閑話2・ホワイトデー戦線異常なし!
三月上旬のある日のこと。
『Erlosung』では珍しく客足が途絶えており、二階の住居スペースでケイとタカラは一息ついていた。
程よい雑音が欲しいというケイの要望で、テレビがつけられている。昼のワイドショーではあと数日に迫ったホワイトデーの特集が組まれていた。
「あーもうそんな時期か」
ハーブティー入りのマグカップで手を暖めながらケイが呟く。ケイの近くでふよふよと浮いていた守護者がにんまりとしながら口を開いた。
「ケイちゃん女の子達からたくさんチョコもらってたけど、お返ししないのぉ?」
明らかに揶揄を含んだ言い方に、ケイはくだらないとばかりに嘲笑で返した。
「ねぇわ。向こうもそれを求めちゃいねぇよ」
「そんなことないと思うけどなぁ?」
「なんの話だ?」
温室に行っていたタカラは戻ってくるなり、ケイの嘲笑交じりの言葉を聞いて不思議そうにしている。
そんなタカラにケイは顎でテレビを示した。テレビに映るホワイトデー特集に何となく話の流れが見えたらしいタカラは頷いた。
寡黙だが、察しのいい相棒にケイは満足そうに口角を上げる。
「タカラはお返しとかすんの?」
「ああ、義理だと思うがいくつか貰っているから一応」
「律儀なこって」
聞いておきながら興味なんて微塵もなさ気なケイの態度にタカラは苦笑する。
そんな二人の頭上で守護者だけが、それ義理じゃなくて本命だと思うんだけどなぁ? と零していたが、唯一言葉を聞けるケイに黙殺されたのでタカラに届くことはなかった。
テレビを眺めていたケイはげんなりした表情になり、目を逸らす。
「バレンタインの時みたいにごった返してはいないとはいえ……態々自分から人ごみに行きたくねぇわ」
その言葉がよく視えすぎる目から来ることをよく知るタカラは眉を寄せテレビを消した。
守護者はどこか悲しそうな表情をして、ケイの頭を守るように抱きしめる。その姿はどこか懺悔をしてるように見えるが、ケイは子ども扱いするなと悪態をついて身を捩った。
「だー、いい加減ガキ扱いすんな!ていうか、アンタにガキ扱いされるとマジで変な気分なんだけど!」
「ケイちゃんはいつまでたってもかわいいケイちゃんだもん~~よしよーし」
「やーめーろー頭撫でんな!」
守護者を視ることができないタカラには二人の詳しいやり取りはわからない。それでも自分の相棒が弄られていることだけは把握できた。
なんだかんだ文句を言いながらも、ケイは守護者に弱いことをタカラはよく知っている。
タカラが自分のことを、生暖かい目で見ていることに気づいたケイが矛先を変えた。
「テメェなんだその微笑まし気な薄ら笑いは」
「今日は平和だなと思っただけだ」
「はぁ!?」
なおも噛みつこうとするケイを遮ったのは家中に響き渡るチャイムの音だった。
一気にケイとタカラに緊張が走る。その顔はじゃれあっていたさっきまでと違い、祓い屋のソレに代わっていた。
『Erlosung』の周りにはケイが張った結界がある。そのため、ケイや守護者が感知できず侵入するなど、ほぼ不可能に近い。
下手したら自分より手練れのモノがやってきた可能性が高いことにケイは気づいている。
深呼吸をして、まずは侵入者の気配を探るために目を閉じた。
だが、玄関前にいる気配が自分のよく知る澄んだモノであると気づき肩の力を抜く。
「タカラ、大丈夫。身内だったわ」
「ああ、なるほどな」
「んじゃ、出迎えますかねぇ」
緊張して損した、と呟きながらケイはリビングを出ていく。その言葉と後ろ姿にタカラは苦笑いを禁じ得ない。
この界隈で働いている身としては警戒しすぎるなんてことはないのだが……。それはそうとして疲れるということなのは理解しているつもりではある。
