#30
>>Towa
私がサウンドステークと名付けた地中用音波拡散装置は一瞬で完成した。というか、私が何かする必要は無かった。
だって、ドローンの脚部には元々接地性を高めるための杭が内蔵されていたし、おまけにその杭は中空になっていたから。
そこへ音源を放り込むだけでサウンドステークは完成した。所要時間、3秒。もちろん、実際に長時間使うとなると振動を考慮した固定方法や動力源の確保を考える必要はあるけど……まぁ、そういった細かいことはジョイナーギルドの人に任せよう。
トカゲの方はマリエッタがログタウンの子供達に頼んで何種類かを捕まえてきてもらったからサンプルは手に入った。
ちなみに一番張り切って沢山トカゲを捕まえてきたのは、子供達の中でヒーロー扱いされることになったドラゴンボーイことリーヤだ。うん、これまでは嘘つき扱いされてたけど、土竜が実際にいることが判ったからね。
巨大な竜に遭遇して生還したというだけで、子供の間では凄い奴だと思われているらしい。
で、問題はそのトカゲがどの音に反応するかがまだ判らないということだ。自然の音や機械音を色々と聞かせてみたけど、トカゲ達はどの音も嫌そうにしている。
たぶんこのトカゲが嫌がるということは、土竜も嫌がるだろうから、今ある手持ちの音ではサウンドマスキングは出来ない。
でも音のサンプルといっても、そんなに急に沢山集められるわけじゃないし、どうしたものかと思案してたのだけど……。
なぜか実験に立ち会っていたリーヤが暇を持て余したのか、マリエッタに歌を教えてくれとせがみ始めた。どうやら、歌を口実にマリエッタと仲良くなりたいらしい。おませだね、リーヤ。
「あの、トワさんっ。ちょっとだけ、歌ってもいいですかっ?」
「うん。どうせもうする事ないし」
「あはは……じゃ、失礼して……」
そう言うとマリエッタは静かに歌い始めた。少し高めのマリエッタの声によく似合う、緩やかなアリア。
歌詞が標準語じゃないから意味は良くわからないけど、叙情的な歌だと思う。
マリエッタ、シンガーとしてのランクは低いと言ってたけど歌は上手だよね。アリサと同じで、資質と才能がマッチしていないタイプだ。
歌うマリエッタをリーヤがうっとりとした表情で見つめていることに気が付いた。うん、あれは間違いなく惚れてるね。
でもリーヤはまだ6歳ぐらい?マリエッタは14歳だと言ってたし、ちょっと姉さん女房じゃないかな。
そんな事を思いながら、ふとトカゲ達の方を見ると……トカゲもうっとりしていた。え?この子達、歌が判るの?
というか、みんな籠の中からかぶりつきでマリエッタを見てるんだけど。
もしかしたら、マリエッタの歌うこの歌……リーヤを魅了しているように、トカゲ達の求愛行動に関係してたりするんだろうか?
歌い終わったマリエッタにリーヤが熱烈な拍手を送っているけど……その拍手で怯えたトカゲたちは籠の奥に引っ込んでしまった。やはり、トカゲは音に敏感に反応している。
となるとこれは検証が必要だ。なので、私はマリエッタに告げた。
「マリエッタ。今の歌録音して。コピーを私に。オリジナルはリーヤに」
「はひぃ!?な、なんですかっ!?そんなの恥ずかしいですよぉ!」
「トワ!お前、変なやつだけど、いいやつだな!」
「変は余計。ところでマリエッタ、この曲なんて名前?」
「オレも知りたい!な、これなんて曲だ!?」
「え、えっと、その……」
私とリーヤが食いつき気味に曲名を聞いたせいで、マリエッタはしどろもどろになっていた。
しばらく私とリーヤを見比べていたマリエッタは意を決したような表情で口を開いた。
「これは『Glück, das mir verblieb』……たぶん『私に残された幸せ』っていうタイトルですっ」
「たぶん?」
「はい、良くわからない言語だったので……発音も、私が適当に解釈しただけなので、合っているかどうかも判らないんですけどっ」
「何でわからない曲を知ってるんだよ!?」
「えっと、ネットで調べてですね……」
