謀る者、知る者
ウォルドについて行った先、日当たりの良い一室のベッドに、初老の男が横たわっていた。
「お父さん!?」
男の顔色は青白く、額には汗が浮いていた。呼吸は浅く、弱い。
「ついさっき、倒れて。母は<影>ではないかと言うのですが」
「アルフ、貴方どう思う? <影>だと思って?」
言われてアルフはじっと男を見た。旅の中で水月から、<影>と<影祓い>については教わっている。
「いや、俺は<影>じゃないと思う。<影>なら――<影>に憑かれたなら、こうはならない」
「そうね。私も同意見よ。この人、倒れる前に何をしてました?」
「え? ちょうど、仕事が一段落したから休憩するとか言って、紅茶を飲んで――そうだ、その実を食べた途端に倒れたんです」
ウォルドが指したのは、小皿に盛られた赤い木の実だった。水月が眉を顰めてそれを眺め、小さく一口かじった。すぐに吐き出し、口をすすぐ。
「この実、どこから採ってきたんです?」
「母が、育てていたものです。今年初めて、実をつけたと言っていましたが……」
「それ、見せてください」
庭に出て、それを見た水月は、小さく、やっぱり、と呟いた。
「これ、毒草よ」
「どうして分かるの?」
フィレイの口調は少しきつかった。
「何度も見てるから。これ、死苺よ。カラじゃ一番よく見る毒草。なんせ見た目が野苺と似てるし、甘いもんだから子供が間違って食べること、多いのよね。最も、毒が回るのに時間がかかるから、死ぬことは少ないんだけど」
「どれくらい、余裕があるのですか?」
「そうね、一週間前後……五日、と見ておくのがいいでしょうね」
ウォルドの顔が曇る。
「五日……。カラに行くのでは間に合わない。商人にしても、上手く解毒薬を持っている商人がいるかどうか……」
「カーツに一人、解毒薬を持っている心当たりはありますけど。もらってきましょうか?」
「いるの、水月?」
言ってからフィレイが納得したという表情を浮かべた。
「ああ、冬也さん?」
水月が首を縦に振った。
「……お願いします。馬は要りますか?」
「いいえ。乗れませんから。それじゃ、貴方たちはここで待ってて」
言うが早いか、水月は駆け出して行った。
「水月……あ、もうあんなところに」
「ウォルド、そこで何をしているの? お父さんはどうなの?」
いぶかしげに近付いて来たのは、腰まで届く焦げ茶の髪の女だった。飾りを抑えた柔らかな印象をあたえるドレスをまとっている割に、その顔と口調はどこか冷たく、ちぐはぐだった。
「父さんは、これに当たったそうです。ついさっき、解毒薬をもらえる伝手があるそうで、水月さんが、カーツに向かったところで」
何か呟き、女は一つうなずいた。
「とにかく、疲れたでしょう。休みなさい。そこの人と、フィレイも」
「はい、お母さん」
くるりと背を向け、中に戻る女に、アルフは何となく不審な気持ちを覚えた。
その夜、眠れずにベッドで寝返りを繰り返していたアルフは、結局諦めて起き出した。フィレイの父の様子を見に行こうかと思ったのだ。
音を立てないように静かに歩いていると、一つの部屋から話し声が聞こえて来た。
「全く、余計なことを……。カラの……なんて、適当なことを言って誤魔化しておけば……。あなたのせいで、余計な仕事が増えたでしょう」
「そんなことを言わなくても……。父さんとフィレイに直接話せば……」
答えたのはウォルドの声。女――フィレイの義母が苛立ったように声を荒げる。
「まだそんなことを言っているの! 全く、それではいけないのだと何度言えば……」
しばらく低い声が続く。
「…………とにかく、五日の内にあの人たちにはいなくなってもらうわ」
最後の言葉を聞いて、アルフは声をあげそうになるのをこらえ、できる限り早く足を動かして、来た道を引き返した。




