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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第2部8章『土竜の歌』ティンバリス-誤災の惑星
302/361

#28

>>Iris


 昨日は色々あったのに、何故か早朝に目が覚めた。まだ陽が昇ったばかりの時間帯で起きるには少し早い。

 ログタウンの宿、同室のトワ達もまだ眠っている……と思ったけど、マリエッタの姿が見当たらなかった。お手洗いにでも行ったのかと思っていると、どこからか微かな歌声が聞こえた気がした。

 トワがベッドサイドに投げ出していたジャケットを借りて羽織り、私は歌に誘われる様に外に出た。


「Glück, das mir verblieb, rück zu mir, mein treues Lieb!

 Abend sinkt im Hag bist mir Licht und Tag――」


 ログタウンの外れから聞こえてくる歌の主は……マリエッタだった。彼女の歌を邪魔しないように、そっとその場で耳を澄ませる。

 マリエッタの声域はソプラノで、歌っているアリアは聞き覚えの無い曲だけど、マリエッタの雰囲気にとても合っているような気がした。

 しばらく耳を澄ませていると歌が途切れたので、私はマリエッタに声を掛けてみた。


「おはよう、マリエッタ。いい歌ね」

「わひゃぁ!?ア、アイリスさんっ!?」

「まるで土竜が出たみたいに驚かないでよ……。で、朝から歌の練習?」

「あはは……実はリーヤ君に調律するところを見せて欲しいって言われましてっ……。私、ランク低いから無理だって言ったんですけど、どうしてもってせがまれてっ……」

「ああ、それ判るよ。私もトワがいるとこでは絶対歌いたくないし」

「でもアイリスさんCランクじゃないですかぁ。私、Eランクですよっ!?」

「まぁシンガーの素質と歌の上手下手は関係ないからね」


 ふと、アリサも同じような事を言っていたのを思い出した。あの時はトワと私とアリサの3人で三重唱したんだよね。

 アリサはEランクだって卑下してたけど、すごく歌上手だったし。


「で、今の歌は?」

「えっと……私が調律の時に使ってる歌ですぅ」

「標準歌じゃないんだ?」

「そのですね……えっと、笑いません?」

「自分の秘書官のことを笑ったりしないよ?」

「……あの、今の歌って『マリエッタの歌』って言う曲なんですっ」


 マリエッタのその言葉に合点がいった。これまで彼女が自身のアイデンティティを保つために拠り所にしていたものは「マリエッタ」と言う名前だけ。

 その名を冠した歌があるのなら……それは当然彼女にとっては特別な歌になるだろう。


「そっか。良い名前の歌だね。曲調からするとオペラのアリアかな?」

「ありがとうございますっ!でも、オペラ……なんですか?わたし、オペラとか見たこと無くてっ」

「確かアリサが持ち込んだホロムービーにオペラがいくつかあたったはずだから、今度見せて貰ったら?」

「はいっ!でもわたしのは楽譜と歌詞から自己流で歌ってるだけなので、オペラなんてすごいのと比べられませんけどぉ……」

「自己流だったの?そう思えないぐらい上手だったよ?」

「あわわ……アイリスさんに褒められるなんてっ……!」

「でも朝早くに外で歌うのは冷えるから……そろそろ帰って朝風呂でもしよっか?」

「わぁ、賛成ですっ!」


 マリエッタを伴い、浴場へ向かうと丁度宿舎の管理人さんがお湯を沸かしてくれている所だった。

 私達が檜風呂を気に入ったことを知って、昨日も朝から沸かしてくれてたんだよ……。これは本当にありがたいサービスだった。

 ふと見ると管理人さんの足下に黒いペレット状のものがいくつも積まれていた。


「それ、バイオマス燃料ですか?」

「ええ、そうですよ。木工に使えない端材や削りかすを再利用しているの。エコロジーでしょう?ティンバリスでは火を使う時はフォトンよりこっちの方が手軽なのよ」

「そうなんですね、ありがとうございます」


 確かに良く燃えている。つまり、火災の勢いが増す原因って事だよね。

 アリサもバイオマス燃料の貯蔵庫が誘爆したって言ってたし、土竜の件が片付いたらそっちもなんとかするようベルナさんに言っておく必要があるだろう。

 そんな事を考えながら私はマリエッタを伴い浴場へと入った。



 そして朝食後。私達はドローン格納庫でランバージャックの動作音とやらがどのようなものかを確認することにした。

 前回は整備ポッドのログを確認しただけでドローンは停止状態だったから、音は聞けてないんだよね。気の早いトワは既にサウンドモジュールの試作品を作って持ってきてるけど……音を聞く前に作って大丈夫なんだろうか。


「それじゃ、動かしますねっ!」


 マリエッタが端末からドローンに指示を出すと、ランバージャックはゆっくりと歩き出した。

 4脚型で箱形のボディ。前面の下部に取り付けられているチェーンソーが装備されたアームは、見ようによっては頭に見えなくもない。

 サイズ的には土竜より一回り小さいぐらい。地中生活主体でおそらく視力の悪いであろう土竜から見れば、自分の知らない、同レベルの生き物に見える可能性がある……のかな?


