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<影祓い>  作者: 文月 郁
カラ編
26/36

小刀と責任

 翌日、夏乃は庭の花に水をやっていた。近くではフィレイが花を一心に写生している。色こそついていないものの、実際にそこに咲いているかのような花が、紙の上に描かれている。

「お上手ですね」

「ありがとうございます。ここの花、家にはないから珍しくて」

「そうですか。……あら、兄さん。どうしたの?」

 フィレイの絵を覗き込んでいた夏乃が、ふと顔をあげた。

「水月を見なかったか? 部屋にいないんだよ」

「見てないけど……。フィレイさんは?」

「私も知らないです」

 一旦家に入り、アルフにも聞いたが、彼も水月を見ていなかった。

「どこいったんだ、あいつ。まさかさっさと風穴に行ったんじゃ……」

「そんなこと、ないと思うけど。あ、もしかしたら……。ちょっと来て」

 夏乃に従い、三人は勝手口に向かった。傍の物置を見て、夏乃がやっぱり、と呟いた。

「どうした?」

「水月がどこにいるか、たぶん分かったと思う。ついて来て」

 彼らが足を向けたのは、家から少し離れた小山だった。それなりに整えられた道の先には、四基の墓と、一つ一つに花と線香を供える水月の姿があった。

 足音で気が付いたらしく、水月が振り向いた。四人を見てはにかんだような笑みを見せる。

「叔父さんの墓参りか?」

「うん。せっかく来たんだしね」

 さて、と立ち上がる水月。その顔にふと怪訝そうな表情が浮かぶ。

「そういえば、お墓、放っておいたにしてはかなり綺麗だけど、夏乃が手入れしてくれてたの?」

「うん。でも、たまに父さんも来てたみたいよ」

「親父が!?」

「董乃さんが!?」

 水月と冬也の声が重なった。水月は信じられないと言いたげだ。

「それ本当か? あの親父が?」

「本当よ。父さんもあんなこと言ってるけど、やっぱり兄弟だもの」

 五人で山を下りる。家では不機嫌そうな顔の董乃が立っていた。水月の表情が硬くなる。

「どこに行っていた。さっきから爺さんが捜していたぞ」

「分かりました」

 刀也は道場で待っていた。水月もその正面に正座する。

「遅くなりまして申し訳ありません」

「構わんが、どこに行っていた?」

「墓参りに」

 そうか、と刀也翁はうなずいた。

「この度の祓い、本来はわしが行くのが最も良いのだろうが、お前に押し付けるようなことになってしまって、すまないな」

「いえ、誰かが行かねばならないのですから。董乃さんも言っていたように、私が行くのが一番いいと思いますので」

「董乃か。あいつも悪人というわけではないが、何せカラから出たことがないせいか、迷信深いのだ。全く嫌っているわけではないと思うのだが」

 水月は薄く笑った。

「それで、刀也師。用というのは?」

「おお、そうであったな。これを渡しておこうと思ったのだ」

 そう言って刀也翁が渡したのは、朱塗りの小刀だった。柄はねじれ、刃の部分には黒で何かが書かれている。

「祓いに使う小刀だ。明日は札ではなく、これで<影>を祓え」

 手に取ると、ずしりと重い。ためつすがめつ見てから、水月は小刀を懐にしまい込んだ。

 懐に入れた小刀の重さが、自身がおった責任の重さのようだ。自身が望んでおったものだとは言え、改めて実感すると、やはり重い責任だと思う。

 そして立ち去ろうとした水月に、刀也老人は声をかけた。

「水月、これだけは忘れるな。<影祓い>はいつでも<影>に呑まれる恐れがある。そして、お前が死眼を使うとき、死もお前を見ているのだ」

 水月は答えず、ただ黙って頭を下げた。

 夕食は咲が腕を振るったようだ。五色飯、猪肉を入れた山菜鍋、その他にも豪華な料理が並ぶ。

 食事が終わってからも、誰もがしばらくの間席を立とうとしなかった。

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