不安的中
深夜、ソリス家の屋敷の裏門が静かに開かれた。立つのはフィレイの義母と、身体にはりつくような服をまとい、なめし革の鎧を着た四人の男。
「名前は水月。黒地の、肩のところに花が描かれた着物を着ているから、すぐに分かるでしょう。殺してきなさい」
男たちはうなずき、夜の闇に溶けていくかのように、一人また一人と発って行った。
同じころ、水月は街道を走っていた。馬車ならば一日だが、人の足なら更にかかる。さすがに息を切らしながら、先へと進んでいく。
時折、干し肉を食べるために短時間立ち止まるほかは、ひたすら走っている。女の身とは言え、そこは鍛えられた水月だ。あと半日もあれば、「流」につけるだろう。
大陸を旅する途中、幾度か水月は死苺を見かけていたし、冬也も前に、念のために解毒薬を置いていると言っていたことがあった。
冬也のことだ。まだ置いているだろう。
自分に向けて刺客が放たれたことなど、知る由もない水月は、ひたすら街道を走り続けた。そして予想通り、昼近くにはカーツの町に着いた。
肩で息をしながら、「流」に向かう。
「いらっしゃい、って、水月。どうした?」
「冬也、死苺の解毒薬、持ってる?」
「あるには、あるが……。また厄介事か?」
肯定としてうなずいておく。冬也がその童顔に諦めたような表情を浮かべた。一旦厨房を離れ、すぐに戻って来る。その手には小さな瓶が握られていた。
「ほれ、これだ。使い方は知ってるよな?」
渡しかけた冬也は途中で動きを止め、真剣な顔で囁いた。
「何に巻き込まれてるのかは知らんが、気を付けろよ。何か、嫌な予感がするんでな」
「虫が知らせた?」
おどけたような口調ながら、水月はしっかりとうなずいて見せた。
この年上の従兄は、時折鋭い勘を働かせることがある。特によくないことに関して、冬也の勘働きが狂うことはまずないと言ってよかった。
実際、水月も信じて助かったり、逆に信じなかったせいで、あわや、ということもあった。だからこそ水月は、冬也の勘が働いたときは、出来る限り従うことにしている。
瓶を懐に入れ、水月は「流」を出、すぐにソリス家へ戻るべく来た道を引き返し始めた。
カーツの町境を越え、街道に入るまでの人気のない道へ来たとき、鈍い衝撃が左肩を打った。
身体を反転させたところへ、ナイフが飛んできた。ぎりぎりで交わし、左肩に刺さっているものを抜く。手のひらに収まる程度のナイフだ。
物陰から、黒い革鎧を着た無表情な男が四人、姿を現した。ちょうど水月を取り囲むように立っている。
水月の背に血と冷汗が伝う。普段ならともかく、疲れ切った今の状態で四人を相手にするのは厳しい。
(きついのは分かってるんだけど。どうにかしないといけないみたいね)
懐から<拘束札>を数枚取り出す。目の前の男にナイフを投げ、間髪を入れずに札を一枚投げる。
男はナイフこそ叩き落としたものの、<拘束札>をかわせなかった。身動きの取れない男に、更に数枚札が貼り付き、男をしっかりと拘束する。
背後からの白刃をぎりぎりで避け、そのまま回し蹴りを放つ。別の男の剣が、左腕を切り裂いた。
右拳でその男に一発食らわせ、次いで蹴り飛ばした。
一旦距離を取ると、邪魔になる荷物を置き、朱鞘の短剣を引っ張り出す。
黒い双眸で男たちを睨み据え、水月は短剣の鞘を投げ打った。手を離れた鞘は電光のように飛び、男の一人の眉間に直撃する。倒れた男には見向きもせず、飛びかかってきた手前の男の手首を斬り付け、当て身を食わせた。
棒立ちのまま動かない男と、倒れた三人にはもう目もくれず、懐の瓶を確認し、水月は怪我の手当てをしながら街道を進んでいった。




