#29
>>Alyssa
早くこの星から去りたい。それが正直な所でした。
昨日の土竜に続き、今日はドローンにやられました。この所やられ続きで少しメンタルが落ち込み気味です。
ああ、日がな一日トワ様を吸って過ごしたい。込み上げる吐き気と戦いながら、ベッドでそんな事を考えることしばし。ようやく乗り物酔いのような感覚は薄れていきました。
アイリスさんが言っていましたが、鋭敏な感覚は時として諸刃の剣となり得ること、身にしみて理解しました。
小一時間死んだ様に横たわっていたことでようやく動けるようになった私はアイリスさんに連絡を取り、彼女がいるというログタウンのギルド本部へ向かいました。
なんでも火災発生のメカニズムと対策について、ジョイナーギルドと検討会議を行っているのだとか。まぁアイリスさんに任せておいて全く問題は無いと思うのですが、一人だけ寝ているわけにもいかないので私も会議に参加することにした次第です。
「なるほど、わかりました。では木造の橋が火災を延焼させている可能性があり、バイオマス燃料の保管庫も火災を激化させた、と」
「ええ。ですから、それらは石材なり耐火性の高い素材なりで建造される事をおすすめします」
「わかりました。私達は木工職人の集まりですから、木工建造物を作ることが自然との調和だと思ってたのですが……それが裏目に出ていたのですね」
「理念は素晴らしいと思います。ですが、この星の環境を考えると……って、アリサ?起きて大丈夫なの?」
ベルナさんに対策について提案中のアイリスさんが私に気付いたのか、声を掛けてきました。
「はい、なんとか。それで、星の環境のお話ですよね。実は私も気になっていたことがあるのですが」
挨拶もそこそこに私は本題を切り出しました。おそらくジョイナーギルドが気付いていない、この星の生態系サイクルについて。
すなわち……この星は森林火災によって生態系のリセットを繰り返しているということを。
大河を挟んだ両岸で生態系に大きく変化があるのは火災によるリセットのタイミングが異なるからということ。
適度に間伐されたように見える森林は、火災によってリセットされた発展途上の森であるということ。
地上に動物がおらず、鳥と水棲生物……そして地下の土竜のみが存在する理由は、定期的な火災によって「火災が発生しても生き延びられる生物」だけが生存している……適者生存の結果。
さらには鎮火後数日で発芽していたシダ植物の例を見ても、この星の生態系が火災からの回復力が極めて高い……すなわち、頻繁に火災が発生している前提の生態系が形成されているという状況証拠たり得るということ。
そして……この星に入植する以上、人間もまた好むと好まざるとにかかわらず、そのサイクルに組みこまれるという事実。
「つまり、火災は完全には防げない……と?」
「ええ、おそらく。先ほどお話しされていた延焼防止は必要です。今回の火災拡大は間違いなく入植による影響ですから。『火災を拡大させない』ことがこの星のサイクルを乱さないために打てる唯一の手、つまり自然との調和であると私は考えています」
「ならドローンの対策は……」
「あれは必要な事です。無駄に火元を増やすのは自然への不要な干渉ですし、そもそも定期的にドローンが破壊されていた採算が合わないでしょう?」
「……はい。すでに今期はかなり厳しい状況です」
そう言ってため息をつくベルナさんですが、この星を選んだ以上は星の自然環境と折り合いを付けていくか、それとも星を去るしか選択肢はないのですから。
「他の組織や企業がこの星へ進出しなかったのは、そう言う理由があったのですね」
「山がちで開拓コストが高くつくのは一目見て判りますが……環境アナリストがいれば、おそらく衛星画像の分析で火災が定期的に発生していることは事前に把握できていたかと思います」
下手な慰めを言っても状況が変わる訳ではないので、私はベルナさんに事実を告げました。
つまり、ジョイナーギルドは、少なくとも準備段階で能力不足による失敗を犯している。私の言葉が意味しているのは、そういうことです。
アイリスさんが一瞬こちらを見ましたが、特に何も口にはしませんでした。ええ、これ以上は内政干渉になりますから、あくまでも客観的な事実を伝えただけです。
外部の専門家を雇って対策を立てるか。それとも生態系を歪めてでも自分達の開拓を押し通すか。あるいは撤退するか。その決断はジョイナーギルドが行うべきことなのですから。
「主に経済的な理由ではありますが、私達は撤退という選択を行うことが困難です。それこそ惑星が火の海に沈むような状況なら別ですが……」
「なら、この星の生態系と折り合いを付け、そして何よりも土竜と共存するのがベストではないかと」
