逆恨み
翌日、近くの広場の露店で粉砂糖のかかったテューロを食べる三人。天気が良いため、広場には親子で訪れる者も多い。
親子連れを微笑んで眺める水月。ただ、その目はどこか悲しげだ。
「水月、どうかしたの?」
フィレイの言葉に水月は驚いたように目を瞬き、喉に何かが引っかかったような声で「何でもない」と答えた。フィレイの探るような目を避け、水月は話を変えた。
「急で悪いんだけど、カラに行くことになったわ。すぐじゃなくて、早くても二週間くらい先だけどね」
意外にも、二人とも目を輝かせた。「流」の料理のためか、カラに興味を持ったらしい。
アルフが三つ目のテューロに手を伸ばす。同時に叫び声と何かが壊れる音、誰かの怒号が聞こえてきた。
その方を見ると、十歳にもならないような子供がけらけらと笑いながら走って来た。後を追ってフランツと昨日「流」に駈け込んで来た女も走って来る。
少年の顔を見て、水月の顔が厳しくなった。
フランツが少年に追いついた。腕を掴み、無理矢理振り向かせて胸ぐらをつかんで持ち上げる。
少年が足をばたつかせ、フランツの腕に爪を立てた。フランツが思わず手を離すと、少年は身軽に地面に下りた。
そのまま子供とは思えない身のこなしで再び走り出す少年。
少年が横を走り抜けようとしたとき、タイミングを見計らって水月は素早く少年の右腕を掴み、左手で背中に触れた。腕を振り払おうとした少年の動きが止まる。
「おい!」
聞こえた怒鳴り声は無視。少年に<祓い札>を貼り、両手を打ち合わせる。少年の身体から力が抜けた。
そこでようやく、睨み付ける視線に気付き、水月はその方を向いた。
「余所者が出しゃばりやがって。ここの<影祓い>はこの俺だ。勝手に祓うな」
水月の眉が吊り上がった。静かな声で言う。
「まともに祓えもしないのに、<影祓い>を名乗るなんて、ずいぶん厚かましいのね。この子、死んでてもおかしくないのよ」
聞いていたアルフは驚いて、ぽかんと口を開けたまま水月を見た。
「ウィルは、ウィルは無事なんですか?」
女が涙声で聞いた。
「……少なくとも、死んではいません。ですが、<影>に取り殺される寸前でしたので、元に戻るには時間がかかります」
少年を抱いて、女は泣き崩れた。フランツがぶつぶつと文句を言っているのを無視して、水月は女の傍にかがみこんだ。
「少しでもお子さんの回復を早めたいなら、話しかけてあげてください。反応が無くても、諦めないで」
女は泣きながらも子供を抱いて立ち去った。
「おい、」
水月はフランツにちらりと目を向けた。 「お前、何様のつもりだ。ここでは俺が<影祓い>だ。他の奴が手出しをするな」
「人を殺しかけておいて、よくそんなことが言えるわね。<影祓い>だって言って、どんな仕事か本当に分かってるの? ……きっと分かってないんでしょうね。何も知らずに、適当に<影祓い>をしていたんでしょう。そもそも、貴方を<影祓い>と言っていいのかどうか分からないけれど」
「黙って聞いてりゃ、言いたいこと言ってくれるじゃねえか。俺を敵に回して、無事でいられると思うなよ」
憎々しげに吐き捨て、フランツも立ち去った。
数日後、水月はふらっと出かけ、部屋にはフィレイとアルフだけが残っていた。
「水月、大丈夫かしら。襲われてないといいんだけど」
「そうだな。あのフランツって奴、何でもやりそうな雰囲気だったしな」
「私、ちょっと下に行ってくるよ。喉が渇いたから、何か飲んでくる」
「分かった」
フィレイが部屋を出て、アルフは一人で窓から外を見ていた。そうしているとドアがノックされた。もうフィレイが戻って来たのか、それとも水月かと思いながら、ドアを開ける。
立っていたのは、見覚えのある大男――フランツだった。次の瞬間、みぞおちを強く殴られ、そのままアルフは意識を失った。




