船の中で
大陸東部の港町リントウから、カラへと向かう船。その甲板には数人の船客の姿が見える。彼らに混じって、冬也とアルフの姿もあった。
「悪いな、こっちのことに巻き込んじまって」
「いや、俺は気にしてない。それに、カラには行ってみたかったんだ」
「そうか」
冬也は嬉しそうに笑った。しかしその顔はすぐに曇る。
「どうかしたのか?」
「いや、水月は連れて来ない方が良かったかもしれんと思ってな。爺様の言いつけだから仕方ないが」
その言葉にアルフはラルグラードの酒場で水月から聞いた話を思い出した。
「水月は、親戚が<影>に殺されたらしいな」
「何だって!? いやそれより、誰からそんな話を聞いた?」
冬也が顔をこわばらせ、アルフに掴みかからんばかりに詰め寄った。
アルフが答える前に、船の中に悲鳴が響いた。ざわめく他の船客を尻目に二人は悲鳴の聞こえた方へと向かった。
他の船室からも悲鳴を聞きつけた船客が不安そうに顔を覗かせている。冬也は彼らが視線を向けている部屋――水月とフィレイの船室――のドアをノックした。
「おーい、俺だ、冬也だ。何かあったのか?」
呼びかけても返事はない。アルフに代わり、ドアを押したり引いたりしても、ドアはびくともしない。
「おい、水月! 変な冗談やめてさっさと開けろ!」
冬也が怒鳴っても中からの答えはない。冬也の顔には次第に焦りが現れてきた。
その少し前。水月は船酔いしたフィレイに付き添うという理由で、部屋に閉じこもっていた。
「大丈夫?」
「……気持ち悪い」
「でも何か食べた方がいいわよ? 何かつまめそうなもの頼んでこようか?」
「今はいい……」
ぐったりしたフィレイを気にかけつつ、水月はぼんやりと他のことを考えていた。
本当は、カラに帰りたくはなかった。帰った所であそこには自分の居場所はない。それにあの人は自分がこうして帰ることを喜ばないだろう。
そのときだった。声が部屋に響いたのは。
嬉し 嬉しや
嬉し 嬉しや
怒り 妬み 恐れ 憎しみ
喰ろうてやろうか 喰ろうてやろうぞ
フィレイが悲鳴をあげた。水月は目をあげ、部屋の隅にいた<影>に気付いた。
フィレイの視界にそれが入らないように、自分の体で<影>を隠す。ずっと昔に目に焼き付けた、荒涼とした風景を思い出し、漆黒の瞳で、真正面から<影>をひたと見据えた。
かろうじて人らしい姿を保っていた<影>がぐらぐらとその輪郭を揺らせた。人で言えばひどく怯え、何かを恐れているように。
死眼じゃ 死眼じゃ
<死眼持ち>じゃ
<影>の動きはますます激しくなり、一旦は大きく伸び上がったかと見るとすぐに崩れ、そのまま薄れて消えていった。
<影>が消えるのとほとんど同時に、ドアが勢いよく開いた。妙な声と共に男二人が勢いよく入って来た。
「うわっ!」
アルフが見事に転ぶ。一方の冬也は、うつむいて目を押さえている水月を見て、その場に凍りついた。
「水月――」
しわがれ声で何か言いかけてやめ、駆け付けた船員に何でもないと説明する。それからのろのろと水月に向き直った。
「後で話そう」
低い声でそれだけ言って、冬也は踵を返して部屋を出て行った。




