とある少女の話
広場の近くにある酒場で、水月とアルフは向かい合って座っていた。
「思い切り殴っちゃって、ごめんなさい。大丈夫?」
「え? ああ、うん。むしろ、謝るのは俺のほうだし。それで、話って何なんだ?」
答える前に、水月は目の前の、グラスに注がれた酒をぐいと飲んだ。
「先に言っておくけど、今からする話は他言しないで頂戴。私の……親戚の話だから」
アルフがうなずいたのを見て、水月は再び酒を飲んだ。
「私の親戚でね、<影憑き>に家族を殺された子がいるのよ」
静かな言葉にアルフが驚いて目を丸くした。
「その日、その子は、母親からお使いを頼まれて、出かけていてね。今から思えば、運が良かったのか悪かったのか。……家に帰って来て、その子が見たのは、血まみれで床に横たわる変わり果てた母親と、そんな母親に向かって鉈を振り下ろす、父親」
水月は顔を歪め、酒を続けざまに二杯あおった。
「水月、大丈夫か? なんか、顔色悪いぞ」
「そう? 平気よ。で、どこまで話したかしらね。……ああ、そうそう。それから、その子の目の前で、兄と妹が…………父親に殺された」
更に酒を飲む水月。それでも、上手く言葉が出て来ない。
アルフがふと水月の顔を──正確には目を─―見て、顔を青くして身体を震わせた。それに気付き、水月は黒眼を伏せた。
目を閉じて、数を数える。一から十までを三回繰り返し、気分を落ち着ける。
(今更、何を思う? もう終わったことなのに)
残った酒をコップに注いで飲む。
「そのすぐ後よ、<影祓い>が来たのは。<影祓い>は間に合わなかった。母親や兄妹は言うまでもなく、父親も既に<影>に取り殺されていた。……これでも、まだ被害は少ない方よ。もし、<影祓い>が来るのがもっと遅ければ、村一つが壊滅していたでしょうね。間違いなく。……だから、<影>を甘く見ないことよ。もし、私がテナルに憑いていた<影>を祓っていなければ、あの屋敷にいた人間全員が死んでいたでしょうよ」
少し顔色を取り戻していたアルフの顔から、再び血の気が引いた。水月は、今度はのんびりと酒を口に含む。
話を終えるまでに五杯は飲んでいるので、既に酩酊、まではいかないものの、大分酔いが回っている。
酒場を出るとひんやりとした風が頬を撫でた。
「アルフ、悪いけど先に宿に戻ってて頂戴な。ちょっと酔いをさましてから戻るから」
夜風にあたりながら空を見る。少し雲が晴れて弱く光る星が覗いた。無意識に笑みが浮かぶ。
水月は少しの間そうやって空を眺めてから宿に戻った。
「お帰りー」
「お、早かったな」
「まあね。ひどく酔ってたわけでもないし」
水月は笑う。何事もなかったかのように。
「ところで、ベッドどうする?」
「ベッド? あ、一つ足りないのね。私、床で寝るからいいわよ」
「床!?」
「床で!?」
フィレイとアルフの声が見事に重なった。
「うん。それじゃ、お休み」
水月は壁に背をつけて座り、すぐに寝息を立て始めた。
フィレイとアルフは顔を見合わせ、フィレイがそっと水月にシーツをかけた。