まぁ、何かあったときのために自分がいるのだから、多少の気の緩みは大丈夫だろうとタカラは結論付け、ケイの後を追い玄関に向かった。
玄関のドアを開けた先には、長い赤髪を三つ編みにした麗人がいた。
まだまだ肌寒いからか黒いストールを肩にかけた麗人……キョウは甘やかに目を細めて笑う。
「急にごめんなさいね?」
「どうやったかは聞かねぇけど、急に結界内に現れんのやめてくんない?」
「ふふ、気を付けるわ」
「兄さん寒いだろうし、中に入ってください」
「ああ、いいのいいの」
ころころと可憐な少女のように笑うキョウに、ケイとタカラは顔を見合わせる。
その顔には何一つよくはないけど、と書かれていた。長い付き合いの中で、突っ込んでものらりくらりと躱されるのはわかっている。
ならば、さっさと話しの主導権をキョウに渡したほうがいいと判断したケイは口を開いた。
「んで?姐さんどしたん?」
「二人とも今日って暇?」
「まぁ空いてるけどよ」
「じゃあちょっと買い物付き合ってくれる?」
とてもやさしい笑みを浮かべながらも、拒否されるなんて微塵も思っていなさそうな態度に、男二人はがっくりと肩を落とす。
その頭上で守護者が愉快そうにケラケラと笑っていた……。
キョウに連れられてきたのは、歌舞伎町からほど近い某百貨店だった。
奇しくも、先ほどまでテレビで見ていたホワイトデーの催事に足を踏み入れることになったケイは、小さくため息を吐く。
平日の昼過ぎということもあり、心配になるくらい空いている催事場を三人は練り歩く。
ちなみに、守護者を連れてくると余計なお菓子を買わされるのが見えているので留守番をさせている。守護者を離していいのかというタカラの問いには、離れてても繋がっているから大丈夫だと、答えが返ってきた。
どちらにしろ、留守番を命じられた守護者の降下した機嫌を直すために、お菓子を買わないといけないのだが……直接連れてくるよりはましだと結論付けたようだ。
客足が途絶えて、各ショップの店員が暇を持て余したところにやってきた派手な三人組はただでさえ目立つ。その上、三人が三人とも別ジャンルの美形とあってこれ以上ないほど注目を集めている。
不躾に向けられる視線にケイは舌打ちをした。内心、見世物じゃねぇんだぞと悪態をついて、人形のように整った顔を歪ませる。
すかさずそのわき腹にキョウの肘鉄が叩き込まれ、ケイは痛みに悶えることになるのだが……。
「姐さんなにすんだよ……いてぇ」
「せっかくの楽しいショッピングなんだから不機嫌になるのやめてくれる?」
「だって、あいつらジロジロとこっちのこと見てんだぞ?」
「いい加減慣れなさいな。ほら、タカラなんて顔色一つ変えてないわよ」
急に話を振られたタカラは微かに眉を寄せる。その仕草に話を聞いてなかったと察したケイとキョウはやれやれと肩を竦めた。
不思議そうな表情をするタカラを黙殺して、キョウは浮足立った様子でショップを回っていく。
ケイはキョウの後をついていきながら、漂ってくる甘い香りに胸焼けしそうだとげんなりしていた。
「姐さん、誰かにお返しすんの?」
「ええ。私の大事なお客さんよ」
「兄さんが個別に渡すなんて珍しいな」
「ていうか、俺達必要かこれ?」
「若い子の好みわからないもの」
あっけらかんとしたキョウの答えにケイは思わず、俺だって若かねぇよと口に出してしまった。だが、案の定そのツッコミは華麗にスルーされる。
客相手には優しく、大人な対応をするキョウが、自分たちを遠慮なく振り回すのは今に始まったことではないとケイは諦めて、流れに身を任せることにした。
それに、あの博愛主義者なキョウが『大事なお客さん』と呼んで個別にお返しを渡す相手のことに興味がないわけではない。
それなら自分も楽しんでやろうと、ケイはようやく腹を括った。
