大団円
細かい霧雨が降っている。窓から外を眺めながら、水月は荷造りをしていた。
幸い、解毒薬のおかげでフィレイの父は一命を取り留めた。その後リリーをどうするか、親子で意見が分かれたが――フィレイとウォルドは離婚を勧め、逆に、父親はウォルドに商会を任せ、自分はリリーと添い遂げると言い張った――結局は父親の意見が通った。
リリーは今、自分の寝室のベッドで横になっている。息はしているが話しかけても反応はなく、目は開いていても何も見えていない。 取り殺される前に祓えたとはいえ、<影>に喰らわれた彼女の心が元に戻るには、相当な時間がかかるだろう。
ぼんやりと物思いにふけっていた水月の耳に、ノックの音が届いた。入って来たのは、ウォルド。
「本当に、ご迷惑をおかけしました。怪我の具合はどうですか?」
「もう、平気ですよ。それより、お母様の様子はどうです?」
ウォルドが顔を曇らせる。まだ何も変わらないのだと、容易に知れた。
「母は……あのまま取り殺されていた方が良かったかもしれません」
ウォルドの、絞り出すような言葉に苦笑する水月。
「時々、言われますね。なぜ祓ったのか、なぜ殺させなかったのか、と。でも、私は<影祓い>。<影>を祓うのが仕事です。祓いを行うのに、<影憑き>の人柄など関係ありません。それに、<影>は祓わない方が被害は大きくなりますから。嫌でしょう? 目の前でフィレイが殺されるなど」
水月の瞳がゆらりと揺れる。最後の低い口調で付け足された一言に、ウォルドの顔は青ざめていた。おそらく、場面を想像したのだろう。
更に二言三言、言葉を交わしてウォルドは部屋から出て行った。
水月は一人、雨を眺める。ずっと昔の、おぼろげな記憶が、一瞬浮かんでは消えていく。思い出そうとしても、それは夢を思い出すようなもので、上手くいかない。
軽く頭を振って、部屋を出る。これからあの二人がどうするのか、聞きに行かなくては。
フィレイの部屋へと向かうと、そこにはアルフもいた。あれからこの二人はしょっちゅう一緒にいるのだ。
「あら、ちょうど良かった。二人に聞きたいことがあるのよ」
「何を?」
「二人とも、これからどうするつもり? 私はまだ、旅を続けるけど」
「なら私はついて行く」
一瞬の沈黙。
「アルフはどうするの?」
「俺か……どうしようかな」
「別にターベイに戻ってもいいのよ。今の貴方なら、ニルスさんについて経験を積んだら、十分やっていけるでしょうし」
「水月は、私たちが一緒に行くのは、嫌なの?」
フィレイの問いかけに、水月はすぐには答えない。
旅を始めたころは、一人旅の気ままさが心地よかった。フィレイがついて来るようになって、初めはうっとうしいと思ったこともあった。
けれど二年経った今、その気持ちはない。
「嫌では、ないけどね。今から一人旅に戻ったら、寂しいだろうし。でも、もう分かってるでしょう? 私といるとしょっちゅう厄介事が起きるって」
口調に自虐が混じる。
「そんなこと言って、言うほど起きてないじゃない。ラルグラードとカーツくらいで。それに、旅するのは楽しいし」
「俺も同感。それと、俺もついて行くよ。ターベイでも経験は積めるだろうけど、俺としてはもうしばらく旅をしたい」
二人の言葉に苦笑していた水月だったが、やがてその笑みから苦々しさは消えていった。
前日の雨が嘘のように、空は綺麗に晴れていた。
「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。それではお二人とも、フィレイをお願いします」
「ええ。またその内、立ち寄らせてもらいましょう」
ウォルドに見送られ、通りを歩いて行く三人。
「ねえ、どこに行くの?」
「そうね、とりあえずカーツに行きましょうか。その後は……大陸の西の方も行ってみる?」
のんびりしたやり取りを交わす。
こういう何でもないやり取りが、実は本当に楽しいのだと、水月は心から思った。
これにて『<影祓い>』は完結いたします。
読んで頂き、ありがとうございました。