そんな事をひとしきり話した後、マリエッタに再び歌ってもらい、曲を録音した。
その後は録音した歌のデータと、他の音を交互にトカゲ……と、ついでにリーヤに聞かせてみたけど、やはりマリエッタの歌はトカゲ……とリーヤに対する誘引効果があるようだった。
比較用に私が歌った別の歌に聞かせてみたけどそちらは反応する歌と反応しない歌があった。ちなみに、リーヤは私の歌には一切反応しなかった。
次に私が試したのはトカゲたちが歌を聴いて攻撃衝動に駆られていないか、という実験。音楽プレイヤーをトカゲたちの籠の中にいれて再生すると……トカゲたちはプレイヤーを取り囲んでうっとりしたまま、攻撃する素振りは一切見せなかった。
やはりこれはリラクゼーションか、魅了か、そういう効果を出してるね。
結果として判ったのは、歌詞なのかメロディなのか声質なのか、何が誘引効果を持つのかまでは判らないけど、とにかくある種の歌を使えばトカゲを沈静化できるということ。
それはおそらく土竜にも効果があると考えてもいいだろう。……ただし、ドラゴンボーイにはマリエッタの歌しか効果がなさそうだけど。
次はこれをサウンドマスキングとして、チェーンソーの音にミキシングした場合の効果測定だ。
二つの音をミキシングすることで沈静効果がどう変化するかは未知数だけど、少なくとも音を嫌がらなければそれで成功だ。
そう思っていたところに、アリサがやってきた。聞けばなんでもアイリスがジョイナーギルドに今後の開拓方針について提言しに行ったらしい。さすが私のお姉ちゃんはベテランの「通りすがりのお人好し」だ。
なんだかんだいって、困ってる人を見ると放っておけないんだよね。なら、私も姉の力になれるようにがんばるだけだ。
アリサにこれからチェーンソーの音とのミキシングをすると伝えるとアリサは青い顔をして逃げていった。うん、朝も気分悪そうだったしね……アリサにはゆっくりと休んでおいてもらいたい。
サウンドステークでマリエッタの歌を再生するように設定し、実際に地面にステークを刺した状態で木を切ってもらうことにした。
実験にはトカゲ達にも立ち会ってもらうけど、リーヤは家の手伝いがあるからといって叔母さんに連れて行かれた。
まず最初に実際に地中にサウンドステークを刺して歌を再生してみた。すると音の聞こえ方は随分と低くなっているように感じた。
「トワさん、土の中だと高音域が減衰しやすいですから、音も低くなると思いますっ」
「マリエッタの歌が、不気味な呪いの歌になってる」
「それ、マリエッタのせいじゃないですよねっ!?」
わたし、だった一人称がマリエッタに戻ってる。そうか、感情が高ぶると素に戻るんだな。でも、今はマリエッタの観察をしている場合じゃなかった。
幸いにも観察対象のトカゲ達はマリエッタの歌が変質してもあまり気にしていないように見えた。
なら、次は実際にチェーンソーと合わせてみるわけだけど。これはアリサ同様私も少なからずダメージを受けるから、現場はマリエッタに任せて私は距離を取ることにした。
しばらく遠目でドローンの動きを観察し、チェーンソーが止まったのを見計らってドローンの側へ戻り……マリエッタに目を向けると、彼女は首を横に振った。
「ダメですね、チェーンソーの音で興奮して暴れていました」
「じゃあ別の歌を試そう。キー高めで歌ったやつ」
私が歌った、キーが高めでトカゲがあまり反応しなかった歌を次に試す。再びドローンから離れ、木を切るのを待つ。行ったり来たりするのが面倒だ……。そんな事を思いながら、ドローンの元へ戻ると今度はマリエッタが笑顔だった。
「トカゲ君達、落ち着いてました!サウンドマスキング成功じゃないですか!?」
「マリエッタの歌じゃないのに?」
「いえ、私の歌である必要、ないですよねっ!?」
トカゲ達を沈静化出来る原理や規則性が判らないからいまいち納得はできないけど、まぁ私達は研究者でも技術者でもない。
目の前の問題さえ解決できれば、法則解明なんかは別の人にまかせておけばいいだろう。