「できますか……?木工職人でしかない、私達に」
「ジョイナーギルドは自然との調和を理念として掲げておられるのでしょう?なら、火災も含めた自然と調和する方法を考えるのが建設的だと思いますが」
「……アリサ?」
「いえ、皮肉ではないですよ。どこぞのエセ環境保護企業が乗り込んできたら、生態系をめちゃくちゃにして星の資源をすぐに食い潰してしまうでしょうけど。少なくとも調和の意思があれば、折り合いを付けることは出来るはずだと私は信じてます」
綺麗事のように思われても仕方ありませんが、そうする以外に彼女たちに道は無いのです。
入植地の管理は、最初の入植者であるオリジネーターの権利であると同時に……義務でもあるのですから。
その後、検討会議を行うというジョイナーギルドの面々を残し、私とアイリスさんはギルド本部を離れました。
人通りが少なくなったあたりで、アイリスさんがやや不満げな表情で切り出しました。
「アリサ、ちょっと辛辣すぎじゃない?」
「そうですか?」
「体調悪くてちょっとイラついてるでしょ?」
「……まぁ、否定はしません。早く帰りたいですし、トワ様を吸いたいです」
「はぁ……まったく、この子は……」
「でも、あの場で言った事は全て事実ですよ。それにこの星は私達モーリオンギルドとは関係の無い星ですから。私は知り得た状況と推論を提供しただけです。あとはジョイナーギルドがどうするか考えるべきでしょう?」
「まぁそれはそうなんだけどね」
アイリスさんはそう言うと一旦言葉を切り、私の顔を覗き込んできました。
「ね、もしアリサがここの管理官だったらどうする?」
「私ですか?そうですね……地上には拠点を作らずに、軌道ステーションに人員を集約します。ドローンを使って地上で伐採を行い、木材はHLVで軌道上へ。火災が発生したらそのエリアを捨てて別の大陸か、延焼しない地域へ移動します。星外へ輸出するのはあくまでも木工製品ですから、製造拠点を火災の影響を受けない軌道上に置いておけば、ギルドとしての本業は安定的に維持できます」
「ノマド型かぁ……アリサらしい合理的な割り切りだね」
アイリスさんはそう言って笑いますが……たぶんこれ、納得してない笑いですよね。
ええ、その程度は判ります。なにせ彼女は私の姉なのですから。
「私ね、こういう入植地とか街って、思い入れがあるんだ。ここで人が生まれて育っていく、大事な場所だから」
そう言うとアイリスさんはログタウンの街並みを見回しました。
「冷たい金属や樹脂じゃなくて、暖かい木で作られてるこの街はとても素敵だと思ってる。耐火性は低いけどね。でも……こんな街だからこそ、温かい人が育つんじゃないかって。理想論過ぎるかな?」
「言いたいことはわかります。情操教育的には、閉鎖環境で自然の無い軌道ステーション内に街を作るのは好ましくないですからね」
「でしょ?だから、ログタウンはこのままでいいと思うんだ。だから、伐採する場所だけをノマド式にすれば……循環型林業、だっけ?輸送コストは掛かるかもしれないけど、なんとかならないかな」
「まぁ、恒星間輸送ではなく惑星上の輸送ですからね。海運拠点や空輸拠点が整備できればコストもある程度は抑えられるかと思いますが……。でもダメですよ、アイリスさん。それは私達が口出しするべき事ではありません」
私の言葉にアイリスさんはため息をつき、空を眺めました。
「不便だよね、ギルドの幹部っていうのも」
「判った上で管理官になったのでは?」
「知ってるでしょ?私が管理官になったのはトワを守るため。ギルドの権益を守るためじゃない」
「メラニー・スゥが聞いたら目を剥きますよ?」
「んー、でもスゥ局長は私がそうするって承知してるはずだけど」
「まぁ、管理官らしからぬ管理官として認めてましたけどね」
「なら、私は私が思うようにしたい。……いいかな?」
「ジョイナーギルドの方針決定に関与する訳ですね?」
「うん。口は出すけど手とお金は出さない」
「はぁ……。ミッションレポートをアイリスさんが全部書いてくれるなら……それで見逃します」
「ありがと、アリサ。じゃあ、専属秘書官にもがんばって貰うかな」
もとより私はアイリスさんのすることに口出しする気はありませんでした。
ただ、一応はギルドの幹部として、一線を越えることの意味と覚悟だけは考えて欲しかっただけなのです。彼女がどう自分を認識していたとしても、彼女はモーリオンギルドの高位幹部の1人で、彼女の言動はギルドを代表しうるものなのですから。
私の言葉に笑顔を浮かべたアイリスさんは踵を返すとジョイナーギルドの本部へと走って行きました。
私は……同行しない方が良いでしょう。トワ様達と合流して、トカゲと戯れることにでもしましょうか。




