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<影祓い>  作者: 文月 郁
ミトスラ編
32/36

謀る者、知る者

 ウォルドについて行った先、日当たりの良い一室のベッドに、初老の男が横たわっていた。

「お父さん!?」

 男の顔色は青白く、額には汗が浮いていた。呼吸は浅く、弱い。

「ついさっき、倒れて。母は<影>ではないかと言うのですが」

「アルフ、貴方どう思う? <影>だと思って?」

 言われてアルフはじっと男を見た。旅の中で水月から、<影>と<影祓い>については教わっている。

「いや、俺は<影>じゃないと思う。<影>なら――<影>に憑かれたなら、こうはならない」

「そうね。私も同意見よ。この人、倒れる前に何をしてました?」

「え? ちょうど、仕事が一段落したから休憩するとか言って、紅茶を飲んで――そうだ、その実を食べた途端に倒れたんです」

 ウォルドが指したのは、小皿に盛られた赤い木の実だった。水月が眉を顰めてそれを眺め、小さく一口かじった。すぐに吐き出し、口をすすぐ。

「この実、どこから採ってきたんです?」

「母が、育てていたものです。今年初めて、実をつけたと言っていましたが……」

「それ、見せてください」

 庭に出て、それを見た水月は、小さく、やっぱり、と呟いた。

「これ、毒草よ」

「どうして分かるの?」

 フィレイの口調は少しきつかった。

「何度も見てるから。これ、死苺よ。カラじゃ一番よく見る毒草。なんせ見た目が野苺と似てるし、甘いもんだから子供が間違って食べること、多いのよね。最も、毒が回るのに時間がかかるから、死ぬことは少ないんだけど」

「どれくらい、余裕があるのですか?」

「そうね、一週間前後……五日、と見ておくのがいいでしょうね」

 ウォルドの顔が曇る。

「五日……。カラに行くのでは間に合わない。商人にしても、上手く解毒薬を持っている商人がいるかどうか……」

「カーツに一人、解毒薬を持っている心当たりはありますけど。もらってきましょうか?」

「いるの、水月?」

 言ってからフィレイが納得したという表情を浮かべた。

「ああ、冬也さん?」

 水月が首を縦に振った。

「……お願いします。馬は要りますか?」

「いいえ。乗れませんから。それじゃ、貴方たちはここで待ってて」

 言うが早いか、水月は駆け出して行った。

「水月……あ、もうあんなところに」

「ウォルド、そこで何をしているの? お父さんはどうなの?」

 いぶかしげに近付いて来たのは、腰まで届く焦げ茶の髪の女だった。飾りを抑えた柔らかな印象をあたえるドレスをまとっている割に、その顔と口調はどこか冷たく、ちぐはぐだった。

「父さんは、これに当たったそうです。ついさっき、解毒薬をもらえる伝手があるそうで、水月さんが、カーツに向かったところで」

 何か呟き、女は一つうなずいた。

「とにかく、疲れたでしょう。休みなさい。そこの人と、フィレイも」

「はい、お母さん」

 くるりと背を向け、中に戻る女に、アルフは何となく不審な気持ちを覚えた。




 その夜、眠れずにベッドで寝返りを繰り返していたアルフは、結局諦めて起き出した。フィレイの父の様子を見に行こうかと思ったのだ。

 音を立てないように静かに歩いていると、一つの部屋から話し声が聞こえて来た。

「全く、余計なことを……。カラの……なんて、適当なことを言って誤魔化しておけば……。あなたのせいで、余計な仕事が増えたでしょう」

「そんなことを言わなくても……。父さんとフィレイに直接話せば……」

 答えたのはウォルドの声。女――フィレイの義母が苛立ったように声を荒げる。

「まだそんなことを言っているの! 全く、それではいけないのだと何度言えば……」

 しばらく低い声が続く。

「…………とにかく、五日の内にあの人たちにはいなくなってもらうわ」

 最後の言葉を聞いて、アルフは声をあげそうになるのをこらえ、できる限り早く足を動かして、来た道を引き返した。

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