#2
その日、HLVの降下で周囲は騒がしかったが、リーヤはまるで気にする様子もなく、独りマリエッタの歌を口ずさみながら淡々とサウンドステークの調整を続けていた。
彼の作業場であるドローン格納庫は普段人が立ち寄らない場所だが、その日は違った。彼の歌声に重ねるように少女の歌声が聞こえてきたのだ。
その歌声の主は……6年ぶりにリーヤの元を訪れたマリエッタのものだった。
「リーヤ君、ひさしぶりっ!大きくなったね……わっ、もうマリエッタより背が高いよっ!」
「マリエッタ!?どうして……それに、なんでお前年取ってないんだよ!」
宇宙を旅するマリエッタの時間と、地上で暮らすリーヤの時間は違うから、とマリエッタは笑った。その言葉は確かに真実ではある。
亜光速で星を旅する人間が過ごす刻の流れは地上で暮らす人間の刻よりも遙かに遅いから。
だが、マリエッタの言葉は偽りでもあった。なぜなら彼女は亜光速ではなく超光速で旅する術を持っていたから。
だが、その事実を知らないリーヤにはマリエッタの小さな嘘に気付く術は無かった。
6年ぶり――マリエッタにとっては3ヶ月ぶり――の再会にリーヤの話は弾む。
自分がログタウンで完全に受け入れられたこと。
マリエッタが残してくれたサウンドステークが完璧に動作していること。
そして、自分がサウンドステークの調整に携わってジョイナーギルドの役に立っていること。
マリエッタはにこにこと微笑みながらリーヤの話を聞いてくれた。まるで彼が初めてドラゴンの話を彼女にした時のように。
再びティンバリスへ戻ってきたということは、今度こそティンバリスへ残ってくれるのかと問うリーヤに、マリエッタは仕事で来ただけだからと申し訳なさそうに告げる。
だが、マリエッタがリーヤの事を気に掛けていたのは事実で、実際にHLVに乗っていた彼女が地表に降り立って真っ先に訪れたのはリーヤの元だった。
マリエッタの言葉にリーヤは落胆するが、それでも6年間のこと、特にマリエッタの歌を再現しようとしていたことを熱く語る。
マリエッタは自分の歌のことでリーヤがそんなに真剣になっていた事に驚くが、少し嬉しくも思ったようでもあった。
その後、マリエッタはジョイナーギルド本部を訪れ、本来の任務であるアイリスから依頼されたティンバリス復興状況の確認を行った。
モーリオンギルドのモットーは万全なアフターサービスだ。たとえそれが業務ではなく、アイリスの個人的なお人好し活動であっても。
6年前の火災で焼失したエリアは既に陽樹の低木が生える林になっていた。またアイリスが提案したノマド式林業の拠点となる水運拠点や空輸拠点の建設も順調に進んでおり、本来の基幹産業である高級家具の製造も順調に輸出数を伸ばしていること。
星外への輸出が始まったこの星で作られた家具は特に品質が高いと評価されているらしく、ティンバリス製である事を示すための焼き印として「土竜」のシンボルが付けられるようになっていること。
そしてその土竜によるドローン襲撃はあれ以降一度も無く、ジョイナーギルドはモーリオンギルドギルドに多大な感謝をしていると伝えられた。
「土竜の焼き印、ですかっ!?」
6年前から引き続き支部長を続けているベルナが語る内容は概ねマリエッタも予期していたものであったが、ティンバリス製品のトレードマークとして土竜が使われている事は想定外だった。
かつての英雄であるマリエッタの訪問にジョイナーギルドは歓迎の宴を設け、ログタウンはまるで祭りの様な雰囲気となった。
彼らはやや短慮なところはあるが、基本的には気のいい職人達で、ことある毎に宴会を楽しむ陽気な人々でもあった。それ故に英雄の帰還は絶好の「宴の口実」だったのだ。
理由はともかくとしてマリエッタは楽しい一時を過ごす。彼女はトワやアリサの様な食いしん坊ではなかったが、それでも微笑みながらログタウンの人々との交流を楽しんだ。