 ランバージャックの脚部は旧式の油圧可動式らしく、動きはあまりスムーズではない。

でも山岳地帯での伐採活動がメインだと考えると、滑らかに動くよりもしっかりと安定している方が重要なのかもしれないね。


 一歩一歩ゆっくりと歩を進めるランバージャックの脚部から、油圧シリンダーが駆動する音が響くけど……この音はさほど不快ではないように思える。

 歩く速度は子供が横を併走できるレベルで緩慢な動作だけど……まぁ人が操縦する重機ではなく、自律的に木を切ってデポへ運ぶドローンならこのスピードでも十分実用的なのだろう。


「じゃあチェーンソーを起動しますっ!」


 格納庫の外へ歩み出たランバージャックの先には縦に固定された木材があった。これをチェーンソーで切断して、どんな動作音が出るかを確認する訳だ。

 念のためアリサと私、トワはイヤーマフを装備する。さすがに昨日の二の舞はごめんんだからね。


 自分のイヤーマフが正しく装備出来ているかを確認した私はマリエッタに手を上げて合図をする。マリエッタが口を開いたように見えたけど、何を言ってるのかは聞こえない。

 小首をかしげてみせると、マリエッタは慌てたように手で○を作って示して見せた。


 そして、ランバージャックのチェーンソーが木材に食い込み、イヤーマフ越しにも音が伝わってくる。

 足元の地面が微かに震え、骨の芯まで響くような振動が伝わってきた。これは、耳で聞こえてる音じゃなくて、低周波の振動……つまりイヤーマフでは軽減できないやつだ。


 昨日土竜に喰らった共鳴波は聴覚神経を突き刺されるような感じだったけど、ランバージャックの低周波は三半規管を揺らされているような感じで気持ち悪くなる。

 私は慌ててマリエッタにハンドサインで×を示して停止するよう伝えたけど……あ、アリサが口元を押さえてよろめきながら走って行った。

 うん、判るよ……これ、感覚が鋭敏な私達にはかなりキツいね。


 いまの実験で判ったけど、土竜の共鳴波は指向性のあるものだったのに対してランバージャックの低周波は360度全周囲に際限なくばらまかれていた。

 つまりどこへ行っても騒音が追いかけてくるとなれば、そりゃ土竜も怒るよ……。


 その後、トワが持ってきていたサウンドモジュールを付けてテストをしようという話が出たけど、トワが今のサウンドモジュールでは無理だと断言した。

 なんでも音波……つまり切断音の方はサウンドモジュールで改善できるけど、低周波の方はただ音を変調するだけではどうしようもない、と。


「ノイズキャンセリングとかはどうですかっ?」

「元の音が大きすぎ。カウンター出力がすごくなる」

「なら、チェーンソーやドローンの駆動系そのものを換えるとか、防振ゴムをはかせるとかっ?」

「ゴムはいいと思う、でも、他は本末転倒」


 さすがに超一流シンガーだけあって音のことについてはトワが詳しい。

 だけどマリエッタが提案する方法はいずれも不十分だったり、構造的な困難を伴うもののようだ。しばらく考え込んでいたトワが何かを思いついたように顔を上げた。


「消せないし、変えられないなら、足そう」

「音を足すんですか?もっとうるさくならないですか?」

「大丈夫。サウンドマスキング?ってやつ」


 サウンドマスキングというと、確か不快な音に他の音をかぶせて不快感を軽減させる音響技術だったはず。

 低音域に効果が薄いノイズキャンセリングより、サウンドマスキングの方が効果があるという判断なのだろう。


 その後、トワとマリエッタが話し合って決めた方法はこんな感じだった。

 ドローンの脚部に杭状に加工したサウンドモジュール……音響杭(サウンドステーク)とでも呼ぶようなものを増設して、伐採作業時にはそれを地中に埋め込み、チェーンソー稼働に合わせてステークから土竜が嫌がらない音を放出することでサウンドマスキングを行う。


 土竜が嫌がらない音の選別については、地表にいるトカゲを使って実験をするらしい。

 生物学的に見て近い種の生き物だし、生態的にもかなり類似していることが既に判っているからね。土竜対策についてはその方向性で試してみようという事になった。


 土竜についてはトワ達に任せ、私は火災防止の件についてベルナさんに話をしておくことにした。

 アリサは……結局帰ってこなかった。


 フォトンタブに「ごめんなさい、無理です」とだけメッセージが入っていたから……きっと今頃はアルカンシェルで寝込んでいるんだろう。

 二日連続だからね、きっとダメージも大きいんだろう。あとでリモンのジュースでも差し入れしておこう。


※本章でマリエッタが歌唱した歌詞はエーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト作曲のオペラ 『死の都(Die tote Stadt)』より「マリエッタの歌(Glück, das mir verblieb)」からの引用です。


(Lyrics excerpted from "Glück, das mir verblieb" in the opera Die tote Stadt, composed by Erich Wolfgang Korngold.)

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