キョウの二歩後ろにいたケイが、隣に並んでショーケースを覗き込む。
「で、なに渡すんだ?」
「マカロンの予定」
「マシュマロとかクッキーじゃなくてか?」
「あら、ケイ知らないの?ホワイトデーのお返しにはそれぞれ意味があるのよ」
「意味?」
「そう、マシュマロは『あなたが嫌いです』、クッキーは『友達のままでいましょう』、キャンディーは『あなたが好きです』という感じにね。まぁ……後付けだから、あまり気にしなくていいとは思うけれど」
「それを店員の前で言う姐さんの神経がわからねぇ」
呆れたようなケイの言葉にキョウは不思議そうに小首を傾げた。その様子に、無自覚かとまたケイはため息を吐くことになる。
そんな二人のやり取りを見ていた店員は、慣れたもので営業スマイルを浮かべたままだ。さすがプロである。
「兄さん、マカロンも意味があるんだろう?」
「……ふふ、それは秘密♪」
唇の前で人差し指を立て、ウインクするキョウを不覚にも可愛いと思ってしまったケイは頭を抱えた。そんな相棒を憐れんだタカラは慰めるようにケイの肩をポンポンと叩く。
男二人の間で行われているやり取りなんて一ミリも気にせず、キョウはお眼鏡にかなう商品を見つけたらしく別のショップに移動していた。
そして、迷うことなく一番高額のマカロンの詰め合わせを購入する。素早い行動に、やっぱり俺たちいらなかったんじゃねぇかなとケイは本日何度目かわからないため息を吐き出した。
マカロンを買ってほくほく顔のキョウに、やっと帰れるとケイは大きく伸びをした。ちゃっかり、守護者用にお菓子の詰め合わせを買っているのは抜け目ない。
だが、ケイの予想を裏切ってキョウはエレベーターに向かい、上の階に向かう。
その様子に、まだ何か買うつもりかとケイは肩を落とした。
「姐さん今度は何買うつもりだ?」
「ハンカチ。選ぶの手伝ってちょうだい」
「そういえば、お返しを上げるのってどんな人なんだ?」
「中学生の女の子よ。去年の秋にこっくりさんに憑かれて、先生経由でうちに来た子」
「あーそういや、師匠から依頼人を姐さんに回したって言われたわ」
「なんか廃ホテルに行った男が来てたのと同じ日だったな」
「そうそう。それ以来交流があって。先月のバレンタインにチョコを頂いたからそのお返しね」
少女の話をするキョウの表情はひどく優し気で、本人とってはただの客以上の存在になってることを物語っていた。
キョウとは長い付き合いにあるが、そんな表情を見るのはケイも初めてで面食らう。
ケイがなんとも言えない顔をしている間に、エレベーターは目的の階に尽きキョウはヒールを鳴らしてドアをくぐった。
慌ててそのあとを追うと、連れてこられたのはタオルやハンカチの専門店。
「ハンカチもつける感じ?」
「ご名答。定番品でしょう?」
「中学生の女の子だったか……」
それだけ呟いたタカラは、ファンシーなハンカチが並ぶ一角へと足を向けた。
反社会的勢力に間違われがちなタカラはひどく浮いている。妙に目立っているタカラに声を掛ける気なんてものケイは初めから持ち合わせておらず、キョウとともに色とりどりのハンカチを物色する。
あーでもない、こうでもないと真剣な顔でハンカチを選ぶキョウの隣で、ケイはそろそろフェイスタオルを補充するかなぁ等と思いながら棚を眺めていた。
「兄さんこれとかどうだ?」
タカラが持ってきたのは、パステルピンクにウサギが刺繍された可愛らしいハンカチだった。
あまりのギャップにケイはハンカチとタカラの顔を三度見してしまう。
「それも可愛らしくていいけど……私はレディにあげるお返しを選びたいの」
「子供っぽすぎたか」
「そうね。でも、確かに女の子が好きそうなチョイスね」
「お前隠し子でもいんのか?」
