黒い瞳の奥に
テナル・センドルの屋敷。そこの中庭に三人の男の姿があった。屋敷の主人、テナル・センドル、トレヴァー、そしてアルフ。
ホールにある置時計の鐘が鳴りだした。九回目の鐘が鳴ったとき、初老の召使いが来客を告げた。
やがてやって来たのは、二人の女。甚平を着た女が、黄緑色のベレー帽を被った女の腕にすがるようにして歩いて来た。その理由は甚平を着た女――水月の顔を見ればすぐに分かった。黒い布で目隠しをしていたのだ。
「何のつもりだ!」
テナルが怒鳴りつけた。水月は口元に笑みを浮かべた。
「格好に指定はなかったもの。とにかく、勝てばいいのでしょう。さあ、いつでもどうぞ」
この言葉を聞いて、トレヴァーが進み出た。水月もフィレイの腕を離して前に出た。
「目が見えない状態で戦えるのですか?」
「確かめてみれば?」
言いながら水月は距離を詰め、回し蹴りを放った。足が当たった感触はあったが、同時に自分にも何かがぶつかり、そのまま地面に転がった。
「無駄ですよ。どれほど強かろうと、僕には関係ない」
実際、水月は手も足も出なかった。初めの蹴りもたいしたことはなかったらしく、トレヴァーの思うままにあちらこちら転がされた。
見えないものに押され、転がった水月の背に、硬いものが触れた。壁だ。
トレヴァーは水月の胸元をつかみ、ぐい、と引いて立たせた。水月は一切抵抗しなかった。
「勝負あったようですね。さて、こんな馬鹿げた布は外しましょうか」
耳元で、トレヴァーの声が聞こえた。手が布にかかる。
「馬鹿なことはやめなさいな」
静かな言葉に、トレヴァーの動きが止まった。
「私の目を見たら、正気でいられなくなるわよ。それでもいいの?」
「ハッタリなど効きませんよ」
ぐいぐいと、トレヴァーの手が結び目を解こうとする。固い結び目が徐々にゆるんでいく。
「どうしても、目を見るつもり?」
「まだ言うんですか? 往生際の悪い人ですね」
水月は何も言わなかった。
目隠しが取り払われた。
「目を開けろ」
トレヴァーの低い声には、苛立ちが表れていた。水月はある風景を思い起こしながら目を開き、トレヴァーの瞳を覗き込んだ。
トレヴァーの緑の瞳に、水月の黒一色の瞳が映っている。黒い瞳の奥には、この場所ではない、荒涼とした風景が広がっている。何もないのに、なぜかいたずらに恐怖を起こさせる風景。
トレヴァーの顔が真っ青になった。唇も色を失い、全身がわなわなと震え始める。
やがて彼は裏返った声で悲鳴を上げ始めた。水月はトレヴァーの手を振り払い、目を閉じて彼から離れた。
「アルフを解放して」
目の奥がズキズキと痛んだが、それを無視して水月はテナルに告げた。テナルが怒鳴ろうとしたのか、口を開いたとき、別の、声とも言えないような声が辺りに響いた。




