札なしの祓い
フィレイらを取り囲んだまま、四人の男らはじわじわと距離を詰め始めた。
顔面蒼白のフィレイと、怪我をしているアルフを庇うように、ウォルドが二人の前に立った。彼に向けて、振り上げられた剣が今にも振り下ろされようとしたとき、鋭く空気を切る音がしたかとおもうと、今しもウォルドを斬り殺そうとした男が、がっくり前にのめった。男の傍には、朱色に塗られた短剣の鞘が落ちていた。
次の瞬間、ウォルドの眼前に黒い影が飛び込んで来た。一瞬ぎょっとした彼だが、後ろからフィレイが叫んだ。
「水月!」
水月は三人に向かって笑ってみせた。あちこちに傷を負い、左袖のなくなった甚平姿で。
「フィレイ、アルフの怪我の血止めをしてあげて頂戴な。私はこっちで忙しいから」
顔色一つ変えずにそう言って、男たちに顔を向けたときには、笑顔は拭ったように消えていた。代わりに浮かぶのは、憤怒の色。
「……まさか生きてはいないと思っていたのに」
リリーの呟きに、水月は事もなげに返した。
「あいにく、しぶといのは生まれつき。それに私、売られた喧嘩は買う主義なのよ」
「怪我人のくせに大口を聞くこと。そのまま逃げていれば助かったものを。殺しなさい」
振り下ろされる抜き身をひらりとかわし、右手に持った短剣で、相手の腕――剣を持っている方の腕――を斬り付ける。その上で気絶させ、次の相手に向き直る。
残る三人をあっさり地に沈め、水月は肩で息をしながら、リリーに視線を向けた。
「さて、と。一体どういうわけですか?」
水月の言葉に応えるように、リリーの後ろから、地の底から響いてくるような、陰鬱な、低い歌声がした。誰のものともつかぬ、声とも言えないような声。
嬉し 嬉しや
嬉し 嬉しや
怒り 妬み 恐れ 憎しみ
喰ろうてやろうか 喰ろうてやろうぞ
「誰かいるのっ!」
「目を閉じて! <影>に憑かれる!」
水月の警告はわずかに遅かった。リリーは<影>の方を向いてしまった。一拍おいて、彼女の喉から、魂ぎるような悲鳴が上がった。
悲鳴は徐々に笑い声へと変わっていく。虚ろな目のリリーは、まっすぐに水月に向かってきた。
思い切り突き飛ばし、様子をうかがう。
「水月、<拘束札>を使えよ!」
「持ってたら使ってるわよ!」
<影>にとって、リリーの身体は道具でしかない。<影>が真に欲しいのは、リリーの心。だから、たとえ腕が折れようと足が折れようと、首が折れようとも、<影>には関係ない。<拘束札>でなければ、<影憑き>は止められないのだ。
しかし、水月は街道で襲われたとき、手持ちの<拘束札>を使い果たしてしまっていた。今持っているのは<破壊札>と<祓い札>のみ。
リリーの注意を自分に引き付けつつ、水月は内心焦っていた。早く祓わなくては、リリーが取り殺されてしまう。
そのとき、リリーの後ろを、金色が横切った。ほぼ同時にリリーの動きが止まる。
素早く水月は<祓い札>を貼り付け、手を叩いた。がっくりと、リリーの身体が倒れる。脈を取ってみると、かなり弱くなっていたが、確かに打っていた。
「ありがとう、アルフ」
「俺にはさんざん札を持っとけって言ったくせに、言った本人が持ってないって、何だよ」
水月は肩をすくめ、フィレイのところへ向かうと小さな瓶を握らせた。
「これって……」
「解毒薬。早く飲ませてあげなさいな」
言いつつ水月はその場にへたりこんだ。そのまま目を閉じると、辺りの音がすうっと遠ざかっていった。




