#33
そしてその後。自室で今回のミッションレポートをまとめていた私の元にやってきたのはマリエッタでした。
用件を問うた私にマリエッタは神妙な表情で口を開きます。
「あの、姓を頂くというお話ですが……申し訳ありません、私……アイリスさんの姓を名乗らせて頂きたいのでっ」
「あら、フられましたか?では、もうアイリスさんにそのことを?」
「いえ、先にアリサさんとトワさんにお伝えしておこうかとっ」
義理堅い子ですね、マリエッタは。
本来ならアイリスさんに受諾の返事だけをしても良かったのですが、わざわざ受諾の前にお断りを入れに来るなんて。私はマリエッタの様子を微笑ましく思いながら彼女に語りかけました。
「マリエッタ、あなたが選んだ姓はいくつもの星で英雄の名として知られているものです。ですから……その姓を汚さぬよう、精進なさい。いいですね、マリエッタ・ブースタリア?」
「……はいっ!ありがとうございます、アリサ・シノノメ二等管理官!これからもご指導ご鞭撻のほどお願いいたしますっ!」
背筋を伸ばし、ギルドの正式な作法で礼を返すマリエッタの姿を見て、私は自分の専属秘書官だったテレジアと初めて会った時のことを思い出しました。
そういえばあの子もご指導ご鞭撻を……と言ってましたっけ。
でも、当時18歳だったテレジアはそれはもう優秀で、駆け出し管理官の私よりも遙かに実務にも秀でていましたから、私が指導することなど一つも無くて……。
それでも2人で一緒にいろんな困難に立ち向かいながら、一緒に成長したことは良い思い出です。きっとアイリスさんとマリエッタも私達と同じような道を歩んでいくのでしょう。
次はトワ様のところへ挨拶に行くというマリエッタを見送りながら、メラニー・スゥが手放した人材がこれほど優秀で将来有望な唯一無二の存在だったと――いつかあのタヌキババアに思い知らせてやろうと考え、込み上げる笑いを抑えきれませんでした。
ミッションレポートを書き上げた私は、ふと久しぶりにテレジアの声を聞きたくなりました。ペレジスの時間は……丁度テレジアに託してきた孤児院の夕食時間が終わって、彼女が一息ついている頃ですね。
私はアルカンシェルに頼んでペレジスの孤児院への通信を繋いで貰いました。
『おや、アリサ様。どうされましたか?』
「いえ、久しぶりにテレジアの声が聞きたくなったので。かわりは無いですか?」
『ええ、こちらは特に。アリサ様が方々でご活躍なのはペレジスにも知らせが届いておりますよ。なんでも例の称号を名乗られたとか……』
「……お願い、その話はやめて」
戦友であり家族でもあるテレジアとの久しぶりの会話は、アルカンシェルがティンバリスの通信圏を出るまでの間……尽きること無く続きました。
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※本章でマリエッタが歌唱した歌詞はエーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト作曲のオペラ 『死の都(Die tote Stadt)』より「マリエッタの歌(Glück, das mir verblieb)」からの引用です。
(Lyrics excerpted from "Glück, das mir verblieb" in the opera Die tote Stadt, composed by Erich Wolfgang Korngold.)
これにて第2部8章「土竜の歌」は終了です。
次回は前後編でティンバリス編の後日談「私に残された幸せ」をお届けします。
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