それぞれの思い
刀也老人の言葉が途切れた後は、しばらくの間、誰一人として口を開こうとしなかった。水月と夏乃は互いにちらちらと視線を送りあい、咲は青い顔のまま固まっている。董乃は一瞬鋭い視線を水月に送り、冬也は眉間にしわを寄せた。
刀也翁はそこでふと、居心地悪そうに座っているフィレイとアルフを見た。
「いや、お客人の前で誠に失礼。実は我が家では<影祓い>に関わる話のときには、立会人を置くのが習わしでしてな。話を聞いていただけるとありがたいのだが……」
アルフが横目でフィレイを見ると、フィレイはにこりと微笑んだ。
「かしこまりました。それではここで伺います。ただ、私たちは二人とも、風穴というのがどのようなものか分かりませんので、説明していただけますか?」
「風穴というのは、近くの山の中にある洞窟の名でしてな。奥底が地獄に通じておると言われていて、普段から誰もが恐れて近寄ろうとしない。そのせいもあって、良くないモノの――<影>の溜まり場となっておるのです。それゆえ、何年かに一度、祓いを行うことで安全を保っているのです。本来ならばわしが行けば良いのですが、もう年でしてな」
「それならば親父様、水月をやればいい。忌み子にはちょうど良いでしょう」
皮肉を込めた言葉を董乃が発した。水月の顔が一瞬こわばる。
「そんなことを言って。本音は私を厄介払いしたいのでしょう、董乃さんは」
「何だと? 出来損ないの娘、死に損ないの癖に、生意気な口を聞くんじゃない!」
侮蔑のこもる董乃の言葉に、顔面蒼白になった水月は座を蹴って立ち上がり、董乃も腰を浮かせた。
「双方、控えい!」
睨みあう二人の頭上に、刀也翁の雷が落ちた。董乃は腰を下ろし、水月もゆっくりと座った。
「董乃、お前は口が過ぎる。今となってはただ一人の姪に、何という口のきき方か。水月。お前もお前だ。血を見なければ収まらんのか」
「申し訳ありませんでした」
ぼそりと水月が言い、頭を下げた。
「……だが、忌み子云々はともかくとして、わしも水月が適任ではないかと思うておる。今風穴の奥にいる<影>は尋常のモノではない故にな。夏乃や董乃では、荷が勝ちすぎるだろう」
「でもお爺様。前の祓いのときはそんなこと無かったのでしょう。何もそんな……水月を死地に追いやるようなことをどうしてさせようとするんです」
「十七年前のことがあったからだろう。そのせいで<影>が強くなったから、普通の<影祓い>の俺や夏乃では太刀打ちできないというわけだ」
水月に責めるような視線を向けつつ、夏乃の言葉に董乃が答えた。
「言いたくはないが、その通りだ、董乃。水月、お前はどうする。祓いに行ってくれるか?」
「行かないと、言う道理もないでしょうね」
口元にうっすらと笑みを浮かべて、水月はうなずいた。
「それで、刀也師。いつ出発すれば良いのですか?」
「そうだな。……明日、いや、明後日の方が良いだろう。その間にやるべきことを済ませておくと良い」
「待ってくださいっ!」
悲鳴にも近い声をあげて、立ち上がったのは夏乃だった。
「なぜ水月なのです。なぜ私やお父様ではいけないのです。……本当は、私たちには荷が勝ちすぎるのではなくて、お爺様も――」
夏乃、と、水月が穏やかに呼びかけた。二人の目が合う。水月は笑みを浮かべたまま言葉を継いだ。
「刀也師がおっしゃったでしょう。風穴にいる<影>は普通ではないと。ならば、それを祓う<影祓い>も普通の者では務まらない。普通でないモノを相手にするのなら、こちらも普通ではない者を、ということよ。私が普通ではないこと、貴方も知っているでしょう?」
「水月だって普通の人間じゃないの!」
一瞬だけ、水月の顔が宙に張り付いたようになった。笑い顔とも、泣き顔とも言えない曖昧な顔。
「そう言ってくれてありがとう。でも、決めたから」
水月の言葉に夏乃はうつむき、唇を噛んだ。