ちなみにマリエッタは宴を存分に楽しんだが、彼女は優秀な秘書官でもあったので、彼女が仕える主の大切な妹であり、自らの友でもあるトワから頼まれていた、リモンの仕入れ交渉を忘れることはなかった。
宴の後、翌朝に旅立つというマリエッタは、かつて宿泊した宿舎へと向かった。
夜道は危ないとリーヤが付き添いを申し出る。夜風が火照った頬を冷やし、心地よさにマリエッタはふと星空を見上げた。
久しぶりに地表から眺める満天の星々が、彼女の瞳に輝きを映す。その横顔を見つめていたリーヤが、不意に真剣な声で彼女に呼びかけた。
「マリエッタ、オレと結婚してくれ!」
ストレートなプロポーズ。リーヤは6年間考えていた。
もしかすると「家を建てる」というジョイナーギルドのプロポーズは余所のギルドの一員であるマリエッタには理解して貰えなかったのではないか、と。
それ故にリーヤは二度目のプロポーズをストレートな言葉で告げた。突然の言葉にマリエッタは目を白黒させて驚くが、やがて落ち着いた様子で答えた。
「ごめんね。わたしの人生はもう、大切な人に捧げてるから」
マリエッタは語った。自分がアイリスの養子となり、彼女と同じ姓を名乗るようになったこと。
そしてアイリスに仕える専属秘書官として、主であるアイリスに自分の一生を捧げることを決めたことを。
だから、リーヤの気持ちは嬉しく思うが自分にはその思いを受け止めることが出来ない、と。
リーヤはマリエッタの言葉を黙って聞いていたが、彼女の決意が固いことを知ると黙ってその場を去っていった。
翌日マリエッタはティンバリスを去ったが、見送りの人々の中にリーヤの姿は無かった。
リーヤの想いは叶わなかったが、それでも彼はその後もサウンドステークの研究に没頭し続けた。
彼は決してマリエッタの事を諦めた訳ではなく、いつかマリエッタが戻ってくることを信じて、そのときに改めて彼の想いを伝えたいと願い、研究を続けたのだ。
さらに年月が流れ、リーヤの研究はようやく実を結んだ。
複数のC3を組み合わせ、センサーで測定した地中の状況に合わせて音声をリアルタイムで調律するサウンドモジュール。
それは一般的にはクリスタルオルガンと呼ばれている巨大な楽器のミニチュアのようなもので、綿密な設計と微細な細工によって成し遂げられた芸術品のような逸品でもあった。
そして新型のサウンドモジュールを搭載したサウンドステークには、地下だけでなく地上にも歌声をクリアに伝達する機能が持たされていた。
リーヤの新型モジュールを搭載したランバージャックが初めて公開された日、ジョイナーギルドの人々は度肝を抜かれた。
これまでドローンによる伐採は騒音をまき散らすものであるということが常識だったのに、リーヤのサウンドモジュールは伐採の音をまるでオペラのように――マリエッタの歌に換えてしまったから。
それ以降、ランバージャックは騒音をまき散らす騒々しい機械ではなく、森林で歌う存在となった。
ドローンが伐採を行う山々にマリエッタの歌声が美しく響く。
そして不思議な事にドローンが奏でるマリエッタの歌と呼応するように土竜たちが地上に姿を現し、ドローンの奏でる歌に応えるかの様に歌う姿が目撃されるようになった。
その様はまるで、土竜がマリエッタの歌声に恋しているかのようだと人々は噂した。
後年、歌う森林と土竜の話に興味を惹かれた生物学者達がティンバリスを訪れた。
彼らが何年にもわたって調査を行った結果、マリエッタの歌が持つ周波数が土竜の求愛信号と同じ周波数である事が明らかにされた。
不思議な現象は学会に発表され話題となったが……だがその事実はティンバリスの住民にとってはすでに分かりきった事だった。
なぜならマリエッタの歌は、ドラゴンボーイを長年に渡り魅了し続けた、恋の歌だったのだから。
次回からは第2部9章、古代文明が残した施設である第1037技術開発拠点を舞台にした物語、『ホーム・リフォーム』をお届けします




