祓いと頼み
アルフが部屋を去った後、フィレイが心配そうに水月を見た。
「あの人、大丈夫かな?」
「さあね」
既に夜もふけていたため、水月はフィレイに、先に寝てて、と告げて、そっと宿を抜け出した。
宿を出て少し行くと、後ろから誰かがつけて来る。少し歩いて、ぱっと振り返ると、建物の陰に隠れる小柄な人影が見えた。
その建物まで走り、陰を覗き込んだ。
人影を確認した水月の口からは、呆れた声が漏れた。
「……何やってるの」
立っていたのはフィレイだった。彼女は水月を見て、口元に照れたような笑みを浮かべた。
「ごめん、気になっちゃって」
「全く、寝ててって言ったのに――」
さらに何か続けようとした水月の言葉を遮って、男の悲鳴が響いた。
直後、水月は悲鳴の聞こえた方へ走り出した。後ろからフィレイがついて来る。
悲鳴の元は近くの家だった。ドアを開け、中に入る。
中ではアルフが腰を抜かしてへたりこんでいた。
しかし水月が声をかけると、首を回して彼女を見た。〈影憑き〉特有の、虚ろな瞳だった。
後ろから足音が聞こえた。ちらりと外を見ると、鋭い目の初老の男が走って来ていた。
男は物も言わずに水月とアルフの間に割って入った。無造作に札を取り出し、アルフに貼ろうとした。
その前に、アルフが突然動き、男を勢いよく突き飛ばした。男は強く壁に叩きつけられた。
「ニルスさん、大丈夫ですか?」
男――ニルスは小さくうめいた。アルフが笑う。彼自身の声ではなく、幾人もの男女の声が重なったような声だった。
入り口から顔を覗かせたフィレイに、とっさに水月は「来たら駄目!」と叫んだ。フィレイがさっと首を引っ込めた。
水月はアルフに向き直った。時間がない。一刻も早く祓わなければ、アルフの命はない。
アルフを押さえつけ、懐から出した札を貼った。しかし、尚もアルフがもがくため、中々祓えない。
暴れるアルフを、水月のものではない、別の人間の腕が押さえつけた。
フィレイが入って来たのかと水月は顔を上げた。いたのはフィレイではなく、ニルスだった。
軽く頭を下げ、水月は膝でアルフを押さえつけつつ、手を叩いた。
アルフの顔が一瞬だけ強ばり、がっくりと力が抜けた。
「ありがとうございました」
水月はニルスに改めて頭を下げた。ニルスは顔の前で手を振った。
「いや、こちらこそ、面倒をかけた」
その後、水月はフィレイと共に宿に戻った。フィレイはさっさと眠ったが、水月は眠らず、ベッドの上に座って何か考えていた。
翌朝。二人が朝食を取っていると、げっそりとやつれた様子のアルフが近付いて来た。
フィレイは警戒するようにアルフを見たが、水月は気にする様子もなく食事を取っていた。
「話がある」
「何?」
自分から切り出した割に、ぐずぐずしているアルフを見て、フィレイが「部屋に行く?」と聞いた。アルフはほっとしたようにうなずいた。
部屋に来て、ようやくアルフは重い口を開いた。
「俺に、〈影祓い〉のことを、教えてくれないか」




