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<影祓い>  作者: 文月 郁
ラルグラード編
15/36

黒い瞳の奥に

 テナル・センドルの屋敷。そこの中庭に三人の男の姿があった。屋敷の主人、テナル・センドル、トレヴァー、そしてアルフ。

 ホールにある置時計の鐘が鳴りだした。九回目の鐘が鳴ったとき、初老の召使いが来客を告げた。

 やがてやって来たのは、二人の女。甚平を着た女が、黄緑色のベレー帽を被った女の腕にすがるようにして歩いて来た。その理由は甚平を着た女――水月の顔を見ればすぐに分かった。黒い布で目隠しをしていたのだ。

「何のつもりだ!」

 テナルが怒鳴りつけた。水月は口元に笑みを浮かべた。

「格好に指定はなかったもの。とにかく、勝てばいいのでしょう。さあ、いつでもどうぞ」

 この言葉を聞いて、トレヴァーが進み出た。水月もフィレイの腕を離して前に出た。

「目が見えない状態で戦えるのですか?」

「確かめてみれば?」

 言いながら水月は距離を詰め、回し蹴りを放った。足が当たった感触はあったが、同時に自分にも何かがぶつかり、そのまま地面に転がった。

「無駄ですよ。どれほど強かろうと、僕には関係ない」

 実際、水月は手も足も出なかった。初めの蹴りもたいしたことはなかったらしく、トレヴァーの思うままにあちらこちら転がされた。

 見えないものに押され、転がった水月の背に、硬いものが触れた。壁だ。

 トレヴァーは水月の胸元をつかみ、ぐい、と引いて立たせた。水月は一切抵抗しなかった。

「勝負あったようですね。さて、こんな馬鹿げた布は外しましょうか」

 耳元で、トレヴァーの声が聞こえた。手が布にかかる。

「馬鹿なことはやめなさいな」

 静かな言葉に、トレヴァーの動きが止まった。

「私の目を見たら、正気でいられなくなるわよ。それでもいいの?」

「ハッタリなど効きませんよ」

 ぐいぐいと、トレヴァーの手が結び目を解こうとする。固い結び目が徐々にゆるんでいく。

「どうしても、目を見るつもり?」

「まだ言うんですか? 往生際の悪い人ですね」

 水月は何も言わなかった。

 目隠しが取り払われた。

「目を開けろ」

 トレヴァーの低い声には、苛立ちが表れていた。水月はある風景を思い起こしながら目を開き、トレヴァーの瞳を覗き込んだ。

 トレヴァーの緑の瞳に、水月の黒一色の瞳が映っている。黒い瞳の奥には、この場所ではない、荒涼とした風景が広がっている。何もないのに、なぜかいたずらに恐怖を起こさせる風景。

 トレヴァーの顔が真っ青になった。唇も色を失い、全身がわなわなと震え始める。

 やがて彼は裏返った声で悲鳴を上げ始めた。水月はトレヴァーの手を振り払い、目を閉じて彼から離れた。

「アルフを解放して」

 目の奥がズキズキと痛んだが、それを無視して水月はテナルに告げた。テナルが怒鳴ろうとしたのか、口を開いたとき、別の、声とも言えないような声が辺りに響いた。

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