大魔王軍の襲来⑧
なんだかんだあって、俺達が寝たのは夜が明ける少し前になった。
寝るのが遅かった分、起きるのも想定より遅くなってしまう。
目が覚めたのは昼前のことだった。
「おふぁよぉございます、ジークしゃん……」
俺と同じタイミングでアイリスも目を覚ます。
寝ぼけ眼を擦りながら、ゆっくりと上半身を起こす。
「わわっ、そういえば私、昨夜は……!」
自身の剥き出しな胸を見て、アイリスが顔を真っ赤にする。
全裸であることを今になって思い出したようだ。
「恥ずかしさなんか忘れて眠ることができただろ?」
俺も身体を起こし、アイリスの背中に舌を当てる。
背骨にそってチロリと舐め上げた。
大量の汗を掻いていたからか、やや塩の味がする。
アイリスは「ひゃう」と身体を震わせた。
「た、たしかに恥ずかしさは忘れていましたが……」
アイリスがベッドから這い出る。
「ジークさんのせいで脚がガクガクですよ……」
その言葉の通り、アイリスの脚はガクガクしていた。
まるで生まれたての子鹿みたいに。
「SSS級冒険者なんだろ? すぐに慣れるさ」
俺もベッドから出ると、アイリスの尻を手で鷲掴みにする。
「サッとシャワーを浴びたら、サクッと大魔王を倒すとしよう」
「ですね……!」
仲良く浴室に向かう俺達。
「それにしても、ジークさんは大人びていますね」
「ん、そうか?」
「とても18歳には見えません」
「老け顔ってこと?」
「違いますよ! 容姿は18歳ですが、中身はもっと大人っぽいです。私よりも遥かに年上のような、そんな気さえします」
「これでも1兆年以上生きているからね」
「……その冗談、好きですよね」
「まぁな」
「ジークさんの数少ない欠点が、その面白くない冗談だと思いますよ」
「ズバズバ言うようになったな。まるで俺の女にでもなったかのようだ」
「そ、そんなこと、ありませんから!」
「ははは」
シャワーで互いの身体を洗い合う。
こうして、大魔王を討伐する一日が幕を開けるのだった。
◇
街を出て少ししたところで、アイリスが言った。
「徒歩での移動ですよね? だったら私に〈ヘイスト〉をかけさせてください」
「いいけど、その〈ヘイスト〉って魔法? それともスキル?」
「スキルです!」
アイリスが杖を両手で持ち、先端を俺に向ける。
それから「ヘイスト」と小さな声で呟いた。
俺の背中に、数秒間だけ光の翼が生える。
その翼が消えた瞬間、身体がふわっと軽くなった。
「なかなかの腕前だな」
「これでも総合支援ですので、支援系の魔法とスキルは極めています。SSS級の冒険者として恥じないだけの力はあると自負しています」
「たしかに。だが、この程度なら俺も使えるかな」
「えっ」
「もっとも、俺の〈ヘイスト〉は魔法でもスキルでもないけどさ」
そう言って指を鳴らす。
アイリスの〈ヘイスト〉と同様の効果を持つ魔力が、俺達の身体を覆う。
先ほどよりも更に身体が軽くなった。
「わ、私の〈ヘイスト〉よりも遥かにすごい……!」
「これでも最強を自負しているからね」
「格が違いすぎますね……出過ぎた真似をしてすみません」
「いやいや、そんなことないさ。アイリスもなかなか見事だったよ」
「もっと精進します……」
「そうしょげるなよ。ほら、行くぞ」
「は、はい! デビルズタウンまで案内しますね!」
「おう、よろしく頼んだ!」
俺はアイリスに追従する形で草原を駆け抜けた。
◇
「ここです!」
カサンドラを出て数時間で、デビルズタウンに到着した。
見た目はカサンドラと同じ城郭都市だが、妙な禍々しさが感じられる。
魔物の気配も、カサンドラとは比較にならないほど濃厚だ。
「むっ、お前達、冒険者か?」
城門に近づくと、門番らしき魔物が声を掛けてきた。
全長1メートル程の小柄な人型で、背中に翼を生やしている。
頭には小さな角を生やし、手には三叉の槍を持っている。
咄嗟に武器を構えるアイリスを、俺は「大丈夫」と制止した。
この魔物からは敵意が感じられない。
「冒険者だ。大魔王オンボールを討伐しにきた」
「自分から死にに来るとは馬鹿な奴だ。だが、無駄死にする必要もない。今なら見逃してやるから、さっさと帰るがよい」
魔物は本気で言っている。
ここで俺達が「じゃあな」と背を向けても襲ってこないだろう。
どうしてそれほど余裕なのかは分かっている。
「早かれ遅かれどうせ大魔王様が全世界の人類を食らうのだから、今すぐに相手をしなくても問題ない――そんな風に考えているわけか」
「人間のくせに物分かりがいいじゃないか。まさにその通りだ。戦いを挑まなければ、1年は生きることができるだろう。それで充実した余生を過ごすが良い。これは俺ではなく、大魔王様の寛大なお心遣いだ。ま、自らの実力を弁えぬ人間風情に警告したところで、意味はないだろうがな」
「魔物のくせに物分かりがいいじゃないか。まさにその通りだ」
「ふっ、だったら中に入るが良い。大魔王様は城の最上階にある謁見の間におられる。寄り道しないでさっさと行くことだな。お前らが攻撃を仕掛けない限り、中の魔物は襲ってこないから安心するといい」
「ご丁寧にどうも――行くぞ、アイリス」
「は、はい!」
俺達は堂々と真正面から、デビルズタウンに足を踏み入れた。
「本当に誰も襲ってきませんね」
「その必要がない、と思っているのだろう」
デビルズタウンの中には、大量の魔物が棲息していた。
人間が作った人間の建造物を、魔物共が我が物顔で使用している。
連中はこちらに気づくも、一瞥するだけで何もしてこなかった。
「数を減らさなくて大丈夫でしょうか?」
「問題ないさ。こいつら程度、その気になればいつでも駆逐できる」
「頼もしいです。それに羨ましいです」
「羨ましい?」
「私には戦闘能力がありませんから。支援は得意ですが、戦闘に関してはC級以下の実力しかありません。完全に支援特化なんです。ですから、ジークさんやレイチェルのような、自分で戦える方が羨ましいです」
「なるほど。ま、己の強さに不満があるなら鍛えるしかないさ。それより、覚悟を決めろよ。おそらく大丈夫だが、相手次第では守ってやれないかもしらんからな」
「大丈夫です! 自分の身くらいは守れますから……!」
俺達は足を止めた。
目の前には巨大な王城がそびえ立っている。
「では行こうか、大魔王の討伐に」
「はい!」
アイリスが深呼吸をする。
それを見ながら俺も一呼吸した。
そして、俺達は並んで城内に入るのだった。
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