も無かったが、それでもリーヤは不満だった。
なぜなら、土竜を鎮める歌が「マリエッタの歌」ではなかったから。
サウンドステークに使われているのはトワの歌だったが、本来トカゲへの鎮静効果が高いのはマリエッタの歌だ。
そして……何よりも、リーヤにとってはマリエッタが歌ってくれたあの名も知れぬ歌こそが最高の歌だった。だからリーヤはスクールへ通う傍ら、サウンドステークの改良に精を出した。
元々サウンドステークにはC3が使われているため、この星で唯一シンガー能力を持つリーヤ以外にステークの調整や修理が出来る人間はいなかった。
そのためリーヤは公然とサウンドステークの改良実験を行うことが出来たのだが……それでも遅々として成果は得られなかった。
「クソっ、また呪いの歌になってる……アイツの歌はもっと綺麗な歌なのに……!なんでだよ、オレじゃダメなのかよ……!」
不思議な事にトワが調律したサウンドステークは地中がどのような組成であっても的確に歌声を変調して土竜を沈静化させるサウンドマスキングを発生させている。
だが、リーヤが調律したサウンドステークは地中の組成によって効果が変動し、岩盤では綺麗に歌が流れたとしても、地中が柔らかい土になれば音がくぐもってしまうため実用性の面では到底使い物にはならなかったのだ。
その違いはまともな訓練を受けたこともないCランクの野良シンガーと、『歌』の申し子たるセレスティエル、エトワールとの間にある、絶対的な能力の差に由来するものではあった。
たが、リーヤはのような事実は知らず、また納得もできていなかった。それ故にリーヤはひたすら試行錯誤を繰り返した。
そして6年の月日が流れ、リーヤは12歳になっていた。
幼かった彼は当時の面影を残しつつも、少年から青年へと確かな一歩を踏み出していた。同年代の友人も数多くでき、その中にはリーヤに恋心を抱く少女達も含まれていた。
なにせ彼はジョイナーギルドの生命線であるサウンドステークを調整出来る唯一無二の存在であり、ドラゴンボーイ――子供達にとっては土竜と直接対峙した勇者――でもあったから。
だがリーヤの心は6年前から同じ少女の事でいっぱいだった。
マリエッタ。
マリエッタ!
マリエッタ!!
月日は想いを褪せさせることは無く、むしろその想いをより強くしていた。
その理由は……トワが残した、マリエッタの歌を記録したデバイスにあった。リーヤはサウンドステークを改良するために幾度となくマリエッタの歌を聞き返していた。
幾千、幾万と歌を聴く度にリーヤの想いは高まり、やがては彼自身も「マリエッタの歌」を歌えるようになっていた。
それは幼き日の美しき思い出ではあったが、まるでリーヤの心を縛る「呪いの歌」のようでもあった。