「いないし、そもそも隠す必要がないだろ」
あほかと呆れたように呟くタカラに、それもそうかとケイは頷いた。
「……決めた、これにするわ」
キョウはとても嬉しそうに微笑みながら、一枚のハンカチを手に取っていた。薄い紫の生地に繊細な刺繍がされたもの。高級感漂うその商品は確かに、大人の女性が持っていても可笑しくないものだった。
「どうかな?」
「ん~……背伸びしたいお年頃だしいいんじゃね」
「右に同じく」
「そう、よかった……買ってくるわね」
無事に必要なものを全て購入できたキョウは、来た時よりも軽い足取りで百貨店を後にした。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
「まぁ最終的に荷物持ちくらいしかできなかったがな」
あの後、プレゼントは別にキョウの個人的な買い物に付き合わされ、大量の荷物を持たされたケイとタカラは『Fate』で一息ついていた。
元々プレゼント選びじゃなくて、荷物持ちのために連れていかれたんじゃねぇだろうなとケイは不服そうにタバコに火をつける。
「ケイ、まだタバコやめていないの?」
「やめる気もねぇよ」
「なんでこんなにスレちゃったのかねぇ……昔はあんなに可愛かったのに」
キョウの嘆きは聞こえないふりをして、店内を見回したケイはあるものに気づいた。
いつもは商品しか置かれていない窓際に、今は見慣れないアクセサリークッションが鎮座してた。そのクッションの上に置いてあるものは日の光を反射して紫色に輝いている。
「姐さん、窓際にあるヤツって」
「これもプレゼントに入れようと思ってね」
キョウが手に取ったそれは、アメジストが真ん中につけられたアンティークバレッタだった。
アメジストの不思議な輝きにピンと来たケイは、キョウの手元を視た。
「どう?一応魔除けの効果をつけようと思ってるんだけれど」
「ん、まだ足りねぇかも」
「ふむ……タカラ、ちょっと力貸してくれない?」
「かまわないが……」
キョウが差し出した掌に、タカラも手を重ねた。もう片方の手に乗せたバレッタを口元に寄せたキョウは、小さな声で何かを呟く。店内の空気が騒めきだし、キョウの赤い三つ編みがゆらりと宙に浮いた。
ケイの眼にはタカラの力が触れた手を伝い、キョウに注がれ、バレッタに封じられるのがありありと視えている。
祝詞を唱え終わったキョウはアメジストに口付けた。ぱきんと高い音が響き、アメジストの内部に一瞬魔方陣が浮かび、消えた。
「さすが姐さん。完璧」
「ふふ、良かった。本気で祈りを込めるのは久しぶりだったから」
成功を知らされたキョウは、慈しむような温かな眼差しでアメジストを一撫でする。
その表情は自分が知るキョウのようで……まるで別人のようにも思えて、今日は新しい発見ばかりだな、とケイは口角を上げた。
キョウに見送られケイとタカラは『Erlosung』への帰路につく。
降って湧いたオフ日のようなものだったのに、妙に濃い一日だったとケイはゴキゴキと首を鳴らす。帰ったら不貞腐れた守護者がいるだろうが、お菓子の詰め合わせで許してもらえるといいのだが……。
そこまで考えたケイはふと、結局マカロンをお返しに贈る意味を教えてもらっていないことに気付く。
思い出してしまったら、気になって仕方なくなってきた。
ケイは尻ポケットに突っ込んでいるスマホを出して、検索を始める。
歩きスマホをする相棒にタカラは眉間のしわを深くした。
「おい、歩きスマホするな」
「……はは、そういうことかよ」
「はぁ?」
「ほれ、見てみ」
ケラケラと愉快そうに笑うケイは、タカラにスマホの画面を見せた。
その画面を見たタカラを目を瞬かせる。
―ホワイトデーにマカロンを贈る意味は『あなたは特別な人です』になります。




